頑張っていない人間なんか、絶対に助けません


 あの放送事故の後、部室に怒鳴り込んできたのは会長サマと腰巾着の咲田だった。

 彼女は四角い黒縁メガネの向こう側に怒気を纏わせて、丁寧にかつ厳しい言い回しで説教をしてくる。


「……言いたいことはまだありますが、これだけはもう一度、はっきりと言わせていただきます。今度同じような放送事故を起こしたら、問答無用で廃部です。今日のことについては何らかの処分は下しますし、もちろん活動実績とは認めませんので。分かりましたか?」

「いやあ、酷いね、酷かったねえッ! あれで演劇部とか笑わせてくれるよおッ! 保育園児のお遊戯会の方が、百倍面白いねえッ!」


 カンカンに怒っていた会長サマから大目玉を喰らい、咲田からは言いたい放題された。おれは椅子に座ることもしないままに床に正座し、ただただ耳を傾けていた。

 放送部にも謝罪したが、しばらくは演劇部の放送はしないと言われた。当然の処置だろう。


 彼らがいなくなった後、演劇部室内にいるはおれと、服を着替えてパイプ椅子に座ったまま俯いているサクラコ、一向に開かずの間から出てこないヨルカと生徒会の二人だけだ。


「では、正式な処分は追って通知しますので。今回の件の始末書は一週間以内にお願いします。遅れた場合は廃部にしますので、そのつもりで」

「全く、余計な仕事増やしてくれてさあ。廃部になる部活の書類作業とか、無駄の極みだよねえ、ええ?」

「新藤君」


 生徒会長はしゃがみ込んで、おれと視線を合わせてきた。ぱっつんの前髪の下にある鋭い瞳が、こちらを射抜いてくる。


「本気でやるつもりはあるんですか? 私はあなた達みたいなふさけ半分の輩が、一番嫌いなんです。お遊びのつもりなら、今すぐに辞めてください」

「お、お遊びなんかじゃ、ない、です」


 厳しい視線に圧されながらも、おれは何とか言い返した。

 少なくともおれは、そんなつもりじゃない。


「本当ですか? あなた達は部費や部室という、学校において限りある資源を使っているんです。部活に昇格できず、悔しい思いをしている人だっています。その人達のことを考えたことはあるんですか? あなた達以外にも、真剣に頑張っている人はたくさんいます」

「すみません、でした。今度こそ、ちゃんとやりますから」

「……私はかつて、その言葉を信じたことがあります」


 突如として、上代さんは声のトーンを変えた。


「中学校の頃です。明言は避けますが、ロクに活動もしていなかった体育会系の部活。私が話を聞きに行くと、彼らは謝りました。本当に申し訳なかった、今度こそ真面目にやると言いました。私はその言葉を信じて……裏切られました。彼らは部費を使い込んで単車を買い、事故を起こしたのです。それも、人が傷つくレベルの」


 彼女の言葉からふと、昔に小耳に挟んだニュースを思い出した。中学生が原付バイクに乗って、人身事故を起こした事故。幸いにして死人は出なかったものの、その中学校は大いに叩かれることになったことを。


「あの時、私がしっかりしていれば。あんなことにはならなかった筈です。あれ以降、私は決めたんです。口先など信じないと」

「…………」


 真に迫る彼女の言い分によって、おれは何も言えなくなってしまった。ここで自分たちは違うなんて言ったところで、会長サマは信じちゃくれないだろう。


「真面目なつもりなら、そう取り組んでください。言葉ではなく行動で示し、結果を見せてください。遊び半分の人を支え続ける程、生徒会は暇ではありませんし」


 私は、と会長サマは一度言葉を切った。


「頑張っていない人間なんか、絶対に助けません」

「ごめん、なさい」


 ぴしゃりと言い切られ、おれはただ頭を下げることしかできなかった。


「始末書は最後通牒です、規則は守らなければなりませんからね。ただし、書き方や形式を守った始末書の提出が無ければ、容赦なく廃部にしますので」

「演劇部も、もうお終いかなあ?」


 会長サマに続いて、咲田の小馬鹿にするような声が鼓膜を叩く。


「咲田君、始末書が最後通告と言った筈です。規則を無視して、感情だけで決めないでください。決まりを守り、守らせることが私たち生徒会の役目です。それでは」


 冷たく言い放った会長サマが、ぶーぶー文句を言い続けている咲田を連れて部屋を出て行った。ただ、この階中に響き渡るんじゃないかという音で扉が閉められたことから、腹に据えかねているものがかなりあるらしい。


「どうして、くれるんだよ?」


 もちろん、怒っているのは彼らだけじゃない。おれだってそうだ。

 この一件によって、先輩達が残していってくれた演劇部の評判は地に落ちた。出演していたおれだって、好奇の目に晒されるに違いない。


 それもこれも、誰のせいか。


「やっぱ、こんな短期間で舞台なんざ無理だったんだよ。あんなんで演劇部に入りたいっていう奴が来る訳ねえし、活動実績にだって認められなかった。せっかくの初舞台だったのに……何もかも台無しになっちまったじゃねえか。ええ、サクラコよおッ!」


 立ち上がったおれの声は、意図せずして荒い物になっていた。

 今まで蓄積されていた鬱憤が、堰を切ったかのようにあふれ出してくる。


 目の前で俯いている、彼女に向かって。


「だからおれはやめようって言ったじゃねえか、何が善は急げだよ。平気で部活サボった挙句、本番でのザマはなんだ? 役も台詞もなんもかも吹っ飛んでて、稽古不足がモロに出てたじゃねえか、ああッ!?」


 自分自身の口を、全く制御できる気がしなかった。壊れた蛇口のように、次から次へと出てくる罵詈雑言の数々。

 心の内にあるのは、仄暗い喜び。


「ちょっと演技が上手くできて、マモリ部長からも褒められて。一流の個性派俳優にでもなったつもりだったか? 自分は天才だとでも思っていたのか? 顔もスタイルも良いからって、調子に乗ってたんじゃねえのか? 自分なら演劇部に集まる程度の奴らのトップに立てるとでも思ったか? 演劇程度なら自分の思う通りになるとでも信じてたのか? 甘めえんだよ、何もかもが。一人で演劇ができる訳ねーだろッ!」


 口角が上がっていることに、おれは気が付いていた。

 気に入らない陽キャを大手を振って罵れるという、下種な快感。怒り、不満、劣等感の全てを叩きつけても、状況が許してくれるという安堵感。ざまあみろというシャーデンフロイデの感情に、酔いしれている。


 気が付いた上で、改める気はなかったが。


「お前みたいな陽キャが軽い気持ちでできる世界じゃあ……」

「じゃあなんで分かったなんて言ったの?」


 遮ったのは、サクラコだった。俯いていた筈の彼女は今、顔を上げておれを睨んでいる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る