わ、わ、私は宇宙人の姫デアルー!
カメラでの放送テストが終わり、放送部の男子生徒が声を上げた。
「それでは、今からお昼の放送の本番入りまーす。放送室での紹介の後にナレーターからの合図で切り替わりますので、その後に始めてください」
カメラを持っている男子と集音マイクを持っている男子以外にもう一人、メガホンを手にしている大柄な男子と最後の確認を行った。彼が放送部の部長さんだ。
彼らが持ってきたカメラは、なんとスマホだった。これで動画配信サイトで限定ライブ中継を行い、放送部室のパソコンで上映。校内放送に乗せるというやり方らしい。集音用の大きなマイクこそ繋いであるが、下手なカメラを使うよりも、スマホの方がよっぽど良いとか。
文明の利器ってスゲー、と密かに感心していると、放送部によるお昼の放送が始まった。天井からぶら下げられた液晶テレビに、放送部員の男女が映っている。
「みなさんこんにちは。放送部によるお昼の校内放送を始めます。まず最初に、校長先生からの通達が」
はきはきとした声で女生徒が読み上げる中、おれは深呼吸をしつつ自分を殺し始めた。今からおれが演じるのは、地球代表の将軍だ。
舞台は宇宙船の中。宇宙で生きる人間と地球で生きる人間の戦争の、最後の一幕。宇宙人の姫であるサクラコと地球人代表である将軍のおれが最後の対話に臨み、戦争を終わらせるというストーリーだ。
よくもまあ
「以上で通達を終わります。次に、本日は演劇部による舞台を放送します」
開演前の暗がりの中、おれは密かに深呼吸を繰り返していた。自分の台詞を頭の中で繰り返し、役へと近づけていく。放送部の女生徒が、演劇部の紹介へと入っていた。もうすぐだ。
完全に自分をなくすイメージを持とうと、瞼をゆっくりと下ろしかけた、その時。
「ん?」
おれは一つの違和感を見つけた。机の上に置いてある、おれのスマホが光っている。光り方からして、おそらくは電話だ。
「一体誰だよ、こんな時に……ん? んんん?」
光るスマホから逸らし、次におれが目に入ったのは放送部の部長さんだった。彼自体には何も問題はないが、彼の立ち位置に違和感を覚える。
彼は壁に背中を預けてこちらを見ており、そのわき腹辺りに何か突起物があるのだ。なんだあれ、なんで壁から棒なんか出てるんだ。
「ああ、ドアノブかあれ。って、ドアノブ? ドアノブ、って」
疑問が解消された瞬間、おれの頭の中に急速にある仮説が立てられていく。
演劇部室の中にあるドアノブにもたれている部長さんと、最後に未だに光り続けているおれのスマホ。
この二つから導き出される解答とは。
「あっ。や、ヤバッ」
彼がもたれていたのは、開かずの間の扉だったのだ。あれでは中にいるヨルカが、こちらを確認することもテレビからの合図を聞くこともできない。急遽決まった為に、彼女のことを放送部の面々に伝えることをすっかり忘れていたのだ。
彼らが来る前に入っていった彼女のことを、放送部の面々が知る訳もない。大柄な部長さんがもたれていては、小柄な彼女では押し返すことができないに違いない。鳴り続けているスマホは、彼女が懸命に訴えてきている証に違いない。
「ち、ちょっと」
「では、ただいまより開演となります。演劇部の皆さん、お願いします」
声を上げようとしたその時、液晶テレビ内のナレーターの彼女が合図を送った。同時にテレビが切られ、カメラマンの彼がスマホをタッチする。
ライブ中継が、始まった。
「…………」
真っ暗な中、何も言えないでいるおれ。既に中継が始まっているのであれば、下手なことを言えば、すぐにあの大きな集音マイクに拾われる。
しかも演劇部室内を遮光カーテンで覆っている今は、完全な暗がりでもない。先ほど確認した際には、おれ達の姿は薄ぼんやりと映されていた。下手に身振り手振りで訴えることもできなくなっている。
「?」
当の本人は一向に劇を始めないおれ達に疑問を持ったのか、首を傾げていた。
お前の所為でヨルカがタイミングが分からなくて始められねーんだよ、そこをどけと言いたいが、言ってしまえば全てが台無しだ。
かと言って、このままにしておく訳にも。
『と、時はいつかの、み、未来』
とそこで、スピーカーからナレーションの声が入った。
ヨルカだ。全くこちらの様子が分からない中、静かになったことを察して見切り発車をしたらしい。
ナイスタイミングだ、今ならまだ間に合う。
『じ、ジンルイィ、は、は、き、巨大インセキーのちょ、ちょ、はあ、はあ。ちょくげ、チョクゲキニョテ』
ただ、声は酷いものだった。棒読みはいつものことだったが、詰まったり、所々で声が裏返ったり。噛み噛みの合間には荒い息遣いすら聞こえてきている。
冷たい言い方をすれば、とても人に聞かせられるものではなかった。
タイミングも分からない中、かつてのトラウマに近い経験をするハメになった彼女。必死に読もうとしているのは伝わってくるが、その頑張りはおれらにしか届かない。
事実、部室内にいる放送部の部員達が顔をしかめているのが、暗がりですら分かるレベルだった。
『さ、サイゴノーォ、は、は、話しぃ、合い、を、を、は、はぁ、はじゅ……』
いきなり、舞台の照明が点灯した。おれとサクラコが、ビクリと身体を震わせる。限界が来たらしいヨルカが、言い終わる前に照明を点けたのだ。
思いっきりタイミングを外され、動揺したおれの姿を、舞台照明が容赦なく照らしてくる。
「お、俺の勝ちだ、宇宙人ッ!」
最初に詰まりはしたものの、おれは何とか台詞を口から捻り出していた。咄嗟にでも出せるようにと、何度も反復練習していた甲斐があった。
声は全然腹から出ていなかったし、とても役に入り切っているなんて言えない有様ではあったが。
まだだ、まだここからでも巻き返せる筈。
「ぁ、え、と。そ、その」
おれの意気込みとは裏腹に、目の前にいるサクラコは直立したまま動かなかった。視線をあちこちに彷徨わせて、口ごもっている。彼女らしさを残したまま、自由気ままに演じていたいつもの様子は欠片も見えない。
右手と右足を同時に出して舞台へ向かっていた、先ほどの彼女の姿が思い浮かぶ。本番前にいつも以上に元気だった彼女の様子と合わせて、おれは一瞬で理解した。
こいつ、初めての舞台で完全にテンパってやがったのか。
「……どうした、それでも宇宙人の姫か? お前らが馬鹿にした地球人にここまで詰め寄られて、何も言えんのか!?」
速攻でアドリブを入れたおれ。しどろもどろのままの彼女を、放置しておく訳にもいかない。普段もどちらかが詰まった時は、咄嗟にもう片方がアドリブを入れて形にしてきたんだ。
いつものようにやれば、まだ大丈夫な筈。
「うぇぇぇ!?」
返ってきたのは、素っ頓狂な声のみ。駄目だ、役どころか台詞まで完全に忘れてるな。
今、目の前にいるのは宇宙人の姫ではない。ただただ緊張している、瀬川サクラコという女子生徒だ。
「あぇ。わ、わ、私は宇宙人の姫デアルー!」
ようやく出てきたのは、お遊戯会でももうちょっと捻るぞと言わんばかりの言葉。無理やり喉から出したかのような声は、周囲に響くこともない。これが新喜劇だったら、ズッコケている場面だ。
不味い、当初の予定だったシリアス路線はお亡くなりになっている。ここは今からでも、ギャグ調のストーリーに切り替えるしかない。
「ガクッ!」
派手にズッコケたおれは、すぐさま立ち上がりながらツッコミを考える。笑いモノはテンポが命だ。モタモタしている訳にはいかない。
「お、お前なあッ! これから最後の決着をつけてやろうって時に、何を……」
彼女の方へと歩み寄った時、おれは足元に違和感を覚えた。進もうとする足を引っ張るかのような、反発する力。
まるで、長いズボンの裾を踏んづけてしまったかのような。
「あっ、や、ヤバ、いッ!?」
ようなではなく、実際におれの右足はズボンの裾を踏んづけていた。のり付けが取れていたのだ。
バランスを崩したが為に、咄嗟に側にあった白い箱に左足を伸ばして踏ん張ろうとしたが。
「うおおおッ!?」
足に力を入れた瞬間、木箱が割れた。経年劣化していた木材が、おれの体重に耐えきれなかったのだ。
木くずをまき散らしながら完全に体勢を崩したおれは、前のめりに倒れていく。慌てて利き手を伸ばし、何かに捕まろうとしたその時。
――ビリビリビリビリィッ!
空を切るかに思えたおれの指先の爪が、何かに引っかかった。おれは引っかかったまま全体重と共に倒れ込んでいき、盛大に布が破れるような音が響き渡る。
「きゃぁぁぁあああああああああああああああああああああ!」
響き渡ったサクラコの悲鳴。急いで顔を上げてみれば、露わになった胸元を、両手で必死に隠している彼女の姿があった。
収まり切らない彼女の胸の片方が両腕からこぼれ落ち、ぷるんと震えた。幸にして肌色のニップレスを貼っていたので、先端は隠されたままだった。
「か、カットカットッ! 今すぐに中継を止めろォォォッ!」
放送部長の声が響き渡った時、舞台の照明も落ちた。まるで今のおれの心境とリンクするかのように、視界が一気に暗転する。叫び声で異変を察したヨルカが、照明を落としたらしい。
「やっち、まった」
暗闇の中、おれは項垂れた。
失敗だ。
それ以外にこの状況を表す言葉はない。
マモリ部長から引き継いだ演劇部に、泥を塗った。
これが活動実績になる訳がないし、生徒会からも詰められる。
下手したら、期限の前に廃部が確定してしまうかもしれない。
身体の奥からゾワゾワしたものが駆け巡っていき、身震いが止まらない。
「いやぁ、いやぁぁぁ! うわぁぁぁあああああああああああああん!」
サクラコの泣き声は、肩を落としたおれの鼓膜を、ずっとずっと振るわせ続けていた。
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