楽しみにしてるよ、二人ぼっちの即興劇


 古代中国に端を発する陰と陽とは、元々は万物を形成している二種類の気のことであるのだが。現代日本においては、対極を表す分かりやすい表現として使われている。その代表格こそ、陽キャと陰キャだ。

 交友関係が広く、クラスの中で主導的な立場を持っている陽キャ。反対にクラスの中で目立つこともなく、陽キャの決めたことに従って粛々と過ごしている陰キャ。


 陰キャについては特に語ることもないが。陽キャは顔の良さ、勉強、運動神経、交友関係が広い等の持ち味を振りかざしてグループを形成する。

 彼らは作った自分達のグループがある程度の人数が膨れ上がった時に敵を定め、お気に入りの身内との仲を良好にする為だけに他人を排斥する。捨てられると陰キャからすら目の敵にされ、最終的には孤立してしまう。


 みんな仲良くとかほざいておきながら、自分達は平然と差別をするゴミ共、というのが、おれの意見だ。


「なるほど。つまり人がいないから演劇部が潰れそうだと、そういうことね!」

「まあ、そういうことなんだよ。だから瀬川さんみたいな可愛い子が来てくれて、マジで嬉しいわッ!」


 だからこそ、おれは目の前のこの陽キャっぽい彼女、サクラコのことが気に入らなかった。

 対陽キャモードでノリの良い奴を演じつつも、内心ではため息ばかりついている。部員がいきなり一人増えたのは嬉しいが、よりにもよって陽キャかよ。


 話し方からしてあまり頭が良くなさそうなので、恐らく顔やスタイルの良さで陽キャに属しているタイプだ。馬鹿キャラで可愛がってもらえるか、上手くやればカーストトップの奴から気に入られて特別扱いされる感じ。


「ほ、ホントに!? うれし〜、そんなこと言われたの初めて!」


 見え透いたお世辞にも、バンザイをして全力で喜んでいる彼女。喜怒哀楽全開。こういう奴は誰の前でも自分自身をさらけ出して、認められているんだろうな。

 おれが一番、気に食わない奴だ。


「つーか瀬川さん、良く演劇部を見つけたな」

「これから一緒にやっていくんだし、サクラコで良いよ~。あたしもリョウちん先輩って呼ぶから!」

「じゃあサクラコ。どうやって見つけてきたんだ?」


 ここの存在を知るには高校のホームページ上にある部活動一覧を閲覧するか、文化棟を練り歩いて部室を直接確認する以外に方法はない。何せおれは、校内の掲示板に勧誘ポスターすら貼っていないのだ。


「文化棟って初めてで、わくわくしちゃって。中を探検したてら見つけたんだ~。なんで来たのかって? みんなにあたしのこと見て欲しかったから! 演劇なんてやったことないし、わくわくしちゃって!」


 散歩中にたまたま見つけ、ほとんどノリのような形で入部を決めたらしい。

 部活って、今後の高校生活を決めかねないもんだと思うんだが。こんな考え無しに決めて良いものか。胸はLLサイズでも、脳みそはSサイズなのかもしれんな。


「嬉しいこと言ってくれたリョウちん先輩の為にも、頑張っちゃうぞ~。じゃあ、さっさとやっちゃおうよ!」

「やるって何を?」

「舞台だよ。劇をやって、面白かったらみんな来てくれるって~!」


 さも名案と言った様子で、サクラコは手をパンっと叩いている。おれも異論はないのだが、問題が一つ。


「やりたいのは山々だけど、脚本がないんだよ」

「そうなの? でもそういうのって、プロの人が書いたやつとかじゃ駄目なの?」

「ウチはずっと、オリジナルしか認めないっつー伝統があってな」


 ウチの演劇部には誰が決めたのか、既存の台本は練習以外で使わないという方針がある。先輩らも文句を言わず、ずっとやってきたことだ。


「別に良いんじゃない? 厳密に守るもんでもないでしょ」


 ぶっちゃけ、サクラコの言う通りでもある。伝統を守れと強制する人がいる訳でもないし、廃部寸前の今は余裕もないのだが。


「いや、ここは譲れん。おれのことを可愛がってくれた部長達に顔向けする為にも、伝統は崩したくない」


 おれは認めない。部長らがずっと守ってきたものを変えたくないんだ。まあ、ただのワガママだ。


「ふ~ん、そういうものなんだ。じゃあリョウちん先輩が脚本書くの?」

「実はおれも去年から始めたばっかりでな。脚本なんざ書いたことない」

「え~、じゃあどうするの?」

「手はある、即興劇エチュードだ。それを元に、脚本を作る」

「えちゅ~ど?」


 サクラコが首を傾げていた。演劇初心者はまあ、知らないか。


「フランス語で即興劇のことだよ。例えば舞台は学校で、役は先生と生徒とか。場面や人物像だけ決めて。あとはその場その場で咄嗟に受け答えして演じる劇のことだ」


 元々は演じるキャラクターの理解を深めたりする為にやることが多い。部長達は適当な舞台設定だけして自由にやって、脚本のネタを考えたり。場合によっては即興劇エチュードをそのまま脚本に使ったりしていた。

 別名、黒歴史生産工場。基本的には滅茶苦茶になり、ちゃんとした話になることはほとんどない。思いつきで言った台詞を後で見返して悶絶するなど、あまり良い思い出にならないことも多々ある。


「面白そうじゃん!」


 話を聞いたサクラコが、目を輝かせていた。

 そう、面白いのだ。めっちゃくちゃになることばかりの中から、たまーに面白い話の種ができることもまた事実。


「やろうよやろうよ、即興劇エチュード! 絶対絶対面白いって!」

「決まりだな。並行して発生練習とかもするぞ」

「わ~、なんか演劇部っぽくなってきた!」


 ぽいっつーか演劇部だよ、知能Sサイズ。


「まあ今日はもう遅いし。明日からな」


 とは言え、早速という訳にもいかなかった。

 窓の外の空は、灰色がかったオレンジ色。既に時計の短針は真下を少し過ぎているくらいであり、高校生としてはそろそろ帰らなければならない。


「は~い! にしし~。リョウちんと二人っきりの即興劇エチュードかあ、楽しみ!」

「…………」


 歯を見せながら笑っているサクラコ。

 一方で、おれの心には陰りがあった。


 捨てる神あれば拾う神あり。いきなり新入生が来て、今後の見通しも立った。滑り出しとしては好調だが。来てくれたのがおれの嫌いな陽キャだってことに文句を言うのは、贅沢だろうか。

 所詮、陽キャはみんなで楽しもうとかほざきながら、自分を持ち上げてくれる輩を集めている猿山の大将だ。なまじ声が大きくて影響力が強そうに見えるが、本質は自分が気持ちよくなりたいだけの、下らない人間。


 このサクラコだって、もしかしたらクラスの陽キャ集団に馴染めず、陰キャが多そうなところでやりたい放題しただけの可能性だってある。

 先ほどの二人っきりとかいう台詞も、こちらを籠絡させようとする作戦の一環に違いない。陽キャは自分より立場が上の人間に媚を売る傾向が強いからな。


「ま、二人っきりって言うか、二人ぼっちって感じだな」


 引っかかってたまるか。陰キャっぽい相手なら女子に耐性がなさそうで、簡単に落とせるとでも思ったのか? 甘えよ。

 おれは軽く流すように返事した。


「あはは! なにそれウケる~!」


 サクラコは普通に笑っていた。場慣れしてるタイプか、面倒くせえ。


「楽しみにしてるよ、リョウちん先輩との二人ぼっちの即興劇エチュード


 ニッと歯を見せて彼女が笑った時、空いている窓から風が入り込んできた。

 風は彼女の長髪を揺らし、アッシュグレーの毛先がふわりと舞い上がる。背後ではピンク色の花びらが宙を揺蕩い、オレンジ色の空と合わせてサクラコの笑顔を引き立てているかのようにも見えた。


 舞っているのは、彼女の名前と同じ桜。

 景色と合わさったその姿に、おれは息を呑んでしまった。


「ッ……おーう、また明日ー」

「ばいば~い!」


 何事もなかったかのように手を振ると、お返しとばかりに手を大きく振って部室を後にしたサクラコ。彼女の歩いた道筋に、桜の香りが尾を引くようであった。

 部室から廊下を覗き、完全に彼女の姿が見えなくなった時。おれは盛大なため息と共に、パイプ椅子に座り込んでいた。


「あぁー……ったく」


 息を吐きながら、おれは悪態をつく。

 別に彼女自身に何かされたとか、そういうことではないが。思い起こされる嫌な記憶が、彼女の雰囲気と重なって仕方がない。


 楽しそうな彼女とは裏腹に、明日から陽キャと二人っきりになるという事実が、憂鬱を栽培している。

 さらには、先ほどの彼女の姿に見とれていた自分に対する後悔もあった。不覚。


「さっさとあいつを呼ぶか。サクラコは苦手だろうが、旅は道連れ世は情け。一人よりは百倍マシだ」


 首を振ったおれはスマホを取り出しつつ、帰り支度を始める。

 こうして、おれの演劇部の再興ミッションが始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る