二人ぼっちの即興劇(エチュード)
沖田ねてる
おれの代で廃部?
【二人ぼっちの
どうせお前だって、人に合わせて、取り繕って生きているんだろ。
本音をさらけ出して生きていける程、世間は甘くない。認められたければ、望まれている人物でいなくてはならない。
我が儘を言わずに自分を殺すことを、誰もが何処かで思い知る。そうじゃないを我慢して、心にもないことを言わなければならない時だってある。
そうやって苦労するのは、当たり前のことの筈なのに。世の中には、自分を押し通す輩もいる。
明るく、楽しく、自分のやりたいように生きて、周囲に認めさせる影響力があり。自分が合わせるのではなく、周囲を自分に合わせてしまう、何かを持っている人間。
おれはそんな奴らが嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで。
心底、羨ましかった。
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足取りが軽くなるのは、春先の陽気の所為だけじゃない。憧れの前部長から遊びに行くとの連絡を受けたおれは、スマホを握り締めながらルンルン気分で部室の扉を開いた。
とある海なし県。春の桜が彩っている山々に囲まれた盆地に位置する田舎町、
窓の外からは風のそよぐ音と共に、運動部の掛け声が聞こえてくる。日中は微妙に暑いが日が暮れると一気に肌寒くなるここ最近。運動部は大変だな、おれはしっかり黒い学ランを着こみながら、室内でのんびりやらせてもらうよ。
「いつ頃来られますか、っと」
動き回っている彼らを眼下に見ながら、おれは近くにあった長机に座ってスマホを弄っていた。チャットを送ってみれば、程なくして返ってくるお返事。
『来週くらいだな。お土産持って行くから、楽しみにしとけよ』
「来週かー、待ち遠しいなッ!」
思わず声が出た。
この三月に卒業していった前部長と会うのは、実にひと月ぶりだ。思いついた時にしか連絡をくれない彼女だが、気が向けばこうやって会う約束すら取り付けられる。
外に遊びに行くことも考えたが、久しぶりに文化棟に行きたいと言われたので渋々オッケーを出す。
まあ彼女となら話も弾むだろうから、何処でも良いっちゃ良いんだが。関係の進展を望みたい年ごろとしては、若干物足りない気分だ。
「楽しみにしてます、っと。あーあ、さっさと来週にならねえかなあ。あっ、そうだ。まだ途中だったっけ」
二年生の証である青い室内用スリッパの脱ぎ捨てて、おれは長机に寝転んだ。と思ったらすぐに起き上がり、カーテンを閉め、近くにあったリモコンを手に取って天井に設置されたプロジェクターの電源を入れる。同時に黒板くらいのサイズのスクリーンを下ろした。
接続用ケーブルをスマホに繋げて操作すると、程なくしてスマホの映像が大画面のスクリーンに映し出される。冷蔵庫からジュースを取り出し、正面に置いたソファーにもたれて、途中だったプロの演劇の続きを眺め始めた。
あれやこれやとやりたい放題だが、現在この演劇部の部員はおれ一人。咎める者もいない。先輩も同期もおらず、この前の部活動紹介を病欠した為に新入生すらいないからだ。
今年はアイドル研究会とか言う新興の同好会が、かなり会場を盛り上げたと聞いている。今年こそ部に昇格するぞと、かなりの意気込みだったらしい。そのお零れを預かれなかったのは、痛恨だが。
「ま、その内なんとかなるだろ。にしてもこの展開は予想外……ん?」
一人で観劇を楽しんでいたら、ノック音が聞こえてきた。来客だ。
「生徒会の
予想外の来訪者は生徒会長、上代カンナさんだった。せっかく途中だったのにという不満が秒で吹き飛び、おれは慌ててカーテンを開ける。
同時に対生徒会モードに入った。喋り出しは詰まる、俯き加減で下から見上げるような目線、落ち着きなく揺れる身体、敬語。相手は権力者だ、下手に出ろ。
「は、はい。す、少し待ってください」
諸々を片付け終えた後に、おれは扉を開けた。そこにいらっしゃったのは。
「失礼します。急な来訪、申し訳ございません」
黒髪ストレートで、前髪は長さが揃っているぱっつん。赤みがかった大きなつり目の前には、四角い黒縁眼鏡。白を基調とし、紺色の襟とスカートのセーラー服と赤色のパータイ。おれより少しだけ低い背丈に、スレンダーな身体。ひざ下までの白いソックスとおれと同じ青いスリッパ。
顔立ちと声色からは少し幼い印象を受けるが、成績優秀で教師受けも良いとかいうコッテコテの会長サマ。
最初見た時は、模範生徒のマネキンに自我が芽生えたのかと思ったくらいだ。黒髪黒目のモブ顔で、お前みたいな奴に会ったことあると良く言われるおれとは大違い。
「邪魔するよお」
後ろには、もう一人いた。黒い学ラン姿だが濃い紫色の長い前髪で両目を隠している。背丈は会長サマと同じくらいだが、常に猫背なので実際よりも低く見える男子生徒。
生徒会副会長の、
「い、いえ別に。大丈夫ですから」
「どうせ暇だろ、一人ぼっちなんだしさあ」
会長サマに返事をしたつもりが、咲田が返してきた。
下からこちらをのぞき込んでくるような視線は気味が悪いし、会長サマの後ろから偉そうに声を上げている姿は、虎の威を借りる狐そのもの。
せめて人間になってから下山してこいと、内心で愚痴を吐いた。
「今日はこの件についてお話に来ました」
咲田とおれの内心に構わず、会長サマはすぐ本題に入る。なんだなんだと目を凝らして見れば。突きつけられたA4用紙を見て、おれの背中に冷たいものが走った。
書かれている標題は、演劇部の廃部について。
「現在、白泉高校演劇部の部員は新藤君一人です。これは校則で定められている、部活動における最低必要人数を満たしていません。加えて、昨年三年生の先輩らが卒業していってからというもの、目立った活動実績もなし。こちらとしては、これを部活動と見なすことはできません」
「かつては賞を取ったこともあるらしいけど、ただ春の夜の夢のごとしだねえ」
つらつらと事実を述べている会長サマと、彼女の尻馬に乗って言いたい放題の咲田。
「部室だって有限だしねえ。そもそも部に昇格したい同好会もいっぱいあるっていうのに、一人ぼっちの演劇部にこんな広い部屋なんか……うわ、プロジェクターにスクリーン、ソファーまであるじゃん。もったいなあ」
周囲を見やった後、わざとらしく声を上げた咲田。仕草まで鬱陶しいな。話は分かるが、お前の態度が気に入らなかりける。
こういう奴には、絶対に頭を下げたくないな。
「とは言え、いきなり廃部と言われても困るでしょう。なので期日までにこの条件を満たせば、廃部は見送ります」
奴は無視して。上代さんから受け取った用紙を、おれは改めて確認する。
「ご、五人以上部員を集めるのは、分かるんですけど。か、活動実績を作る、というのは?」
「言葉の通りです。仮にも演劇部なら公演なりなんなり、活動することがあるでしょう」
「部員集めだけを条件にすると、知り合いに名前だけ借りて幽霊部員四人集めました、で終わっちゃうからねえ」
確かにその方法なら、簡単にクリアできそうだ。先輩方にかまかけて同級生との交流をほとんどしてこなかったおれに、四人も伝手があるのかどうかは別にして。
期日は今年の文化祭の一週間後までだった。文化祭は六月下旬だったから、残された時間は約二か月。
「も、もし部員が四人まで集まって、公演に成功した場合、とかは?」
「許しません。文化祭の一週間後までに五人いなければ、例え活動実績があろうとも廃部とさせていただきます」
「ぶ、部員は兼部とかでも、良いんですか?」
「ちゃんと兼部する方の部に了承を取っているのであれば、問題ありません」
「こっちは譲歩してるんだぞお? 半年以上も一人ぼっちで何してたのかも知らない演劇部に、最後のチャンスを与えてやってるんだからなあ」
「新藤君」
会長サマがおれの方に一歩近寄ってきた。
「私が助けるのは、本当に頑張っている人だけです。生徒会としても、何もしていない部活を手助けする気はありません。咲田君も言っていましたが、部に昇格する為に頑張っている人が、たくさんいるんです。口先だけで言われても信用しません。必ず行動で示してください」
「わ、わかった、よ」
思わず素に戻ってしまうくらい、やけにキツイ視線と口調だった。
「では、お話はこれで終わりです。たまに視察に来ますので、そのつもりで」
「サボってたらその場で廃部にしちゃうかもなあ。気をつけろよ、へへ、へへへへ」
言うことは終わったとして、二人は部室を後にした。残されたおれは息を吐きつつ、受け取った紙に視線を落とす。
「どう、する。このままじゃ、先輩方の演劇部が、おれの代で廃部?」
紙を長机に置き、おれは頭を抱える。
思い返されるのは、先輩方と過ごした楽しかった日々。
『新藤、どうだ。演劇は楽しいだろう?』
得意げに舞台を見せてくれた前部長の笑顔は、すぐにでも思い描ける。彼女と出会い、初めてできたおれの居場所が今、なくなろうとしている。
「クッソ。そんなことになったら、先輩らに顔向けできん。何とかしなきゃ」
幸いにして一人は心当たりがあるが、必要人数は五人。あと三人も引っ張ってこなければならない。
対同級生モードにて教室で静かにしているおれは、クラスメイトとの関わりも薄いし。文武両道を謳って一年生は部活の参加を強いられるこの学校にて、部活動紹介イベントも終わった今、フリーの新入生は希少だ。
活動実績は文化祭公演をすれば何とかなりそうだが、部員集めの八方塞がり感が凄い。
「陽キャ共に頭を下げるのは癪だし、こうなったら今からでも押しに弱そうな奴を無理やり……」
「こ~んに~ちは~!」
強硬手段を検討していた、その時。軽い調子の声と共に勢いよく部室のドアが開かれた。
びっくりしたおれが目をやれば、そこには背の高い女の子の姿。
「一年C組、
アッシュグレーの長髪。太いまつ毛を持つ少し細く垂れ気味の翡翠色の瞳は、長い前髪で右側が隠れている片目隠し。セーラー服と赤いパータイを内側から押し上げている大きな胸に、短いスカートから覗く肉付きのよい太ももとひざ下でダボついている白いルーズソックス。一年生が履く緑色のスリッパ。
一目で美人だと分かるその出で立ちに、白い歯を見せてニカっと笑っている人懐っこい笑顔。微かに漂ってくる桜の香り。先ほど癪だと思っていたカースト上位に属していそうな、彼女の立ち振る舞い。
おれの嫌いな、陽キャっぽい奴。
「…………」
「あれあれ、部員さんですよね? 聞いてますか~、電池入ってますか~?」
言動から新入部員であることは間違いなく、いきなり確保できて喜ばなければならない筈なのだが。
助けが来たのか敵が来たのか判断がつかなかったおれは、しばらく押し黙っていることになった。
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