第17話
二人の憲兵隊さんがやって来てからしばらく待っていると、騒がしかった音が徐々に小さくなり、最初に聞いた喧騒が嘘のように静かになった。
(おわったの……?)
憲兵隊さんたちはどうなったのだろうか。私たちを連れ去った男たちを捕まえたのだろうか。何も分からないまま、「迎えにくる」という言葉を信じて格子の中で待つ。すると、キィッ、と甲高い音を立てて扉が開かれた。
「待たせたな! もう安心して良いぞ」
先程、私たちを見つけてくれた憲兵隊さんの声だ。その声にホッと胸を撫で下ろしていると、ひらひらと青い蝶が私の元へとやって来る。
「ネロ!」
『マリー、お待たせ! ユリアンも来てるぞ!』
「マリー君!」
「ユリアンさん!」
ネロに続けてやって来たのはユリアンさんだった。ユリアンさんは「格子から少し離れていなさい」と言うと、何かの呪文を唱えてガチャン、と格子の鍵を壊して開けた。同じように足に繋がった鎖も壊してもらうと、私は堪らずユリアンさんに抱きついた。
「ユリアンさん……! わたし、ずっと、待ってて……っ」
「うん。迎えに来るのが遅くなってごめんね」
今まで我慢していたものがこみ上げてきて、わんわんと声を上げて泣いてしまった。ユリアンさんはそんな私をぎゅっと抱きしめると、背中をぽんぽんとなだめるように優しく撫でた。
「マリー君、他の子たちも助けないといけないから、少しネロ君と一緒に待っててくれるかい?」
今度は、ちゃんと私の目の前にいてくれる。だから、大丈夫だ。こくん、と頷くと、ユリアンさんは他の子供たちが入っている部屋の格子の鍵を、足に繋がる鎖を壊していく。
ユリアンさんによって解放された子供たちは、憲兵隊さんたちが集めて誘導する。その中に、私の向かい側の部屋にいた少年もいた。
「あっ……」
ふと、少年の言葉を思い出す。「親がいる奴は助けてくれるだろう」と。それなら、両親がいない彼は? 私はユリアンさんが迎えに来てくれたけれど、彼はどうなってしまうのだろうか。
一瞬、目が合った。だが、ふいっと逸らされてしまう。私はどうしようもできずに、その背を眺めるだけしかできなかった。
「さて、これで全員助けられたね。とりあえず、私たちも一度上に戻ろうか」
「上?」
『そうだぞ! ここの上の階は酒場になってたんだ』
「さかば」
『大人がお酒を飲む店だぞ。今のマリーには関係ない店だ』
お酒は大人にならないと飲めない、ということは知っている。ならば、それが飲めるこのお店もネロの言うとおり私には関係ない。……そんな所に子供を集めたのは、こういう場所には子供が来ないというのを皆が知っているから、かもしれないが。
捕まっていた子供たちは、憲兵隊さんに連れられて先にここを出て行った。私たちも、その後を追うように上へと向かった。
酒場へと続く扉を開くと、急に視界が明るくなる。外へと続く扉があったであろう場所からは、暗い路地裏と空が見えた。どうやら、もう夜になっていたらしい。
憲兵隊さんは私たちを助けてくれた人たち以外にもいたらしく、忙しなくあちこち歩いたり話したりしている。
捕まっていた子供たちは、別の場所に移動になったらしく、馬車に乗せられていた。同時に、縄がぐるぐると巻かれた男たちも、別の馬車へと乗せられていく。
『はぁ~……今日はもう本当に色々あったな。これから帰るんだよな?』
「そうしたいのは山々だけどね」
ユリアンさんが、うーん、と困った顔で返事をする。どうやら私たちはまだ帰れないらしい。けれど、何故? そう疑問に思ったが、その答えはすぐに判明した。
「マリー!」
「! リアムさん」
子供たちや縛られた男たちを乗せた馬車よりも、(暗がりで少し見えにくいが)幾分か綺麗な馬車が止まる。その馬車から降りてきたのは、リアムさんだった。
「どうしてここに……」
「リアム。飛び出すんじゃないとあれほど……まぁ、良い」
溜息をつきながら後から降りてきたのは、リアムさんと同じような赤い瞳を持った人だった。どことなく、リアムさんに似ている。
「ブレネン伯爵。わざわざこんな所に出向かれなくても……」
「ひとまず終結した、と聞きましたからな。それに、そこの愚息が行くと言って聞かなかったんでね」
ブレネン伯爵、ということは、リアムさんのお父さんで、この領地の領主様、だ。そういえば、憲兵隊は領主様が直接指揮する、と少年が言っていた。つまり、領主様も協力してくれたのだ。
領主様が私の方を見つめる。それに気付いた私は慌ててお辞儀をした。
「君がユリアン殿が拾ったという……マリー嬢かな」
「は、はい! えっと……」
「話はリアムからも聞いていますよ。それと、今回は災難でしたね」
安心させるためだろうか。領主様は私の頭を撫でてくれた。その手は暖かい。きっと良い人だ。
私を撫でていた手が離れると、領主様は再びユリアンさんの方を向いて話し始める。
「それで、ユリアン殿に一つ提案なのですが」
「何でしょう」
「今日はもう遅い。食事もまだでしょう? 良ければ、我が家に泊まっていきませんか?」
そんなことをして、本当に良いのだろうか。リアムさんの方を見上げると、「客室は空いてるからな!」と笑顔で返された。
「そうですね……では、お言葉に甘えても?」
「なんでしたら、そのまま住み続けても良いですよ?」
「それはお断りします」
領主様に対して、そんなにきっぱりと断っても良いのだろうか、と思っていたが、領主様は「また振られてしまったな」と笑っていた。どうやら、今日が初めてのお誘いというわけでもないようだ。
そうして話していると、憲兵隊さんの一人が私たちの元へとやって来た。
「失礼します。閣下、ユリアン様、少々よろしいでしょうか」
「ああ、構わない。話せ」
「はっ。――拘束した男たちは全員移送。子供たちも、身元が分かっている子供に関しては親元へと返す手筈が整いました。ですが、いくつか懸念点が」
「何だ?」
「まず、一つ。ユリアン様が仰っていた、この場にいなかった男についてですが……この酒場にはいませんでした。既に逃げていたか、たまたまこの場にいなかったかのどちらかでしょう」
「たまたまこの場にいなかったのであれば、戻ってくるかもしれないけれど……憲兵隊で乗り込んだなら、その噂が流れる方が早いでしょう。ここにはきっと戻ってこない可能性が高い」
「取り逃がしたか……だが、それでも大半は捕まえられた。それで今は十分だ。――次の懸念点とやらは?」
「はい。捕らえられていた子供についてです。ほとんどは身元が分かっているのですが……身元不明の子供が何人か。身なりから見ても、両親のいない孤児である可能性は高いです」
難しい話が続く中、私でも分かる話が出る。両親がいない子供……あの向かい側の部屋にいた少年だ。
「あ、あの! その子たちは、どうなるんですか?」
心配になって、つい声に出してしまう。急に声を上げた私に驚きながらも、領主様は答えた。
「そうだな。このまま街に放り出せはしない。私が管理している孤児院に連れて行ってくれ」
「こじいん?」
『頼れる人が誰も居ない子供たちを、預かって育ててくれる場所だよ』
「安心?」
『多分? まぁ、領主様のが管理してるところなら大丈夫だと思うけど』
ネロにしては随分と曖昧な答えだ。もしかしたら、管理している人によっては色々と勝手が違うのかもしれない。
「マリーは他の子のことを気にするんだな」
「あ、うん……あのね、向かいのおへやにいた子が、みどり色の目の男の子なんだけどね。その子が、お父さんもお母さんもいなくて、名前もなくて、きっと助けてくれないって言ってたから」
だからきっと、彼のことが気になってしまうのだ。リアムさんは「そうか」と納得したようだ。
「その子も助かるから大丈夫だ。マリーは気にすることはない」
リアムさんはそう言うと、ぽんぽんと頭を撫でた。
「他に報告は?」
「ありません。証拠品は引き続き、ここの監視と同時平行で捜索致します」
「分かった」
憲兵隊さんが礼をすると、その場から去って行った。どうやら、まだお仕事が残っているらしい。
「それじゃあ、私たちは屋敷に戻りましょうか」
領主様はそう言うと、先程彼らが乗っていた馬車に乗り込む。私もユリアンさんの手を借りながら乗ると、馬車は夜道を走り出した。
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