第16話

 ネロ君に連れられてやって来た場所は、明るい華やかな表通りとは異なった、陰気な裏通りの酒場だった。伯爵邸がある街とはいえ、裏通りが危ないのはどこも同じである。


『マリーや子供たちが捕まってた牢屋みたいな場所、そこの空気孔に入ったら、この店の排気口に出た。だから、ここで間違いないぞ!』

「成程ね」

「ユリアン様、ここですか?」


 当然だが、憲兵隊たちはネロ君の言葉が聞こえない。彼らの疑問に答えるように頷く。


「みたいだ。子供たちが捕まっていた牢屋のような場所から、ここの排気口に出た、と」

「分かりました。――全員、聞いたな? 子供たちは酒場のどこかにいる。酒場の連中全員を捕まえ、子供たちは保護だ!」

「はっ!」


 隊長がそう告げると、皆、一様に返事をした。

 酒場の扉には「クローズ」とドアノブに看板がぶら下がっているが、そんなことはどうでも良い。普通にドアノブを引いても開かない。鍵がかかっているようだ。普通の酒場ならば、夕日が沈みきった今、開いていない方が珍しい。ドンドンドンッ、と強めに扉を叩いて声をかけるが返事はない。


「開けるつもりはない、か」

「開かないのであれば、こじ開ければ良いだけだ」


 私が隊長に代わり、扉の前に立つ。簡単な火の魔法を発動する呪文を唱えれば、扉は燃え尽き灰となった。扉だった物の向こう側には、男が数人待ち構えている。


『あいつ……! ユリアン、奥の一人、マリーを連れ去った奴の一人だ!』

「そうか、奥の男がマリー君を……」


 どうやら、ネロが知っている顔があったようだ。憲兵隊の隊長は、私がぼそっと呟いた言葉を聞き逃しはしなかったようだ。表情が険しくなる、


「邪魔するぞ」

「おやおやぁ? 憲兵隊の皆様方。今日は定休日ですぜ」

「酒を飲みに来たのではない。――最近、子供たちが誘拐される事件があるのを知っているだろう?」

「ええ、まあ。それが何ですかい?」

「ここが、その事件と関係している可能性が高い。改めさせてもらう」

「おいおい、勝手に弄くり回されたら困るぜ」


 酒場の男たちは、各々ナイフや棍棒のような物を構える。どうやら、彼らが事件と関係があるのは当たっていたようだ。


「野郎共! 全員追い出せ!」

「こちらも突撃!」


 互いに狭い酒場で武器を振り上げる。荒々しい声と共に、キンッと硬質な物同士がぶつかる音が響く。そんな中、私は一度後ろの方へと退き、背後から戦況を眺める。


『ユリアンは何してるんだよ! ここで魔法の一つや二つを放てば、さっさと決着がつくだろ!』

「ここで魔法を使ったら、下手すると味方を巻き込むだろう?」


 それよりも、マリー君を助けることの方が優先順位は上ではあるが、この乱痴気騒ぎが収まるまでは、安全な場所にいてもらった方が良い。捕らえられた子供たちを、人質として利用されるのは非常に困る。そのためにも、まずは牢屋があるだろう場所を把握しなくてはいけないのだが……。


(秘密裏に売買していたならば、逃げ出せず、かつ表に見えないような場所に牢屋を作るはず。つまり、地下)


 ならば、その地下に通ずる道があるはずだ。見回してみると、奥の方に扉がある。とはいえ、ここからでは遠い。

 酒場の男たちと憲兵隊の人数差はさほどない。しかし、有象無象の男たちと、きちんと訓練された憲兵隊では実力が違う。ならば、憲兵隊が一人二人欠けても問題ないだろう。

 丁度、男を一人捕らえた憲兵隊の二人組に声をかける。


「悪いけど、それが終わったら、奥の扉を先に調べてくれ。……多分、地下に子供たちがいる。見つけたら、一旦解放せずにそのままで。巻き込まれるかもしれないからね」

「はっ! 了解です」


 彼らは私の言葉に素直に応じると、捕まえた男を私に託して奥へと進んでいった。


『ユリアンが行かなくて良いのか?』

「私はどこからどう見ても、憲兵隊じゃないだろう? そんな私がここから居なくなったら、流石にあいつらも私が牢屋の方へ向かうと気付く。それなら、同じ隊服を着ている憲兵隊の方が、人数が減ったことに気付きにくい。だから、彼らに探してもらう方が早い」


 それに、ここで攻撃するような魔法は味方も巻き込んでしまうが、誰かを助ける魔法はいくらでも使える。


「適材適所、というやつだよ。――――、」


 大打撃を受けそうになった憲兵隊の一人へ、風で作り上げた防御壁を張る。それのおかげか、彼は体勢を立て直し、返り討ちにする。


『ふぅん……ユリアンがそう言うなら、信じるからな!』


 ひらひら、と舞っていたネロ君が、戦闘の邪魔にならないように私の肩にとまった。



  ◇◆◇



「これで、この場に居た者は全員捕らえました」

「奥の部屋に地下へと続く階段がありました。子供たちはそちらに捕らわれているようです」

「良くやった。早速、迎えに行こう」


 酒場に居た男たちは全員捕らえた。しかし、ネロ君は『あいつがいない』と言っている。


「あいつがいない?」

『ああ。マリーを連れ去った二人組。一人はここにいるけど……』

「もう一人は居ない、か」

「ユリアン様、それは本当ですか」

「そうみたいだ。既に逃げているか、あるいは……」


 どこかに隠れているか。しかし、隠れているのならば、今から見つけ出せば良い。幸い、地下牢の方へ行った憲兵隊たちは酒場にいた男の他に人を見ていない。


「では、残党の確認と証拠となりうる物の押収をする班と、ここで監視をする班、子供たちを迎えに行く班に分けよう」


 隊長がてきぱきと指示を出し、それぞれがその役割を果たすために動き出す。


「私たちも、マリー君を迎えに行こう」

『随分と待たせたからな!』

「そうだね。つらい思いをさせてしまった」


 今ここにネロ君もいる。きっと心細いに違いない。地下の牢屋を見つけた二人に案内してもらいながら、急いで子供たちを、マリー君を迎えに行った。

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