第14話

 まばらだったとはいえ、人通りのある噴水広場に、マリー君を置いていくなんてことをしなければ良かった。しかし、今更後悔なんてしても遅い。

 事は少し前に遡る。

 流石に街歩きが長すぎたせいか、マリー君は少し……いや、かなり疲れていたようだ。一度、噴水のある広場まで戻り、休憩をしようとした。


「流石に歩き疲れてしまったね。ここで、少し待ってなさい」

「はい……」


 力のない返事に、もう少し気にかけるべきだったな、と反省する。ネロ君もいるから大丈夫だろうと思いながら、少し離れた屋台へと向かった。

 そういえば、どんな飲み物が良いか聞きそびれてしまった。飲みやすい物なら何でも良いかな、なんて思いながら適当に注文し、しばらく待つ。代金を払い、商品を受け取って噴水のある広場まで戻った。


「マリー君、ネロ君?」


 二人が見当たらない。ここで待っていて、と言った場所に、先程買ったばかりの帽子が落ちている。その縁に、弱々しく震える青い蝶――ネロ君の姿がある。どう考えても緊急事態だ。


「ネロ君!」

『ユ、ユリアン……マリーが……!』


 私がいない間、一体何があったのか。治癒の魔法を軽くネロ君にかけてから、回復した彼に事細かに説明してもらった。とはいえ、ネロ君も途中で気絶してしまったらしく、マリー君がどこへ連れ去られたかまでは把握できなかったようだ。


『僕がもっとしっかりしていれば……』

「いや、それを言ったら、二人を置いていった私が悪い。……それよりも、今はマリー君を見つける方が先だ。弱音を吐いている場合じゃない。そうだろう?」


 連れ去ったのは幼い女の子。しかも、無理矢理だ。ならば、孤児を対象とした慈善事業でもなんでもなく、人身売買の可能性が高い。あるいは、何かしらの違法な実験に使われるか……とにかく、悪いことに巻き込まれたことは確かだ。


「ネロ君、マリー君の居場所は分かるかい?」

『それがさっぱり。マリーが呼び出してくれれば、すぐにでも駆けつけられるのに』


 駄目元で聞いてみたが、結果は予想通りだった。

 契約している精霊とはいえ、契約者である人の居場所は呼び出されるまで分からない。契約者に近ければ気配を探れる精霊もいるらしいが、今のネロ君にはそこまでの力は無いだろう。


「まずは、誰かマリー君を見ていないか探そう」

『そうだな。まずはやれることからやらないとな!』

「ああ」


 今までネロ君はずっとマリー君の傍にいた。だから、マリー君は(独学であろうと)まだネロ君を呼び出す方法を知らないはずだ。少なくとも、私は精霊を呼び出す方法を教えたことはない。ならば、地道に探すしかない。

 それから、あまり使いたくはないのだが、マリー君を助け出すときは最終手段としてあの伝手を使おう。そう心に決め、ネロ君と共に目撃情報がないか聞いて回った。



 マリー君の目撃情報を探した結果、収穫はなかった。ネロ君も言っていたが、誰もいない時を狙って連れ去ったため、雲隠れも早かったようだ。

 街に精霊がいたら色々と聞いてみたかったところだが、生憎、自然が少なく人が多いこの街のような場所には、精霊の数は非常に少ない。更にこういった街にいる精霊は、自分たちのことを見ることができない人間に興味が無いため、大した情報も得られなかっただろう。

 こうなったら、もう最終手段を使うか……そう悩んでいる内に、ネロが『マリー?』と空に向かって話す。


「見つけたのかい?」

『いや、ちょっと待って――マリーだ。マリーの声がする! 僕を呼んでる!』


 どうやら、マリー君がネロを呼び出そうとしているらしい。私はまだ魔力の使い方については教えた覚えはない。だが、今までだって我流で契約したり、魔力を暴発させることなくコントロールしたりしていたのだ。窮地に陥った今、我流で呼び出す方法を編み出したのかもしれない。


『行ってくるぞ!』

「そちらはお願いするよ」

『おう!』


 そう言うと、ネロ君は魔法陣で移動するときのように、光に包まれどこかへと消えて行った。


「さて、私も最終手段を使うか」


 ネロ君のことを待つのも良いが、私は私で動いた方が良いだろう。

 急だが仕方がない。それに、この街で問題が起これば、向こうも困るに違いない。

 私は、通い慣れた道を進む。その先には、この街で一番多きな屋敷――この領地を管轄する、ブレネン伯爵邸へと向かった。



  ◇◆◇



「急で申し訳ありません、ブレネン伯爵」

「いやいや、ユリアン殿の頼みですから……それで、私の愚息のことについてですかな?」

「いえ、リアム卿のことではありませんよ」

「ほう」


 執務中だったにも関わらず、こうして応接間へと通し、対応してくれるのはありがたい。早速、本題に入る。


「実は、最近子供を拾いまして」

「ああ、リアムから聞いておりますよ。弟子にしたんだって?」

「ええ。それで、今日はその子を連れて街へ来たのですが……」


 それから、何があったのかブレネン伯爵に説明する。ブレネン伯爵はそれを黙って聞いてくれた。


「――今、その子の元には彼女の精霊がついています。しばらくすれば、居場所も分かるとは思いますが」

「ふむ。確かに、最近は子供が行方不明の事件ばかり起きております。犯人は探していたのですが、なかなか尻尾を掴めなくて……もし、そいつらと同一犯なら丁度良い。そうでなくても、そういう組織は潰さなくては。早速、憲兵隊を、」


 ブレネン伯爵の側仕えに指示を出そうとしたところで、応接間の扉がバンッと大きな音を立てながら開かれる。


「父上、師匠! マリーが連れ去られたって、」

「リアム、落ち着け。扉を雑に開けるな。あと、勝手に盗み聞きするんじゃない」

「けど!」


 どうやら、私が来たのを誰かに聞いたのだろう。リアム君にも知られてしまったようだ。


「リアム君、ブレネン伯爵の言うとおりだよ」

「師匠、でも……」

「ブレネン伯爵、居場所が分かり次第、私も憲兵隊と一緒に向かいます」

「ああ、そうしてくれると助かる」

「父上、俺も」

「駄目に決まっているだろう」


 ブレネン伯爵がそう言うのも当然だ。マリー君より年上とはいえまだ子供だ。そんな場所に連れて行くなんて、貴族だろうがそうでなかろうが、普通の親ならあり得ない。流石にそれについては理解しているようで、リアム君もそれ以上は何も言わなかった。



 ブレネン伯爵に連れられ、彼が直接指揮している憲兵隊の元へと向かった。

 到着して憲兵隊の隊長に事情を説明すると、出動できそうな憲兵隊員を集め、アジトへと突入し戦闘することになった時のための準備をし始めた。犯人側に警戒されるかもしれないが、仕方がない。人海戦術で居場所を炙り出そう。

 そう思いながら彼らの準備を待っていると、普通ではあり得ないスピードを出す青い蝶がこちらに向かってきた。


「ネロ君!」

『ユリアン! マリーの居場所、分かったぞ! こっちだ!』


 そう言うや否や、間髪入れずにそのまま飛び去って行く。慌てて、憲兵隊に声をかける。


「皆さん、見つかったみたいです。あの青い蝶について行ってください!」

「ユリアン、後は頼んだ」

「ええ!」


 何も言わないが、ブレネン伯爵の後ろでリアム君も心配そうに見ている。大丈夫だよ、と声をかけたかったが、そう言っている間にネロ君を見失ってしまいそうだ。


(必ず、見つけ出すからね)


 マリー君の無事を祈りながら、憲兵隊たちと一緒に犯人たちの元へと急いだ。

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