第13話
「――んっ」
頭がガンガンする。とても痛い。けれど、今、起きなくてはいけない気がする。ゆっくりと目を開ける。
「……ここ、どこ?」
薄暗い。石が積まれてできたような部屋に、鉄の格子。立とうとすると、足元からジャラッ、と重たい鎖の音が響く。……ここは牢屋だろうか。実際に見たのは初めてだが。
痛む頭を撫でながら、どうしてここに居るのか思い出そうとする。
(えっと……ふんすいのところでユリアンさんを待ってて、それで……)
二人組の男性。どこかで聞いたことがあるような声だったが、どこで聞いたかは思い出せない。しかし、今はそれを気にしているところではない。
(ネロがどこかにいっちゃって……いやって言ったけど聞いてくれなくて……)
あっさりと私は担ぎ上げられてしまい、そのまま何かで頭を強く打って気を失ったのだ。それから先は、分からない。
どうしよう。どうすれば良いのだろう。ユリアンさんとの約束を守れなかった。ぽろぽろ涙がこぼれる。いつもなら、ネロがこのタイミングで慰めてくれる。しかし、今回はそのネロもいない。
涙が止まらない。心細い。そんな風に思っていると、キィッと開きにくそうに何かが開く音が響いた。
「お目覚めか? お嬢さん」
私を連れ去った男の一人が、私が入っている部屋の格子の前にやってきた。先程の音はこの牢屋に通ずる扉を開いた時の音だったらしい。
一体何をするつもりなのだろう。警戒しつつ、身構える。
「可哀想になぁ? でも、大丈夫だぜ? ここには他にもお友達が沢山いるからな。買われるまで、せいぜい大人しくしておくんだな」
そう言うと、そのまま男は去って行った。どうやら、私の様子を見に来ただけだったようだ。
しかし、他にお友達がいる、というのは何のことだろう。足の鎖を引きずりながら、格子の所まで歩く。
「――――、」
よくよく目をこらして見れば、私の部屋の向かい側にも、斜め前にも横にも同じような部屋があり、私と同じくらいの子供たちが捕らえられていた。男の子も女の子も、綺麗だっただろう服を着た子もそうでない子も、悲しそうに、何かを諦めたかのように、捕らえられていた。
どうしてこんなに子供がいるのだろうか。理由は分からない。先程、男が「買われるまで」と言っていた。私たちは売り物にされてしまうのだろうか。――いや、私は売り物じゃない。
涙を拭い、どうすれば良いのか考える。
ここから大声を出してみる? そんなことをすれば、男に気付かれてしまうかもしれない。そもそも、そんなことは他の誰かが試したに違いない。ならば、こっそり脱出できる場所を探す? この部屋にそんな場所が見つかるとは思えないし、そもそも足枷のせいで動けない。
(何か……何かわたしにできること……あ、)
そういえば、ネロが前に私に何か言っていた気がする。
『契約した精霊は普段は魔力消費を抑えるために、遠くに離れていることが多いだろ? 呼び出されたらすぐに契約者の元へ駆けつけることができるしな。』
(そうだ。ネロを呼べば……)
いつも傍にいるので忘れてしまっていたが、そもそも精霊さんは精霊士と離れていることの方が多いらしい。呼び出し方は……分からない。
(待ってて、ってネロが言ってた。すぐにそっちに行くから、って。それなら、わたしはここにいるよ、って目印があれば……)
誰にも分からない、けれど、ネロにだけ分かる目印。何かないだろうか、考えてみる。
「――そうだ、」
精霊士は、魔力を使って契約した精霊さんたちに指示を出す。つまり、契約をした精霊さんは、精霊士の魔力がどういう物なのか分かるのではないだろうか。もしかしたら全くの見当違いで、精霊さんは精霊士の魔力が分からないのかもしれない。けれど、今はこれに賭けるしかない。
ゆっくりと目を閉じ、心を落ち着かせる。魔力のコントロールをする修行を初めて、もう一年経った。まだ不安定ではあるがが、魔力を出す、というところまではできている。
(手のひらに魔力をあつめて……出す……)
上手くいかない。けれど、焦りは禁物だ。
私は今、何をしたい? ネロに、私はここにいるのだと教えたい。何故? ここに、ネロを呼ぶために。
「――ネロ、おねがい、来て」
小さいが、つい、声に出てしまう。
「ネロ、助けて」
『――ようやく、呼んでくれた』
手のひらの上に、ぽうっと光が集まる。その光から聞こえたのはネロの声。光が収まると、いつも傍にいてくれる青い蝶の姿が現れた。
「ネロ!」
『シーッ! よく分かんないけど、あの男共が周りにいるかもしれないんでしょ』
大きな声を出してしまったが、すぐに口を塞ぎ、ネロの言葉にこくこくと頷く。ネロの言うとおり、先程私の様子を見に来た男が、まだ近くにいるかもしれない。私は小さな声でネロに話しかけた。
「あのね、わたし、つかまっちゃって……」
『うん。僕が不甲斐ないばかりに、マリーが連れ去られちゃった……ごめんね』
「ううん。ネロのせいじゃないよ。けど、今どうなってるのか分からなくて」
『連れ去られた後ユリアンが来て、今もマリーを探しているぞ。僕はユリアンに助けられて、回復してもらって、今はマリーに呼ばれたからこっちに来たけれど』
そうだったのか。ユリアンさんは私のことを探してくれている。それだけで、なんだか胸がきゅうっとなる。しかし、感激している場合ではない。
「どうやったら、わたしがここにいる、って教えられるかな」
『ちょっと待ってて』
ネロはそう言うと、ひらひらとこの部屋を隅々確認する。それから、私が出られない格子の隙間から出ると、別の部屋を探す。しばらくすると、ネロは私の元へと戻ってきた。
『どの牢屋にも、外に出られそうな隙間は無かったぞ。けれど、』
「けれど?」
『空気孔、かな。廊下の天井に、空気の入れ換えをするための穴があったんだ。マリーは無理だけれど、僕なら余裕で入れる』
「そこから外に出られれば」
『ユリアンにこの場所を知らせられるかも。そこまで時間は経ってないから、ここは街の中のどこか……もしくはすぐ近くだとは思うし』
それなら、脱出は無理でも私の居場所はユリアンさんに伝えられる。希望が見えてきた。
「あのね、男の人が『買われるまでおとなしく待ってろ』みたいなことを言ってたの。ここにいる子たちも多分……」
『人身売買のために連れ去られた、ってことだな。分かったよ、超特急でユリアンに知らせに行くぞ』
そう言うや否や、ネロはびゅんっとどこかへと飛んでいった。
(これで、きっと大丈夫)
ユリアンさんは私のことを探しているし、ネロも私の居場所を伝えに行った。私にできることはやったはずだ。
(大丈夫、きっと見つけてくれる。大丈夫――)
ネロと離れるのは心細いが、きっとあの時と同じように、私が捨てられたあの日のように、ユリアンさんは私を見つけてくれるだろう。自分に言い聞かせるように、大人しく牢屋の中でじっと待った。
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