第11話
ユリアンさんに拾われて、いつの間にか季節は一巡りしていた。一年も経つと、私はすっかりこの森の生活に馴染んでいた。
森には木の精霊さんだけでなく、風の精霊さんや花の精霊さんもいるので、話し相手には困らなかった。兄弟子にあたるリアムさんとも、良い関係を続けている。リアムさんは(領主様の子供だから、当然と言えば当然なのだが)、ユリアンさんがよく出向いている街の様子を色々と教えてくれるのだ。
そうやって色々な話を聞くと、森の外への興味がむくむくと湧いてくる。だが、流石に一人で街に行くのは無謀すぎるだろう。かといって、物の売り買いをしに行くユリアンさんに迷惑をかけるのも違うし、いくら仲が良かろうが『領主様の子供』という立場のリアムさんと一緒に行くのも違うだろう。
『マリー、何を悩んでいるのさ』
「ネロ! んん……でも、めいわくになっちゃうかもしれないから、」
『迷惑になるかもしれない? なら、なおさら僕が先に聞いてあげる! 叶えられるかどうかは別として、言うだけ言ってみなよ』
「……それじゃあ、」
こそこそ話をするように、小さな声で今まで悩んでいたことを打ち明けた。
「――だからね、街には行ってみたいの。でも、おねがいしても良いのかなって」
『そうだなぁ……確かにリアムに頼むのは無理だと思うけど、ユリアンに頼むくらいなら良いんじゃない? 結構マリーには甘いし』
「そうかな?」
『そうだよ。頼むだけ頼んだら? 断られたら、そのときは一緒に考えてあげる』
「そっか。ありがと」
『どういたしまして!』
ネロがくるくるとその場で回る。私に頼られて嬉しかったらしい。
ユリアンさんは今、売りに出す薬の調合中だ。邪魔したら悪いかな、と思ったが、何かあってもなくても、いつでも呼んで良い、と言われている。
流石に急に部屋に入るのは違うだろうなとおもい、作業部屋の扉をコンコン、とノックする。「はーい」という声が聞こえてからしばらくすると、ノックした扉が開かれる。
「マリー君、どうしたのかい?」
「あ、あの、おねがいがあって……むりだったら良いんだけれど……」
「うん。何かな」
「……わたし、街に行ってみたいの!」
「街に?」
ユリアンさんは少し驚いたような表情を浮かべると、すぐに何かを考え始めたようだ。
「確かに、ずっとここに閉じこもってるのはあまり良くないね。うーん……」
「あ、あの、ダメなら、ダメで、大丈夫、だから……」
「いや……良いよ。でも、流石に今から行くのは大変だから、次に街へ行く時に一緒に行こうか」
「ほんと!?」
「本当」
そう言って、ユリアンさんは優しく頭を撫でてくれた。
ユリアンさんが休憩のついでに話してくれたが、もともと、どのタイミングで街へ連れて行こうか悩んでいたらしい。私を拾うまで子供を育てた経験はほぼ無いに等しかった上に、森で暮らしていた時間が長いので、どうすれば良いのか分からなかったそうだ。
『頼むだけ頼んでみて良かっただろ?』
「うん!」
ユリアンさんが次に街へ行くのは明後日だ。売買の邪魔だけはしないように、ユリアンさんと離れないように気をつけなければ。
(どんなところかな……楽しみだな)
わくわくしながら、その日になるのを待った。
◇◆◇
二日後。
今日はユリアンさんと一緒に街へ行く日だ。この日は特別に朝の修行をお休みして、朝から街へ向かう。
「忘れ物はないかい?」
「大丈夫だよ。ブローチもつけてるよ」
このブローチは、ゲートを通るときに必要な魔道具らしい。ユリアンさんがいればこのブローチが無くてもゲートを通れるのだが、この先必要になるかもしれないし、万が一何かがあった時に一人でも通れるために、と作ってもらったのだ。
「良いね。それじゃあ、約束は覚えているかい?」
「ユリアンさんとはなれないようにすること。お店の物はむやみにさわらないこと。せまい道には入らないこと。知らない人について行かないこと」
『何かあったら、ユリアンか僕に知らせること!』
「うん。ちゃんと覚えているね。それじゃあ、行こうか」
ユリアンさんと手を繋いで、ゲートの魔法陣の中央に立つ。ここに立つのは、私が彼に拾われた時以来だ。
淡い光が私たちを包み込む。段々と眩しくなる視界に目を閉じ、再び開くと――、
「前に来たところとは、ちがうところだ!」
『人が出入りした跡もあるぞ』
「ここは森の入口近くにあるゲートだからね。リアム君もここをよく使うし、たまに私に用事がある人がここで待っていることもある。
さて、ここから街までは少しだけ歩くけれど良いかい?」
こくん、と頷き、皆で街へと歩き出す。少し離れていたが、わくわくした気持ちが先行して、特に気にならなかった。
しばらく歩いて行くと、街を守るように囲う壁のような物が見えてきた。どうやら、街の入口らしい。
大きな扉がある場所で、ユリアンさんが扉の前で警備している人に何かを見せながら説明すると、あっさり街へと入れた。どうやら、一人一人検査のようなことをしているらしい。
「街に入るためには身分証明書が必要だからね。十歳までの子供には必要ないけど……マリーの分もいずれ作ろう」
『はえ~、大変だなぁ』
「こういう大きな街の治安維持のためには、ある程度必要なことだよ。――さて、ここがブレネン領の中心地だ」
石畳の道に、沢山の家が立ち並んでいる。朝だというのに人が大勢歩いている。お店は見える範囲内ではどこも活気があり、ユリアンさんと暮らしている森や、その前に暮らしていた村とは大違いだ。
つい、きょろきょろと周りを見回してしまう。そんな私の様子に、ユリアンさんはくすくすと笑う。
「森には無い物ばかりだから、目移りする気持ちは分かるよ」
『僕も久しぶりにこんな賑やかな場所に来たな!』
「ネロは街に行ったことがあるの?」
『マリーが産まれるずっと前にね。それで? ユリアン、これからどうするんだ?』
「まずは荷を軽くしようか」
そう言って、ユリアンさんは背負っていた鞄を指差した。そうだ。ユリアンさんがこの街に来たのは、薬や魔石を売りに来るためだった。その後は買い物もしなくてはいけない。
「こっちだよ」と言いながら、ユリアンさんは私と手を繋ぎ、とある大きな看板の掲げられた建物の前へと連れてきてくれた。
「ここは……魔道士、ギルド?」
「そう。ここには沢山の魔道士たちがいるんだ。名目上『魔道士ギルド』とはなっているけれど、錬金術士や精霊士もこのギルドの世話になる」
『つまり、魔力が高い人が世話になるってことだな?』
「そういうことだ」
もし私がこのまま精霊士になったら、お世話になるのかもしれない。そう思うと、少しドキドキする。
ユリアンさんは私を連れて、魔道士ギルドの中に入ると、そこにはまばらではあるが、他の人たちも来ていた。
「ユリアン様!」
一人のお姉さんが私たちに気付くと、こちらへ駆け寄ってきた。ユリアンさんの隣にいる私たちに気付くとしゃがんで、視線を合わせてくれた。
「こんにちは、お嬢さん。魔道士ギルドへようこそ」
「あ、えと……よろしくお願いします?」
つい、ユリアンさんの後ろに隠れてしまったが、優しそうな声に頭を下げた。
「ユリアン様、この子どうしたんですか? もしかして、隠し子……」
「違うよ。……まぁ、色々とあって弟子になった子なんだ」
「おや、そうでしたか!」
「それより、買い取りのお願いしたいんだけど」
「はーい! では、こちらでお待ちくださいね」
お姉さんがテーブルの席まで案内してくれると、私たちの向かい側に座った。一言二言交わすと、買い取ってもらう物の査定を始めた。
今日は薬を中心に、魔石もいくつか持ってきていた。お姉さんから「相変わらず質が良いですね!」などと褒められながら、持ってきた物が全て買い取られていく。どれくらいで売れるのが普通なのかは分からないが、結構なお金を受け取っていたのは確かだ。
「そうだ。この子に関することで、今度ギルド長と話たいんだが……」
「この子に関すること、ですか」
「お願いできるかな」
「分かりました。今日は無理でしょうから、次回以降に」
「ああ」
私に関するお話? 一体何なのだろう。大事なことなのだろうか。
ユリアンさんの顔を見上げると、「大したことじゃないけど、確認したくてね」と頭を撫でてくれた。ユリアンさんがそう言うなら、きっとそうなのだろう。
少しの間、最近の街の様子などの雑談をしてから、魔道士ギルドを出だ。最後にお姉さんが手を振って見送ってくれたので振り返すと、嬉しそうに更に笑ってくれた。
「さて、そろそろお昼にしようか」
『色んな店があるから、目移りしちゃうよな~』
ネロの言うとおり、食事をするお店だけでも色々あり、どんな料理が出てくるかも分からないので流石に選べない。
「それなら、いつもの店に行こうと思うけど、良いかい?」
「うん」
『どんな店なんだ?』
「軽食を出してるお店だよ。そこなら、マリー君が食べやすいのもあるだろうからね」
どんな食べ物を出すお店なのだろうか。想像すると、きゅう、とお腹が鳴る。その音を聞いたからか、ユリアンさんは私を抱き上げると、「早く行こうか」と微笑みかけてくれた。
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