第10話

 リアムさんは無事、お家の人から許可を貰ったようだ。そのため、週に一度、リアムさんは私と一緒に修行することになった。


「んー……!」

『マリー、良い調子だぞ!』


 魔力、と呼ばれるものは、生きているもの全てに必ずあるものだそうだ。ただし、その量にはかなりの差がある。私やリアムさんのように魔力の量が多い、魔道士や精霊士といった存在はかなり貴重らしい。

 魔力は身体の中を流れる血のような物、だそうだ。魔力が多いと、意識すれば身体の中を流れる魔力を感知できる。その流れを把握して、火や風、水といった物に変換するというのが魔法らしい。精霊士は、魔法のように魔力を別の物に変換はしない。魔力を使って、言葉にしなくても精霊さんに指示を出したり、精霊さんの力を増幅させたりすることができるようだ。そのため、魔道士も精霊士も、自分の魔力の流れを把握してコントロールする力が必須である。

 私はその初期の初期段階、自分の魔力を感知するところから始めているのだが、これがなかなか上手くいかない。


「…………わかんない」

「マリー君は、産まれたときから精霊が傍にいて自然に馴染んでいるから、感知しにくいのかもしれないね」

「師匠、それって関係あるのか?」

「あるよ。例えば、目にゴミが入ったら、何かしらの違和感があるだろう? 普通の人にとっての魔力もそれと同じだ。基本的には身体にはあまりない物だから、違和を感じ取る。

 けれど、マリー君の場合は、魔力は血液のようなものだ。元々そこにある物だから、違和を感じない」

「俺も生まれつき魔力は多いけど」

「うん。だから、リアム君は小さいときから、なんとなく身体に違和感があっただろう?」

「まぁ、そうだな」


 多すぎる魔力は違和感を与えるらしい。それは、リアムさんもそうだったようだ。けれど、私は今までそんな違和感があったことはない。


「それに、マリー君はネロ君とずっと契約しているからね。それも関係しているかもしれない」

『身体が慣れちゃってるってこと?』

「そう。身体が慣れている。マリー君なりの魔力の使い方を自然に身につけている。けれど、それだと無駄が多いし、使い方によっては身体を壊すからね。

 だから、魔力感知と正しいコントロール方法は身につけないといけない。けれど、知らないことを学ぶのは大変だけれど、知っていることを矯正する方がもっと大変だ」

「きょうせい?」

『正しいやり方になおすってことだよ』

「そっか……」


 確かに、文字の読み書きの勉強は大変だけれども、上達はしていると感じている。けれども、修行の方はそうでもない。


「むずかしい……」

「ま、落ち込むなよ、マリー。まだ時間は沢山あるしな」

「そういうリアム君の調子はどうなのかい?」

「…………また師匠の作った迷路が焦げた……」

「ははは。頑張って」


 リアムさんは悔しそうに、手に持った箱を持ちなおした。その箱の中は迷路になっており、リアムさんが小さな小さな火で、その迷路を攻略していく。魔力を沢山込めると火が大きくなってしまうし、集中しないと道を進みすぎて壁に火が当たり焦げてしまう。なかなか、大変そうだ。


(リアムさんもがんばっているし、わたしもがんばらないと!)


 もう一度、意識を身体の内に向ける。瞼をぎゅっと閉じて、ほんのわずかな感覚の違いを探し出す。


「んんん……」


 身体の中にあるという違和感はない。しかし、視界が無くなると、感覚が研ぎ澄まされているような気がする。

 ひらひら、ネロが私の周りを飛んでいるが分かる。…………?


(あれ、見えてないのに、どうして分かるんだろう?)


 今、ネロは右肩の近くにいる。ぱっと瞼を開くと、私の予想通りの場所にネロは確かにいた。


『あれ? どうしたの、マリー』

「ううん、何でもないよ」


 もう一度、瞼を閉じる。……やっぱり、ネロがどこにいるのか、なんとなくだが分かる。

 それと同時に、身体の中にもネロの気配に似た何かがある。


(ユリアンさんは、まりょくかんちしにくいのは、ネロとけいやくしてるからかも、って言ってた……)


 自分なりの使い方をしている、だから、なおさなくちゃいけない。つまり、私はずっとなんらかの方法で魔力を使ったことがある、ということだ。そして、それは多分、ネロとの契約に関係している。


(もしかして、ネロのけはいの中に、わたしのまりょくもまざってる?)


 だとするなら、ネロに似た気配を身体の中から探せば良い。意識を集中させる。


「…………あっ、」

『マリー?』


 今、一瞬だけ、見つけたような気がした。右の手のひらに、少し。瞼を上げると、右の手のひらには何もない。


「もしかして、さっきのがまりょく?」

「おっ、見つけたのか?」

「たぶん? ネロのけはいみたいなのがあったから……」

「ネロ君の気配……成程」


 今の私の話で、ユリアンさんは察したらしい。


「マリー君、そのまま、他にもそのネロ君の気配があるところを見つけられるかい?」

「やってみる!」


 同じように、ネロに似た気配を探る。すると、先程よりも明確に、右の手のひらに暖かい何かを感じる。

 ユリアンさんの言うとおり、他の場所にもないか探してみると、左の手のひらにも似たような何かを感じる。


「んん……りょうほうの手のひらにある?」

「お、ようやく気づいたんだな」


 一段階目の迷路を終えたのか、リアムさんが「良かったな」と褒めてくれた。


「魔力を使うときは、大抵、手のひらから放出して使うことが多い。だから、きっと分かりやすかったんだろうね」

「もっとほかのところにもあるの?」

「ああ。だけど、それを感じ取る練習はまた今度。リアム君も一段落ついたみたいだからね。そろそろ昼食にしようか」

「ごはん!」


 リアムさんが修行でこちらに来るときは、一緒にお昼ご飯を食べることが増えた。村にいたときは、ほとんど一人で食事をすることが多かったので、こうして皆で食べれるだけでも嬉しい。


「おなかすいたね」

「魔力使うと、いつもよりそんな感じがするんだよな」

『剣振り回してる方が、お腹空きそうだけどな』

「剣をつかうほうが、おなかすくんじゃないか? って」

「どっちもどっちだな」

『へぇ~』


 ユリアンさんはともかく、リアムさんはネロたちのような精霊さんとお話しをする私を気味悪がることはない。リアムさんにはネロの声は聞こえないけれども、私がネロの言葉を伝えれば会話に混ざることもできる。


(このまま、ずっといっしょにいられたら良いな……)


 本来なら、ずっと与えられていたであろう当たり前の日常が嬉しくて、つい笑みをこぼした。

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