第9話

「『しょうじょ、は、おどろき、ました。いままで、むら、に、まで、まもの、が、きた』……じゃなくて『くる、こと、が、なかった、から、です』」

「結構、読めるんだな」

『だろ? マリーは毎日頑張ってるからな!』

「でも、まだはやくよめないです……」

「……マリーは今、何歳なんだ?」

「六さい、です」

「十分だろ……」


 リアムさんの指摘にそうなのだろうか、と首を傾げる。

 ユリアンさんが持っている本は、文字が沢山書かれている。だから、もっと早く読めるようにならないと、精霊さんについて勉強するどころの話ではない。

 しかし、リアムさんの話によると、街に住んでいる六歳の子供でも、文字をすらすら読める子供は少ないらしい。


「師匠はマリーをどうしたいんだか……」

「えっと、ユリアンさんはどうしたいのか分からないですが……わたしは精霊士になって、ユリアンさんのおてつだいがしたい、です!」

「健気だな、お前」

「けなげ?」

『良い心がけを持って努力してるな、ってこと』

「そうなの……むずかしい……」


 まだ私は知らないことが多い。うーん、と頭を悩ませながらも、次の文章を読もうとした。


「マリー君? ただいま……って、」

『あっ、おかえりユリアン!』

「おかえりなさい!」

「師匠、おかえりー」

「……リアム君。君、なんでここにいるの」


 どうやら、ユリアンさんにとっても急な訪問だったらしい。だが、そんなことなど気にせず、リアムさんは自分で淹れたお茶を飲み干す。


「剣の稽古に飽きたから、少し気分転換に」

「基本的には、私がそっちに訪問することになっているだろう? もう少し自分の立場を考えなさい」

「連絡してからだと、すぐに会えないだろ」


 二人の話を聞いている限りだと、本来はユリアンさんがリアムさんの家……つまり、領主様の家に行って教えているのだろう。確かにそちらの方が危険はない。


「で、師匠。俺はマリーのこと聞いてないけど?」

「言ってないからね」

「……師匠が拾った、って」

「マリー君、彼に君のことを話しても良いかい?」

「え、えっと……」


 別に隠すようなことでもないので、素直に頷いた。すると、ユリアンさんは、私と出会ったあの日の話を軽く説明し始めた。

 リアムさんは難しい顔をしながら、最後まで話を聞くと、一つ溜息をついてユリアンさんに尋ねた。


「マリーが精霊士の才能があるってこと、その村の奴らは知ってるのか?」

「知らないだろうね」

「……ブレネン領で、今年凶作になった村があるなんて父上からも聞いたことはない」

「ということは、他の領地の村かな」

「かもな。それとなく聞いてみる」

「ああ、助かるよ」


 二人の会話について行けずに、つい黙ってしまう。黙っているとなんだか不安になってしまうが、ネロが『マリーが不安になることはないよ!』と励ましてくれた。ネロがそう言うなら、そうなのだろう。


「それで? リアム君はそろそろ帰らなくて良いのかい?」

「書き置きしたし、執事にも言ってあるから平気ですー。ってことで、師匠にちょっと魔法を見てほしいんだけど」

「そうだね……マリー君」

「ふえ?」


 私に話が振られると思っておらず、気の抜けた返事をしてしまった。それにしても、一体なんなのだろうか。


「せっかくだから、リアム君の魔法、見てみないかい?」

「良いの!?」


 まさかの提案に、つい声が大きくなってしまう。

 たまにユリアンさんが魔法を使うところを見たことがあるが、見る度にいつも不思議で面白いな、と思う。リアムさんはどんな魔法を使えるのだろうか。今からわくわくする気持ちが抑えられない。

 ユリアンさんが「良いよね?」と笑顔でリアムさんに尋ねると、リアムさんは「わ、分かった」と了承してくれた。



 リアムさんの魔法は家の中で使うと危ないようなので、皆で家の外に出て家の裏の方へと向かう。そちらはゲートとは真反対の場所であるため、まだ行ったことがない。


「ここだよ。魔法の訓練場」


 ユリアンさんがそう言って到着した場所は、開けた村の広場のような場所だった。ちょっとだけ、地面が焦げている気がする。


『うわっ。火の匂いがする!』

「火のにおい?」

「なんだ、マリーはそういうのも分かるのか?」

「ううん。わたしじゃなくて、ネロが」

「ネロは水の精霊だからね。特に感じるんだろう」

「あー、成程な」


「お前、凄いな」とリアムさんがネロに向かって言うと、ネロは自慢気にくるくるとその場を回った。


「それで、見せたいのは何かな?」

「師匠、木刀じゃない剣ってあるか?」

「少し待ってなさい」


 訓練場の端にある倉庫にユリアンさんが入って行く。しばらくすると、そこから何かを手に持って出てきた。鞘に収まった剣だ。


「訓練用の剣だ。訓練用だから切れはしないけど、鈍器にはなるから気をつけて」

「ん、ありがと」


 リアムさんが慣れた手つきで腰に付けると、鞘から剣を抜く。


「――――、――――、」


 魔法を使うときの言葉だ。私には何を言っているのか分からない。ユリアンさんは短い言葉で魔法を使えるけど、リアムさんはそれよりも少し長めだ。

 それを唱え終えると、剣の穂先にぼっと火が灯る。


「わぁっ!」

『へぇ? 木に火を点けることはよくやるけど、剣に火を灯すなんて、初めて見た』

「師匠! これ、これをもう少し全体的に灯せるようになれば、魔石がなくても魔法剣はできるんじゃないか、って思ったんだ!」

「まほうけん?」

『魔石を嵌めた剣だぞ! それがあれば、剣に魔法の力を込められるんだ』

「へぇ……」


 魔石は主に、料理をするために火を起こしたり、水を出したりするなど、生活の中で使われることが多い。けれども、私が知らないだけで剣みたいな武器にも使われていたようだ。どうやら、リアムさんはそれを魔石無しでやってみたいらしい。


「リアム君、一旦、火を消してみなさい」

「分かった」

「――あれっ?」


 ユリアンさんの言うとおり、リアムさんは剣の穂先に灯していた火を消す。すると、魔法を使う前は磨かれて綺麗だった刃が、火が灯っていた部分のみ鈍く曇っていた。


「火のところだけ、何かかわってる?」

『刃が焼けたんだな』

「そう。ネロ君も指摘したけれど、刃が焼けているだろう? 今は穂先だけだから良いけど、刃の全てに魔法で火を灯せば、この剣はもう使い物にならない」

「良いアイディアだと思ったんだけどな」

「そもそも、魔法剣は魔法を使えない人のための剣だからね。

 ただ、発想は良い。剣を改良して、魔法に堪えられるようにするか、出力をもう少し調整してみれば……リアム君にとっても、使いやすくなるんじゃないかな。そのためには、もう少しコントロール力を上げないといけないけれど」

「魔法の修行量、増やした方が良さそうだな……」


 リアムさんは、焼けた剣を見ながら「うーん」と考え込んでしまった。

 火の魔法を使えるだけでも凄いのに、まだ上を目指しているだなんて。私よりも歳は上だけれど、まだできないことに挑戦するなんて凄い。

 リアムさんは、何か思い立ったようで、剣から視線を離す。


「なぁ、師匠。マリーはもう、魔力のコントロールする修行をやってるのか?」

「午前の間に少しだけね」

「毎日は無理だけど……週に一回! こっちに来て一緒に修行しても良いか?」

「それは、君の家の人に許可を貰わないと」

「許可貰ったら良いんだな? 分かった」


 どうやら、リアムさんの家の人に許可を貰ったら、私と一緒に修行するつもりらしい。私なんて、まだ魔力のまの字も分からないのに、一緒にやる意味はあるのだろうか。むしろ、邪魔してしまうかもしれない。

 本当に大丈夫なのか、と言葉にせずにリアムさんの顔を見上げる。


「何だよ、不安そうだな? 俺と一緒は嫌か?」

「ううん、そうじゃなくて、その……わたし、じゃましちゃうかもしれない、です」

「そんなことないと思うけど」


「ね、師匠」とユリアンさんにそう言うと、彼は頷いた。


「むしろ、互いに勉強になるかもしれないね」

「そうなの?」


 それなら、良いのかもしれない。一人よりも、誰かと一緒に修行するのは楽しそうだ。


「それなら、する!」

「ま、本当にリアム君の家の人が許可するならね」

「絶対、許可貰ってくる」


 リアムさんは持っていた剣をユリアンさんに返すと、早速ゲートの方へと向かっていった。どうやら、もう帰ってしまうらしい。


「許可貰ったら連絡するな!」

「分かったよ」

「それじゃあな。マリーも、ネロ……は何言ってるか分からないから、返事は聞けないけど。またな」

「またね」

『じゃあなー!』

「ネロも『じゃあなー』って」

「おう」


 リアムさんが手を振ったので、それに応えるように手を振り返す。淡い光がリアムさんを包み混むと、いつの間にか姿は消えていた。


『は~、急に来て驚いた』

「でも、リアムさん、いい人だったね」

「マリー君とネロ君は、リアム君とこの先仲良くできそう?」

「うん!」

『あいつがマリーのことを泣かせないなら、仲良くしても良いぞ!』

「はは、そうか」


 そう話しながら、皆で家の中へと戻る。


「――どうか、この先もリアム君と仲良くしてほしいな」


 ユリアンさんが小さく呟いたその言葉は、私の耳には入らなかった。

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