第7話
ユリアンさんに拾われてから、随分と日が経った。そんな私は今、丁寧に、見本の字を見よう見真似で書き写している。
「せい、れ、い……」
『上手上手~』
生活をするためにも、精霊について勉強をするためにも、文字は覚えなくてはならない。そうユリアンさんが言っていたので、こうして文字の読み書きを勉強している。
他にも、精霊の力を引き出すために、身体の中にあるという魔力という力をコントロールするための修行もしているが、これがなかなか難しい。
ユリアンさん曰く、「一日二日で出来るようなことではないから、慌てる必要はない」らしい。ネロも同じようなことを言っていたので、きっとそうなのだろう。続けることが大事、とも言っていた。
『そういえば、ユリアンはもうそろそろ帰ってくるんじゃないか?』
「ほんとだ! おむかえのじゅんびしないと!」
しばらく暮らして知ったことだが、ユリアンさんは魔道具や魔石、薬などを作って街へ売りに行っていたらしい。魔道士として、魔物退治をすることもあるようだが、今はほとんどやってないそうだ。
私はまだ、道具や薬を作ったり、魔物退治をしたりすることなんてできない。なので、せめて何かできないかと、ゲート――ユリアンさんの家の近くにある、さまざまな場所に移動できる魔法陣の前まで迎えに行くのだ。
丁度切りの良いところまで書き終えたので、家から出てゲート前へ向かう。ゲート前で待っている間、小鳥たちと「ぴ?」と鳴き声の真似っこ遊びをする。森の中に建てられたこの家の周りには、よくこういった動物たちが来るのだ。来るのは、動物たちだけではないのだが。
『あらら、少し見ない内に魔道士の住処に子供がいるわ』
「……あ、精霊さん?」
遊んでいた小鳥たちに混じって、小鳥の姿をした薄緑色の精霊さんがそう喋っていた。私が話しかけると驚いたように、『ぴっ』と鳴きながらも私に近づいてくる。
『あなた、私とお話できるの?』
「えっと、わたしは精霊士のおべんきょう中で……」
『マリーは、産まれた時から僕らとお話できるんだぞ!』
『あら、そうなの? ふぅん……』
時折首を捻りながら私を見る小鳥の精霊さんは、満足がいくまで観察したかと思うと話しを続けた。
『私は木の精霊。たまにここに遊びにくるの。子供がここにいるのは久しぶりに見たわ』
「わたしいがいにも子どもがいたの?」
『ええ。男の子。あなたよりは年上ね。ここに住んでいる魔道士を、「師匠」って呼んでいたわ。まぁ、あの子は私のことが正しく見えていなかったみたいだけど。今も、時々来ているはずよ』
『へぇ? それなら、魔道士見習いってとこかな。マリー以外にも弟子がいたんだ』
「でし?」
『マリーみたいな、ユリアンの生徒ってことだよ』
初めて聞いた。だが、同時に納得もした。
ユリアンさんは、人に何かを教えるのが上手い。きっと、今までも似たようなことがあったからこそ慣れていたのだろう。
「その人はいま、何してるのかな」
『隠していたけれど身なりが良かったし、近くの街の人なんじゃない?』
「そっか……」
木の精霊さんの話を聞いて、ユリアンさんのもう一人の弟子について興味が湧いた。一体、どんな人なのだろうか。私よりも少し年上の男の子。身なりが良い、と聞いても、村で綺麗な服を着ていた人は少なかったので想像がつかない。
そうやって、ゲートの前で話しながら考えていると、ゲートの魔法陣が淡く光り出した。ユリアンさんが帰ってくる合図だ。
木の精霊さんにお礼を言おうと思ったが、いつの間にか森の奥へと帰っていたようだ。帰ったであろう森の奥の方を見ていると、後ろから声をかけられる。
「――ただいま、マリー君」
「ユリアンさん! おかえりなさい」
『おかえり~』
木の精霊さんは、またいつか会えるだろうか。もしまた出会えたら、その時はお礼を言おう。そう心に決めてから、帰ってきたユリアンさんが持っていた荷物を少し受け取り、一緒に家まで運ぶ。今日は食料だけでなく、細々とした何かが入っているみたいだ。
「きょうは、にもつがたくさんなのね」
「丁度、薬の材料が無くなったからね。ここにあるのは、この森では採れないから」
森で採れないなら、街で買い出しに行くしかない。私が住んでいた村でも、村に無い物は街からやってきた行商人と呼ばれる人から買っていたな、と思い出す。
家に到着すると、ユリアンさんは薬の材料や重い物を、私は食料を片付ける。一通り片付け終わってお茶を飲みながら休憩をしている最中、ふと、木の精霊さんが言っていたことを思い出した。
「ユリアンさん、あのね、ききたいことがあるんだけど……」
「ん? 何かな」
「あのね、ユリアンさんをまっているときに、木の精霊さんとお話しをしていたの」
「木の精霊と?」
ユリアンさんは「あの小鳥かな……」と呟いていたので、もしかしたら木の精霊さんのことは知っているのかもしれない。
「うん。それでね、ユリアンさんのことを『ししょう』ってよぶ男の子がいるって」
「あー……あの子か」
『マリー以外にも弟子がいたのかよ! 知らなかったぞ!』
「はは、隠しているわけではないんだけど……でも、言って良いものかどうか……」
珍しく言葉を濁すユリアンさん。聞いてはいけないことだったのだろうか。その男の子がどんな子なのか知りたかったのだが、無理に聞き出したいというわけでもない。
「あの、言っちゃダメなら、言わなくても……」
「そうかい? ……でも、いずれここにまた来るだろうし、話しておいた方が良いかもしれないんだよな」
『それなら、教えてくれよ! なぁなぁ、どんな子なんだ?』
どうやら、ネロも気になっていたらしい。ユリアンさんの周りをひらひら飛び回りながら、急かすように尋ねる。
「分かった、分かった。教えるよ。けど、二人とも、一つ約束をしてほしいんだ」
「やくそく?」
「そう、約束。――その子はお忍びでここに来ているからね。他の人や……できれば精霊にも。その子のことは言わないように」
『お忍び? ってことは、かなり良い身分の人ってことか?』
「まぁ、そうだね」
そんな人の先生をやっているなんて、ユリアンさんは凄い。尊敬の眼差しを送りながらも、ぶんぶんと首を縦に振る。
もし、約束を破ったらユリアンさんに迷惑がかかってしまうかもしれない。約束を絶対に守るつもりで口を両手で塞ぐと、「そこまでしなくて良いよ」と、ユリアンさんにくすくすと笑われてしまった。
「その男の子の名前は、リアム・フォン・ブレネン。マリー君よりもお兄さんでね。歳は今年で十二歳だったかな。彼はマリー君のように精霊は見えないけれど、魔道士の才能がある子だ。だから、時々、私に魔法を習いに来ているんだよ」
「そうなんだ」
魔道士見習いであること、私よりも年上であること。その辺りは木の精霊さんが言っていたとおりだ。
それにしても、どこかで聞いたことのある単語を聞いた気がしたが、気のせいだろうか。首を傾けて考えていると、何かを思い出したネロが『あっ』と声を上げた。
『なぁなぁ! 名前の「ブレネン」って……確かこの森がある場所も「ブレネン領」だよな?』
「その通り。ここはブレネン領。つまり、ここに来ている男の子――リアム君は、将来この領地を治めるかもしれない人、ってことだよ。まぁ、次男だから実際は継がないとは思うけれど。それでも、身分が良い人であることには変わりない。彼がここに来ていることは、あまり言わないようにね」
謎が一つ解けて、すっきりした。ネロの言うとおり、ここはブレネン領の東にある森。その話を、前にユリアンさんが説明してくれた。
村にいた頃に、領主様は土地を管理している大事なお役目を持った人だと、どこかの精霊が教えてくれた。
「そんなすごい人が、ユリアンさんのおでしさん……」
「リアム君に教えるようになったきっかけは、本当にたまたまなんだけどね。……まぁ、あの子がマリー君の言うとおり、凄い人になるかどうかはあの子次第かな。他の子供よりは大人びてるけれど、あの子もまだお子様だからね」
「そうなの?」
私には想像がつかない。そもそも、十二歳という年齢の子供とあまり接したことがない。ますます、どんな子なのか気になってしまう。
「ま、いつ来るか分からないし、あまり期待はしないように。
ところで、他に留守中に何か変わったことはあったかい?」
『特に何もなかったよな!』
「うん」
お茶のお片付けをして、もう一人の弟子の話しを切り上げる。私も、これ以上彼について聞くことはなかった。
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