第6話

『――で、結果はどう? どうなの?』

「ネロ君、慌てないで。ええと……」


 ぺらっと紙をめくる音が響く。どうやら、ユリアンさんが、さっき何か書かれた紙を手に取ったらしい。


「ああ、やっぱり。適性は精霊士」

「精霊士……精霊さんとけいやくする人?」

「まぁ、これはあくまで適性。マリー君は精霊士の才能がある、ということだ」

『まぁ、分かってたことだけどな!』


 ぱちっと目を開けると、私の目の前をネロがひらひらと舞っていた。


『それで、それで? 他には?』

「はいはい。魔力量は……魔道士ほどではないけど、それなりにあるね。精霊との交流に必要な分は確実にある。マリー君はまだ六歳。訓練次第で成長の見込みもあるから、魔道士にもなろうと思えばなれるんじゃないかな。それよりも、気になるところが少し……」

「きになるところ?」

『何だ? やばいやつか?』

「いや、流石にそこまでは。でも、ネロ君。君に関係することだよ」

「ネロにかんけいすること?」


 何か悪いところでもあったのだろうか。それも、ネロに関係することだなんて……心がざわつく。しかし、不安に思っている私のことを察して、ユリアンさんが「すごく悪いことではないよ」と声をかけてくれた。それならば、一体何が気になるのだろうか。


「ネロ君、君はマリーと契約しているね?」

「……えっ?」


 ユリアンさんの言葉に驚く。

 確かに、私は物心がついたときからずっとネロと一緒にいたが、契約なんて大層な物をした記憶はない。だが、ネロには心当たりがあるらしく、ひらひらと私の前で舞っていた。


『そうだな! でも、そんな悪い契約じゃないぞ?』

「マリー君は、君と契約した自覚がないみたいだけど」

『まぁ、今よりもっと小さい時にした契約だからな』

「そうなの?」

『うん!』


 楽しげに私の周りを飛ぶネロ。悪い契約ではない、と言っているようだし、ユリアンさんも悪いことではない、とは言っていた。とはいえ、私はネロと一体どんな契約をしたのだろうか。私は覚えていない。


『契約の内容は「おともだちになって」だな。でもまぁ、契約しなくても友達にはなれるからな! おまけに「何かあったら力を貸す」ってのも追加しておいたんだぞ』

「で、対価は?」

『「ずっとマリーの傍にいることを許す」だ! 契約した精霊は普段は魔力消費を抑えるために、遠くに離れていることが多いだろ? 呼び出されたらすぐに契約者の元へ駆けつけることができるしな。けど、それじゃあつまんないだろ?』

「ええと……ネロはこれからも、わたしとおともだちってこと?」

『もちろん! それに、僕の力が必要なら貸してあげる』

「そっか。……えへへ、よろしくね、ネロ」

『おう!』


 私たちの様子を見ていたユリアンさんは、呆れながらもぼそりと呟いた。


「魔力消費の件は気になるところだけれど……それでも、破格の契約だ。ネロ君が、本当に善性の塊みたいな精霊で良かったよ」

『ふふん! 悪いことをすると、大抵自分に返ってくるからな。これくらいが丁度良いんだぞ』


 ネロはくるくる回りながら、ユリアンにそう説明していた。

 それにしても、ネロの言い方からすると、契約するときに悪いことを言う精霊さんもいるのだろうか。私が今までに出会った精霊さんは、そんな意地悪な子はいなかったのだが……。


「わるいけいやくもあるの?」

「ああ。精霊に対して悪い契約を持ちかける人もいるし、人間にとって悪い対価を取る精霊もいるよ。だから、契約は一時的な物であっても、簡単に結んじゃいけないんだ。

 まぁ、マリー君の場合は、他の精霊と契約しようとしたときに、ネロ君がきっと助けてくれるだろうけれど」

『心配しなくて良いぞ! 僕がちゃんと見定めるからな!』

「そうなの? ありがとう、ネロ」


 素直にネロへ感謝の言葉を伝える。精霊さんに悪い人はいないとは思うのだが、ユリアンさんの言い方からすると、きっと私が知らないだけで、そういう精霊さんもいるのだろう。そんな精霊さんを見分けてくれるだなんて、ネロは優しいな、と思う。


「それで、少し話は変わるのだけれど」


 ユリアンさんが魔道具を端の方に避けると、私の対面の席に座り、改めて話し始めた。


「昨日今日の話で悪いけど、マリー君。まだ六歳だから絶対にこれになりたい、と決めつけなくて良いのだけれど……。

 君には精霊士の適性がある。まぁ、精霊士の適性があるなら、魔道士といったものになるのも悪くはない。ただ、精霊士にしろ魔道士にしろ、早くから修行した方が良いジョブではあるのは確かだ」

『つまり、何が言いたいんだよ』

「私の元で精霊や魔法について修行……つまり、勉強するつもりはないかい?」

「精霊さんやまほうのおべんきょう?」

「そうだ。昨日、マリー君は『生きたい』以外にも願いを言っただろう? 『色々な精霊さんと友達になりたい』と」


 確かにユリアンさんの言うとおりだ。彼の手を取ったときに、私はそのように言った。


「精霊士は精霊と契約する者であり、精霊と交流する者でもある。マリー君にはぴったりだと思うよ。まぁ、修行をして、それでも別のことをしたくなったらそれはそれで良いんじゃないかな」


 つまり、別のことをしたければ後から挑戦しても構わない。けれど、今は修行することがおすすめだ、と言っているのだろう。

 私は、この先何をすれば良いのか分からない。せめてユリアンさんの迷惑にならないようにすれば良いかな、と思っていたけれども。


「……もし、わたしが精霊士になったら、精霊さんのちからをかりて、ユリアンさんのおてつだいもできる?」

「かもしれないね」

「それなら、しゅぎょう? おべんきょう、する! 精霊士になりたい!」


 今はまだ何もできないかもしれないけれども、いつかユリアンさんに恩返しがしたい。精霊さんとお友達になって、ユリアンさんのお手伝いもできるなら、修行をするのも悪くない。

 ユリアンさんは「そうか」と微笑みながら、頭を撫でてくれた。それが嬉しくて、くすぐったくて、ふふ、と笑ってしまった。


『ユリアンは魔道士だけど、精霊のことも教えられるのか~?』

「基礎は同じだ。それに、君もいるだろう?」

『まぁ、マリーのためなら?』

「えっと、それじゃあ……ユリアンさんもネロも、わたしのせんせい?」

「そうなるな」

『うーん、むず痒い……僕のことはいつも通り呼んでくれよな!』


 こくん、と頷くと、ネロは嬉しそうに舞った。


「内容は追々考えるとしよう。今日は……そうだな。小さな精霊士見習いの誕生を祝おうか」


「と言っても、大したことはできないけれど」と、ユリアンさんは笑う。

 今まで、精霊さんたち以外の人に祝われるなんてあっただろうか。気持ちだけでも嬉しくて、私もつられて笑ったのだった。

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