第37話 単純なところが心配になる



 冬休みが終わって始業式が始まり、それが終わればHRが行われて席替えとなる。天城は決められた席へと移動すると今回はまた一番後ろの席だった。今年は後ろの席に当たりやすい年だったらしい。


 後ろの席は意外と楽でいい。前の席ほど教師の目が届かないので視線を感じずに済む。天城はそんなことを考えながらちらりと見遣れば、窓際の一番前の席には皐月がいた。とても嫌そうにしている表情が見える。


 前の席に当たりたいと思う生徒は少ないだろう。教師の目が届く場所など好んでいきたいとは思わない。目が悪いなど理由がない限りは誰も前には行きたがらないのだ。


 無事に席が決まれば担任教師の話を聞いて解散となる。チャイムが鳴ったと同時に生徒たちが教室を出ていくそれと同じくして皐月が天城の元へと駆け寄ってきた。



「天城くん、帰ろう!」

「そんなに急がなくても帰りますよ」



 天城はそう言って立ち上がると鞄を手に取った。クラスメイトからはもう日常の一部として認識されているので、揶揄う言葉も特には言われない。今日も仲が良さそうでといった視線がたまに送られるくらいだ。


 皐月を連れてそのまま昇降口を出ると彼女はその間、ずっと席替えの文句を言っていた。前の席は嫌だ、天城くんの近くがいいなどと愚痴っている。そうは言われても担任教師のくじの引きによるのだから仕方ないだろう。と、そんなことを言えたらよかったのだが、皐月がむーっと頬を膨らませているのでやめた。


 そんな皐月に天城はどうしたものかと考えながら校門を出るも、彼女はまだ席替えに不満があるようだ。



「そう言われましてもね」

「だってさー」

「席が違くとも一緒にいるでしょうに」

「そうだけどー」



 まだむーっとしている皐月に天城は「寄り道しますか?」と問えば、彼女は目を瞬かせていた。天城はこれで機嫌を直せるとは思っていなくて、愚痴に少し付き合えばいいだろうといった考えだった。



「よるー!」



 だというのに皐月はあれだけ不機嫌そうだった表情をぱっと明るくさせた。もう何も気にしていないといったふうなので天城は驚く。



「貴女のそのテンションの落差には驚きますよ」

「えー、あたし単純だからなー」

「単純すぎませんか?」

「仕方ないじゃん、天城くんが大好きだから」



 それは仕方ないで済むことなのだろうかと天城は少しばかり皐月のことが心配になる、いくら何でも単純すぎるだろうと。


 寄り道ができるとなってか、もうあんなに愚痴っていたというのに今は上機嫌だった。これはなんというか、恋というのはすごいと言うべきなのかと天城は困惑する。



「わーい、嬉しいー」

「……貴女は楽しそうですね」



 天城の心配など気づいていない皐月にそう言えば、「今は楽しいからね」と返された。彼女はよくそう言うのだが、昔はそれほどまでに楽しくなかったのだろうか。天城はそれが気になって聞いてみることにした。



「以前は楽しくなかったのですか?」

「去年はずっと楽しいと嬉しいの一年だったよ」



 天城くんを好きになって毎日一緒にいられて楽しくて、嬉しい一年だったと皐月は思い出すように話す。それを聞いて彼女はどうして自殺をしようとしていたのだろうかという疑問がまた浮かぶ。


 前にも思い出していたことなのだが今はそんな素振りを微塵も見せないのだ。それはこの一年に何かあったということだろうか。何でか気になってしまって、天城は聞こうかと悩む。


 今更、聞くには遅いのではないだろうか。聞くならばそう、会ったばかりの時の方がまだタイミングがあった気がする。それに聞かれたくはないことだってあるはずだ。皐月から何も言ってこないということはそういうことなのだろう。


 そう自己完結させて天城は聞くことをやめて、代わりに「楽しそうでよかったですね」と返す。



「天城くんがいるからね!」

「……何ですか、それ」

「そのままの意味だけど?」



 皐月の言葉に天城は「それだと俺がいなくなったら駄目だと言っているようなものじゃないですか」と返したくなった。なったけれど、言わずに黙っておく。きっと彼女は「そうだね!」と元気よく返してくると予想ができた。


 それはそれでなんて返事を返せばいいのかわからなくなる。そんなに自分に依存されても困る、困るというのに悪い気がしてない。なんということだろうかと天城は自身の気持ちの変化に驚いていた。



「……まぁ、楽しいならそれでいいですよ」



 だから、そうやって気持ちを隠すように返す。皐月はそんな天城の気持ちに気づいているのか、いないのかわからないけれど、「うん!」と元気よく返事を返してくれた。



「甘いもの食べたい!」

「それだけじゃわからないのですが」

「うーん、甘いものならアイスでもなんでもいいんだよなー」

「なら、ハンバーガーショップでもいいじゃないですか。アップルパイありますよ」

「そうだね! アップルパイ食べよう!」



 シェイクもあるもんねと笑う彼女に悩まないタイプなんだろうなと天城は思う。決めたら即行動なタイプの人間であるのは今まで見てきていて知ってることだ。



「悩みませんね、貴女は」

「あたしだって少しは悩むよー」

「少しなんですか」

「うん。あんまり悩みすぎても何もできなくなるからね!」



 少し悩んだら後は前に進むんだという皐月に彼女らしい意見だなと天城は驚かなかった。皐月の言い分はわからなくもない、うだうだと悩んでいても行動しなければ解決することはないのだから。


 天城は「それはそうですね」と返した。それを聞いた皐月は自分の意見に同意してくれたことが嬉しかったようでにまっと笑みを見せる。本当に彼女は顔に出やすいなと天城は思いながら眺めていた。



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