第36話 初詣は一緒に



 正月というのは天城にとってはつまらないものだ。テレビをつければ正月番組が流れ、外を出れば寒さが肌をつくというのに福袋を狙って出かける人たちも多いだろう。天城はテレビは面白みを感じず、福袋には興味がないのでわざわざ寒い中を出かけることはしない。だから、正月というのはつまらないものだ。


 この時期は外に出ることはなく、自宅で過ごしている。両親も何処かに行こうとしないというのもあるのだが。なので本来ならば出かけていないのだが、今年は違っていた。



「お参りだー!」



 隣で嬉しそうにはしゃぐ皐月に天城は「元気ですね」と言ってしまう。そう、彼女に「初詣行こう!」と誘われたのだ、三ヶ日など混むことは間違いないというのに。


 人の波に押されつつ参道を歩きながら天城はどうして断らなかったのだろうかと少しばかり後悔した。周囲の騒がしい声に人混みと不快感のある状況ではあるものの、天城はもうすぐ拝殿の前に着くのを確認して我慢する。


 長い待ち時間を経てようやく拝殿前に着くと天城と皐月は賽銭を入れて参った。たった数分でその場を離れ、長く待ったというのになと思いながらも天城はこの人混みから抜け出したくて足を早めた。



「天城くん、見てみてー! 大吉ー!」



 皐月が引いたおみくじを見せてきた。大吉と目立つように書かれたそれに「良かったですね」と天城は返す。



「天城くんはー?」

「中吉ですよ」

「恋愛運見せてー!」

「なんでそうなるのですか」

「あたしが気になるから」



 なんだそれはと思いつつもおみくじを見せると、恋愛運のところには「吉 近々叶う」と記されていた。それを見た皐月は「あたしも同じようなこと書かれてる」と指をさす。


 皐月のおみくじの恋愛運のところは「吉 行動次第で叶う」と言ったニュアンスで記されている。行動次第とはどう言ったものだろうかと天城は考えるもすぐにやめた。彼女の行動というのはなかなかに推しの強いものだというのを嫌でも体感しているからだ。



「これはあれだね! あたしと天城くんが恋人になれるってことだね!」


「なんというポジティブ思考」

「天城くんと一番近い女子はあたしだけのはず!」

「……まぁ、それは否定しませんけど」 



 皐月の猛攻により、天城に近づく女子生徒というのは激減した。授業や用事がない限りは基本的に女子たちは話しかけてこないのだ。たまに文芸部の部員たちと話をするぐらいである。


 なので、一番近い女子となると皐月しかいないのだ。認めなくてはならず、なんとなく否定したくなるのだが事実なのでどうしようもなかった。



「天城くん、このあとお買い物しようよー」

「何か欲しいのでもあるのですか?」

「福袋とかは気になるね。買うかは決めてないけど」

「もう良いのは残ってないと思いますが」



 良い、人気のある福袋というのは店舗の開店と同時に行かなければあっという間に売り切れてしまう。女性人気のあるものだと特にそうで、衣類や化粧品の福袋というのは人気がある。


 ただ、皐月は買うかはその場で見てみないと決めないタイプらしい。広告で謳っていようともちゃんとよくも見ずに争うように買うことはしないのだという。



「福袋ってたまにハズレがあるじゃん」

「あぁ、在庫処分できなやつですね」

「あれに引っかかりたくないからちゃんと見てから決めたいんだよねぇ」



 せっかく買った福袋だというのにそんな残念な気分にはなりたくなく、楽しみにしていた気持ちが沈むのは嫌だという彼女の言い分も分からなくはなかった。誰だって失敗はしたくないものだ。



「別に構いませんが」

「やったー! 天城くんとまだ一緒にいられるー」

「それが目的でしたか」

「うん」



 なんという速さだろうか。うんと頷く彼女に天城は何と返事を返そうかと少しばかり悩んだ。別に許可を出したのだからそう悩む必要はないのだが。


 そうやって暫く皐月を見つめていると首元に目が入った。きらりと雫の形をしたアクアマリンが煌めく。



「……」

「何、どうしたの?」

「いえ、別に」



 クリスマスにプレゼントした天然石のネックレスを皐月はつけていた。あの時に思った通りにそれは彼女によく似合っている。天城の視線に気づいたのか、「これ!」と彼女はネックレスを揺らした。



「天城くんから貰ったネックレスー! すっごく気に入ってる!」

「それはよかったです」

「誕生石だったところがまた良い!」

「……そうですか」

「あたしのこと考えてくれたみたいで良い!」

「……恥ずかしくなるのですが」



 皐月の言葉に天城は目を逸らす、何となく聞いていて恥ずかしくなったのだ。誕生石な上に似合っていると思って渡したことが気になって、なんと自分らしくないだろうかと。そんな天城に皐月は「すっごく嬉しい!」と笑う。



「お出かけするときは身につけるようにしてる!」

「流石に学校ではいけませんよ。校則違反ですから」

「わかってるー。これ以上、風紀委員長に文句言われたくないもーん」



 そう言う皐月に化粧をやめれば何も言われないのですがと天城は突っ込みそうになった。ただ、それを言っても彼女のことだから「嫌だー」の一言が返ってくるのは分かる。だから、天城はそれには関しては指摘しなかった。


 おみくじを木の枝に結びながら天城は「気に入ってくれたようで」と返すと、「当然じゃん!」と返ってくる。



「天城くんからのプレゼントを気に入らないわけないじゃん!」

「何でしょうかね、その信頼感」

「好きだからじゃない?」

「そういうものでしょうか?」

「そういうものだよ」



 なんと確証のないことだろうかとは思ったけれど、何となく皐月から発せられると説得力を感じてしまった。これはきっと彼女には敵わないだろうなと天城は小さく笑って、皐月と共に神社を後にした。



   ***



「もうさー、人多い」

「それはそうでしょうね」



 ショッピングモールのフードコートでぐでっと皐月は項垂れていた。やはり福袋狙いの客で賑わっていて、人が多く慣れていない人間からすれば酔いそうだ。皐月もそうだったようで「疲れた」と愚痴っている。


 ならば出ればいいのではと天城が提案するのだが、「まだ一緒にいたーい!」と返事が返ってきた。一緒にいたいのならばこの場でなくても良いのではと思ったけれど、「一緒にいたいもん」とじたばたし始めてしまった。



「一緒に居るのは別に構いませんが」

「じゃあ、いよう!」

「ここにですか?」

「うーん、ちょっと休憩したらまたうろうろしよう!」

「それ楽しいのですかね?」

「えー、ならゲームセンター行く?」



 この近くあったよねと皐月に言われてそういえばあった気がするなと天城も思い出す。実を言うと天城はゲームセンターというところにいったことない。騒がしいというイメージあるだけで何があるのかよく分かっていなかった。


 というのを皐月に言えば、「うそ!」と驚かれたので意外だったようだ。若い子なら寄り道がてら行ってしまうらしいのだが、天城はそうではなかっただけだった。



「UFOキャッチャーとかしたことないの?」

「ショッピングモールであるのはしたことがありますが」

「よし、行こう!」



 よしっと急に元気になった皐月は立ち上がる。なんともテンションに差があるなと天城は思ったけれど、「行こう行こう!」と腕を引っ張られて席を立った。


   *


 ゲームセンターの音楽の音量に天城は五月蠅げに渋面になった。耳につく大きさでこれに堪えるのかと不安になるのだが、皐月は気にしていないようで「こっちにUFOキャッチャーあるよー!」と腕を引っ張っていく。


 多種多様なUFOキャッチャーの数に天城はどれが何かなど分からない。皐月は「これ確立機だなー」と機体を見るだけ把握しているようで、どれが狙いやすいかと吟味している。


 実力機と確率機は聞いたことはあったが、それがどれなのかは天城には判別がつかないので皐月に任せることにした。



「あ! これ可愛いね!」

「あー、このクマのキャラクターは人気ですよね」

「可愛いよねー。これチャレンジしてみよう!」



 うんと皐月は硬貨を入れてチャレンジし始めた。掴むことはできるけれど、上手く運ぶことができず落としてしまう。あと少しというところまでいくけれど、なかなか商品をゲットできない。


 むむっと眉を寄せる皐月に天城はのめり込みすぎるとかなりの金額を消費するのではと心配になる。四回目だっただろうか、皐月は「天城くんやってみてよー」と投げてきた。


 この手のゲームはやったのがかなり前なので取れる自信というのはない。と、言っても「楽しめればいいんだよ!」と皐月に促されて、天城はまぁ一回ぐらいならいいかとチャレンジすることにした。


(取りやすいやつを狙うというよりは……)


 あからさまに狙いやすそうな位置のぬいぐるみではなく、天城は手前のに狙いをつける。転がすようにアームを引っかけてみれば、ころんとすんなり穴に落ちていった。


 こうもあっさりと狙い通りにいくとは思っていなかったので天城は反応に困っていた。皐月はと言えば、「すっごーい!」とテンション上がりながらぬいぐるみを取り出す。



「天城くんすごいね!」

「たまたまですよ」

「それでもすごいのー。ぬいぐるみどうするー?」

「皐月さんどうぞ」

「わーい!」



 天城くんからのプレゼントだーとはしゃぐ皐月に天城は喜んでいるからいいかと思うことにした。


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