第35話 クリスマスは君と
クリスマスイヴの日というのはどうしてこうも浮かれた雰囲気を感じるのだろうか。街を歩けばカップルや家族連れが楽しそうに歩いている、にこにこと笑いながら時にはしゃぎながら。映画を見終えた天城はそんな恋人や家族連れを眺めていた。
隣にいる皐月は「映画、面白かったねー」と観た映画の感想を喋っていた。映画は面白くてアクションが激しく、それでいてストーリーはしっかりとしていて観ていて気持ちよかった。
なので、「面白かったですね」と天城は返すと、たったそれだけなのだが皐月は笑みを見せて頷いていた。
「次、どこ行くー」
「貴女はどこに行きたいのですか」
「えっとねー、カフェの予約まであと少しあるんだよねー」
「あぁ、あのキャラクターの」
「そうそう。ぽよーって可愛いのー」
行きたかったのは本当のようで予約をしっかりととったようだ。まだ時間があるとスマートフォンで時間を確認していた。天城は別に何処に寄ろうと構わず、これと言って行きたいと思っている場所が無いので、皐月の好きなようにさせようと「どこに行きたいですか」と問う。
皐月はうーんと悩ましげで、彼女の方も特に何か決まっているわけではないようだ。
「適当に回ってみますか? カフェはこのビルの下ですし」
「そうしようかな!」
天城の提案に皐月が頷いたので商業ビル内を散策することにした。お洒落なファッションブランドや、キャラクター雑貨を扱っている店舗など多種多様なビル内を当てもなく歩く。
時折、皐月がキャラクター雑貨の方へと行っては「可愛いー」とキャラクターのぬいぐるみなどを眺めていた。そうやってうろついていると、一つの店の前で立ち止まる。
それは天然石でできたシルバーアクセサリーを専門に扱っている専門店だった。種類によっては値の張るものもあるが、比較的リーズナブルで女性が好みそうなデザインのアクセサリーが多く取り扱っている。
「天然石だって!」
皐月は興味をもったようで店内へと入っていったので、天城もそれに着いて行く。店内はネックレスからブレスレット、指輪まで一通りのアクセサリーは揃っていた。きらきらと輝くシルバーに天然石たちが飾られている。
誕生石などのモチーフもあり、なんとなしに自分のを確認してみる。四月の誕生石は水晶・ダイヤモンド・キュービックジルコニアだった。それらの天然石がついたアクセサリーを見てみると意外とシンプルなデザインのものもある。
「天城くんの誕生って何月ー」
「四月です。皐月さんは何月ですか」
「あたし、三月ー」
「三月……アクアマリンとコーラルですか」
「そうみたい。アクアマリンって綺麗だよねー」
皐月が指さしたネックレスは淡い水色の天然石が煌めくシンプルなデザインだ。雫のような形をしているそれは女性が身につければ可愛らしいだろう。値段もそれほど高くはなく、学生でも手は届くぐらいだ。
「天城くんは水晶かー。なんか、それっぽい」
「それっぽいってなんですか」
「なんだろう。浄化されそう?」
「意味が分かりませんよ」
意味がわからないといった表情を天城が見せれば、それでも皐月は「イメージに合ってると思うんだ〜」と笑む。なんと曖昧なことだろうかと思わなくも無いのだが、慣れてしまった天城は「そうですか」と返した。
皐月が「こっちも見てみるー」と店内の奥へと行ってしまう。天城はそんな彼女の背を見送ってからネックレスの方へと目を向ける。雫の形をしたアクアマリンのネックレス、それに触れる。
「似合いそうですよね」
ぽつりと呟いて天城は思わず笑ってしまった、自分は何を考えていたのかと。そのネックレスを見て皐月に似合いそうだなと思ってしまった。こんなことこれっぽっちも今まで思ったこともなかったというのにだ。
彼女ならばきっと似合うなと何故だかそんな自信がある。なんということだろうか、天城は己の気持ちがだいぶ傾いていることを自覚してしまった。それでも僅かに残った別の感情が抵抗していた。
そんな気持ちと葛藤しながら暫くネックレスを眺めていた天城はそれを手に取っていた。
*
カフェ内はキャラクターたちで溢れかえっていた。そのキャラクターたちの世界観をモチーフにされている内装は可愛らしく、売られているグッズもカフェで働くキャラクターたちにデザインされている。
メニューもそのキャラクターならではのものばかりだった。キャラクターのデザインされた器や皿、コースターなどどれも可愛らしい。メニュー表ですら凝っているので天城は素直に「凄いですね」と言葉をこぼしていた。
皐月は目を輝かせながら「可愛いー! どれにしよー!」とメニューを見つめていた。天城もメニューを見てみるけれどどれも凝っているので何を選べばいいのか悩ましく眉を下げる。
メニューと睨めっこしてながらも料理を注文した。皐月は来れたことが嬉しいのかにこにこと機嫌が良さそうだった。
それほどしないうちに料理がやってくる。実物を見るとこれまた凄いもので器だけでなくフォークなどの細部にもキャラクターが描かれていた。料理の見た目もだが、可愛らしくこれは子供も喜ぶだろう。
皐月はスマートフォンで写真を撮っていた。可愛い可愛いと言いながら何度も撮っていたので天城は暫くその様子を見つめる。
「美味しい!」
「そうですね」
やっと食べ出した皐月の感想に天城は頷く。見た目だけというわけではなく、味はしっかりとしていて美味しかった。
「天城くんってこういうところ来ないよね」
「行きませんね」
「どう?」
「面白いですよ」
キャラクターカフェというのに天城は興味はなかった。けれど、行ってみると面白いもので内装から小物、料理まで凝った作りにそのキャラクターたちへの愛を感じた。とても愛されているキャラクターなのだろうとそう思うとなんだか、この場の雰囲気というのが嫌いにはなれなかった。
子供にも人気なキャラクターなのできっと店内を見れば喜ぶだろうなとそんな様子が目に浮かぶ。そんなことを思いながら天城なりにこのカフェを楽しんでいた。
天城の話に皐月は「よかったー」と息をつく。嫌だったらどうしようかと少しばかり不安だったらしい。
「嫌なら断りますよ」
「そうなんだけどねー。来たら気持ちも変わるかもじゃん?」
「まぁ、そうですが。でも面白いので大丈夫ですよ」
「それならよかったー」
安堵した表情を見せて皐月は料理を口に運び、美味しいかったのか頬を綻ばせている。顔によく出るので分かりやすく、それがまたなんだが落ち着けた。
「ご飯食べた終わる頃にはイルミネーション点灯してるかな?」
「そうですね。今日は昼から出てきてこの時間ですから……点灯していると思いますよ」
昼から二人で遊んでいるのでもう夕暮れ時であった。時間というのはあっという間に過ぎていくものだなと天城は時計を見つめる。
「ふっふふー」
「楽しそうですね」
「楽しいからね!」
「そんなにですか」
「天城くんとデートだからね!」
クリスマスを一緒に過ごせるというだけで楽しいのだと皐月は言う。彼女が嬉しそうに話すので天城は「それならよかったです」と返すと、驚いたように皐月が目を瞬かせた。
何をそんなに驚く必要があるのだろうかと天城が首を傾げれば皐月が喜んだように表情を緩める。
「どうしましたか」
「天城くんと距離が縮んだ気がする!」
「もともと貴女の距離が近かったと思うのですが」
「天城くんから寄ってきてくれた気がする!」
「そうですか」
「うん」
うんと即答する皐月に天城はそのあまりの速さにそうかもしれないなと納得しそうになる。けれど、自分の気持ちがだいぶ傾いているのは本当のことなので、彼女が言ったことは間違いないのかもしれない。
自分から歩み寄った、そんな気がしなくもなかった。だから、否定することはせずに「かもしれませんね」とだけ答えておくと皐月が「嬉しい」と微笑んだ。
「満足だね、今日は!」
「満足したんですか」
「天城くんをちょっと振り向かせられたから!」
「なんでしょうか、この負けた気分は」
「どんどん負けてくれていいんだよ!」
皐月にそう言われてなんだか勝てる気がしないなと天城は思う。彼女の押しと行動力には敵わないのは今まで付き合ってきて理解しているからだ。なんと言ったらいいかと見つめれば、皐月はにこにこしながら料理を食べていたのでまぁいいかと天城も食事を再開した。
*
外に出ればイルミネーションが煌々と輝いていた。商業ビルの広場ではイルミネーションを眺める恋人たちがいて、噴水が音楽に合わせて踊るように流れている。赤くなり、緑になり、青になり、それは曲を表すかのように移り変わっていた。
「綺麗だねー!」
「音楽に合わせているのですね」
「ね! すっごい!」
「面白いです」
そう感想を言えば皐月はえへっと笑んでいて、天城が楽しんでいることが嬉しいようだ。
暫くそれを眺めていたが演奏が終わり、噴水のパフォーマンスがゆっくりと静まる。見終える恋人や家族連れが各々感想を言いながらその場を離れて行く。天城たちももう遅くなる時間なので帰ることにした。
駅まで他愛無い話をしながら歩く、疲れないのだろうかと思うけれど皐月は元気良さげだった。駅もまたイルミネーションが彩っており、赤、白、青と輝いている。
さて、駅に入ろうかと天城が皐月を見れば、「天城くん!」と声をかけてきた。
「どうしましたか?」
「これ!」
そう言って皐月が渡してきたのはクリスマスカラーの包みにラッピングされたものだった。なんだろうかとそれを見つめていれば、「あげる!」と皐月に押し付けられる。
「クリスマスプレゼント!」
「……あぁ、なるほど」
「色々悩んだんけど、ブックカバーにした!」
天城は話を聞きながらプレゼントを受け取った。受け取ってくれたことに安堵したのか、皐月は小さく息を吐く。断られたらどうしようかと悩んでいたのはその様子を見るだけで分かった。
「シンプルなものにしたから大丈夫なはず!」
「皐月さん」
「何?」
「どうぞ」
天城はそう言って包装された袋を差し出すと皐月は目を丸くさせて固まっていた。彼女の反応に天城も「でしょうね」と頷いてしまう、自分でもらしくない気がするからだ。そんな行動をする様子などみせていないのだから。
「クリスマスでしたので、プレゼントがあった方が良いかと思いまして。必要がないのなら……」
「いる! 絶対いる!」
天城が言い終わる前に皐月は差し出されたプレゼントを受け取った。その表情は今まで見たこともないような、そう花を咲かせたような笑顔だった。
「やった! 嬉しい! 天城くんからクリスマスプレゼント貰った!」
「……凄い喜びますね」
花さく笑顔に見惚れていた天城だったが、皐月の喜ぶ様子に我に返ってそう言えば、「凄い嬉しいからね!」と元気よく返された。
「ありがとう、天城くん!」
「……構いませんよ」
また花を咲かせる皐月に天城は返事を返すも目が離せなかった。
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