第33話 何でもない日に物語を



 文化祭以降、たまに短編のようなものを天城は書いていた。夢を追うためというよりはまた書いてみてもいいかなと思ったからだ。


 夢というのはそう簡単に叶うものではないとそれを天城は理解している。だからと言って夢を追うなとは言わない。やってみないことには叶うかどうかはわからないからだ。


 ただ、今は天城は趣味として、気晴らしとして誰に読ませるでもなく短い物語を綴ってはパソコンのフォルダに仕舞っていた。


 今日もまた一つの短い話を書き上げて天城はパソコンを閉じる。誰にも読まれずに仕舞われる物語に少しばかり申し訳なさが芽生える。けれど、誰かに読まれるというのはやはり少しばかり気恥ずかしいのだ。


 これでは作家などなれないだろうと思う。多くの人に自身の作品を読んでもらうのだから、恥ずかしがっていてはいけないだろうと。


          *



「天城くんさ、小説って書いてるの?」



 昼休みの中庭のテラス、ぼんやりとしていた天城に皐月はそう聞いてきて天城はどう答えようかと少し悩む。なんとなく気恥ずかしくて、けれど彼女は揶揄ったりしないことは知っているので、言っても問題ないだろと「たまに」と答えた。



「どんなの! どんなの書いてるの?」

「なんでテンション高いんですか」

「だって、天城くんのお話好きだから!」



 天城の書く物語は寂しさも、悲しさも、喜びも、感情豊かに表現されている。それはきらきらと輝く星々のようで読んでいて心に落ちてくるのだと皐月は話す。


 綺麗事ばかりではなく、厳しさも、辛さも描写されていてそこが天城らしい一面を見せていた。それでもその中にきらりと光る幸せを綴っている、それが皐月には心惹かれたようだった。そんなところが好きなのだと彼女は言った。



「天城くんのそんな物語が好きなんだよねぇ」

「そうですか」

「天城くんって現実を見つめながらも、幸せを描いてくれるからさ」



 文芸部の冊子に寄稿した小説もそうだった。少女と醜い獣、本来ならば二人は結ばれることはなく、その見た目が周囲が許してはくれない。住む場所も違っていれば、種族も価値観も違うのだ。


 けれど、そんな違いなどなかったかのようにあっても気になどせず、少女は醜い獣と心を通わせた。何も違わない、心は同じなのだからと。現実を見つめながらも、二人の幸せを綴っていた。皐月は物語を思い出すように「だから、好き」と囁く。



「何度でも読み返したくなるよ」

「……そうですか」



 皐月の素直な感想に天城は少しばかり照れてしまった。彼女は嘘なく、気持ちを伝えてくるのでそれがなんだか胸に残った。



「天城くん、天城くん」

「なんでしょうか」

「また読ませて?」



 皐月の言葉に天城はじっと彼女を見て溜息を吐いた。なんとなくそうなのではないかと思ったからだ、彼女ならば言いそうだなと。


 皐月はただ見つめていて、何を言うでもなく天城の返事を待っていた。きっと断れば「そっかー」で終わるのだろう。彼女は嫌がるようなことはしないので、天城が「駄目です」と返せばそれで終わる。



「……読みたいのですか」

「うん、また読みたい」



 だというのに天城はその言葉が出なかった。何故だか皐月にはまた読んでもらいたいなとそう思ってしまった。



「……気が向いたら」



 皐月の感想というのは素直なもので着飾った言葉がなくただ、感じたままを彼女は話すのだ。そんな感想がなんだか胸に響いてまた聞いてみたいと思った。



「それでもいいよ」

「いつになるかわからないのにですか?」

「うん。天城くんは嘘つかないから」



 気が向いたらきっと見せてくれるからと皐月は笑うので余程、信頼しているようだ。確かに嘘は面倒なことになるので、極力つくことはしないけれどそこまで信頼されるとなんだか不安になる。



「何か読みたい話はあるのですか?」



 なんとなく、興味本位で聞いてみると皐月は「やっぱりハッピーエンドだよね!」と答えた。


 バッドエンドやメリーバッドエンドが駄目なわけではない。その作品にも面白さと良さがあるのだから悪いとは言わない。ただ、皐月はハッピーエンドの方が好きだった。


 幸せに終わる物語というのは心を和やかにさせてくる。安心して物語のキャラクターたちを見送ることができるらしい。皐月がいくつかの小説のタイトルを上げていたが、それらは全てハッピーエンドを迎えている作品だという。



「バッドエンドとか、メリーバッドエンドとかも読んで良い作品もあったんだけどね! でも今、挙げた作品はハッピーエンドで良い終わり方だったねって思ったの!」


「どの終わり方も書くのは難しいのですがね。どうやって綺麗に終わらせるか、幸せを綴るか、残酷に描くか。どれも悩ましいものです」


「書くのって難しよねぇ。でも、天城くんのハッピーエンドなお話はきっと面白いんだろうなぁ」



 にこっと笑みを見せながら皐月に言われて天城は少しばかり目を開いてから、なんとも言い難い表情を見せた。彼女は天城の書くハッピーエンドを読みたいと言っているのだ。


 天城自身、書くならばハッピーエンドの方が良い。辛いのは現実だけでいいと思っているからだ。けれど、ハッピーエンドに向かうまでには多少の現実も見てもらうように書いている。そういったもの作品のエッセンスになるのを知っていた。


 どの終わり方も難しけれどハッピーエンドはどれだけ幸せに見せるかが難解だと天城は思っている。綺麗に終わっていても幸せを感じられないとどこか味気なく感じたりするのだ。



「貴女の好みなハッピーエンドにはならないかもしれませんよ」



 他人の好みに寄せることなどできるはずもないのでそう言えば、皐月は「それでもいいよ」返してきた。



「あたしは天城くんのお話が読めるだけで嬉しいから!」



 どんな終わり方であっても、天城の綴った物語を読んでみたい。彼にしか描けない終わりに浸ってみたいと皐月は言った。



「だって天城くんの物語好きだもん」

「……そうですか」



 はっきりと言われてしまっては何も言えず。天城はにこにこと笑みをみせる皐月を見つめながら、パソコンのフォルダーに仕舞った作品のことを思い出していた。彼女が好きそうなハッピーエンドな短編はあっただろうかと。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る