冬―キミに教えられた

第32話 変わった自分に気づいた


「嫌だー」

「そう言われましても」

「オレも嫌だー」

「龍二は頑張りなさい」

「お前、七海っちにだけ優しいのずるい!」



 学校近くの図書館、その奥の席に天城たちは座っていた。目的はもうすぐやっってくる期末考査の勉強のためだ。皐月の数学を見るために寄るつもりだったのだが、龍二に泣きつかれたので彼も連れてきている。


 参考書を手にしながら龍二は項垂れていた。彼は本当に勉強が嫌いで特に数学は数式を見るだけでげんなりとしてしまうらしい。そうは言ってもテストは待ってくれないので、大人しく勉強するしかない。



「龍二、数学だけでいいんですね?」

「他はギリギリ赤点とらねぇから大丈夫!」

「ギリギリを生きるのやめなさい」

「勉強すんの嫌だ」

「わかるー」



 勉強の面白さが分からないと二人は口を揃えるが、天城も別に面白いと思ってやっているわけではない。ずっと数式を解いていたくはないし、学んでいたいとも思わない。ただ、苦手ではないだけなのだがそれを皐月や龍二は理解できないようだ。


 こつこつ勉強していけばそれなりの成績は保てると説明しても、それができないのだと龍二は眉を寄せる。皐月はだいぶ、一人でもできるようになったらしいがそれでも教えてもらったほうが覚えやすいと言っていた。



「勉強を教える身にもなってください」

「ちゃんとやってるじゃん」

「頑張ってるよー」



 もう少し理解力をつけてほしいのだがと天城は思うも、二人にはこれが精一杯なのだろう。これは何度も教えるしかないなと天城は小さく溜息を吐いた。


 少し目を離せばすぐに怠けようとする龍二に天城は「ここ間違っていますよ」と指摘した。彼は「えー」と眉を下げながらどこが間違っているのか分からないと聞いてくる。なるべくわかりやすく教えていると、今度は皐月が「ここ分かんない!」とノートを突いていた。


 皐月の方に天城は目をやり問題を確認するとまたわかりやすく教える。そうすると彼女はすぐに理解したのかノートに書き込み出した。皐月は物覚えが良いので天城にとっては教えやすいタイプの人間だ。



「それに比べてなんと教えにくい相手か……」

「それ、オレのことでしょ」

「貴方以外にいますか?」

「くっそー、七海っちに甘いぞ!」



 甘いとかそういう問題ではなく、教えやすいかにくいかというだけなのだが。そうは言ってみるが龍二は「お前は七海っちにだけ甘い」と返されてしまった。



「お前さー」

「なんですか」

「なんか変わったよなー」

「変わった?」



 龍二の言葉に天城は首を傾げれば彼は「お前、変わったよ」ともう一度言った。


 塩対応なのは今も変わってはいないけれど、人を寄せ付けない雰囲気はなくなったし、面倒な頼み事も仕方なくではあるのだろうけれど引き受けてくれる。ちょっとした行動ではあるけれど、幼馴染から見れば十分な変化だった。


 そう指摘されて天城はあまりピンとこない。普段通りに過ごしているつもりで、変わったような行動をしているつもりはなかった。



「面倒見良くなったよなー」

「そうですか?」

「だって少し前のお前ならオレの頼み平気で断るもん」

「貴方の頼みが面倒だからですよ」

「幼馴染を無碍にすんなよー」



 何が幼馴染だろうか、面倒ごとを頼まれる理由にはならないだろうと天城が指摘すれば龍二はてへっと笑う。そんな彼に天城は思わずノートで頭を軽く叩いてしまった。



「ちょっ! 酷い!」

「すみません。あまりにもイラッとしたもので」

「一連の流れが綺麗で笑っちゃった」

「七海っちも笑ってないでよー」



 龍二は頭を押さえながら眉を下げも皐月はくすくすと笑っていた。それにぶーっと抗議するように口を尖らせる龍二に「図書館では静かに」と天城が注意する。



「騒いでは迷惑になります」

「はーい」

「くっそー……。つーか、天城が変わったのって七海っちと関わるようになってからだよなー」



 龍二に言われて皐月が「あたし?」と自分に向かって指をさす。自分の名前が出るとは思っていなかったようだ、きょとんとしている。



「七海っちと付き合うようになってから雰囲気変わったぜ?」

「付き合っていないのですが」

「いやもう付き合うでしょ」

「自信満々に言いますね」

「幼馴染としての長い付き合いから出された勘がそう告げてる」



 あまりの自信に天城は呆れる、それは根拠にはならないだろうと。それでも龍二は自信があるようで、「絶対に付き合うね」と断言した。


 絶対にそれが無いとは言えないので天城は否定しない。皐月に絆されて、毒されているのは実感していて、付き合うことになる気がしないわけではなかった。


 何せ、彼女のことが嫌いじゃないのだ。これが好きだという感情に傾くことだってあるだろうと天城は分かっていた。



「天城が少しは丸くなったのも七海っちのおかげだなー」

「そうかなぁ?」

「七海っちのおかげで天城に勉強教えてもらってるようなもんだからな!」



 龍二は「こいつ、オレだけの頼みだったら聞いてない」と言われて天城は否定できなかった。皐月も教えてほしいと頼まれたから、まぁついでにいいかと思ったからだ。


 確かに皐月から言われなければ、「自分でやってください」と断っていただろうから納得してしまう。



「教えているのですから、少しは結果を出してほしいのですがね」

「出してるだろ! 赤点ギリ免れている!」

「ギリギリで生きるのをやめなさいって言っているでしょうが」

「天城くん、あたしは大丈夫だよ!」

「そうですね、その点は皐月さんは問題ないですね」

「七海っちにだけ優しい!」



 優しいかどうかは置いておくとして、結果をちゃんと出しているのだから何も言うことはないだろう。天城の言い分に龍二は口を尖らせるのだが、そんな態度をされても「ギリギリで生きるのをやめなさい」としか言えない。


 天城の様子に龍二は「やっぱりお前ら付き合うからな!」と拗ねたように言った。


 付き合うか付き合わないか、それはまだ分からない。そうなるかもしれないなと頭の片隅で思ってしまっている自分がいて、天城は笑ってしまう。龍二の言う通り、自分は少し変わったのかもしれないなと。


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