第30話 気持ちは焦らずゆっくりと


「お前らさー、それで付き合ってないとか嘘やん」



 昼休み、中庭のテラスでいつものように天城は皐月と昼食をとっていた。それにくっついているのは龍二で、彼はよく二人とともに食事をとっている。天城も皐月も特に気にしていないので彼が一緒にいるのことには何も突っ込まない。


 そんな龍二の言葉に天城は眉を下げた。彼は皐月から天城と遊びに出かけたと話を聞いてそう言ったのだ。



「あー、そう見えますかね」

「いや、お前よく考えてみろって。お弁当作ってもらって一緒に食べてさ、帰りも一緒、遊びにも行くんだぜ?」



 どこをどう聞いても付き合っているのではと思わない方がおかしい。龍二の指摘に天城は黙る、そう言われても仕方ないと少なからず思ってしまったからだ。否定したところで信じてはもらえないだろう。


 けれど、天城は皐月の想いに答えてはいない。まだそうまだ自身の気持ちがどうなのか考えている最中だ。少しずつ気づきはじめてはいるものの、ちゃんとした答えが出ていないので言葉にはできていない。そう言えたならいいのだが、はっきりしていない状況で言うのは何となく嫌で天城は答えなかった。



「クラスでは付き合っているで一致してるぞ」

「でしょうね」

「付き合ってないって思うやつがいるわけねぇじゃん」

「わかってますよ、それぐらい」



 分かってはいた、はっきりしていない自分が悪いということも理解している。だからこそ、天城は己の気持ちの鈍感さに苛ついていた。



「天城ってさー。なかなか認めたがらねぇだろ」



 そんな天城の心情を察してか、龍二が言う。天城はその言葉に首を傾げた、彼の言いたいことがよく分からなかったのだ。



「お前ってさ、一度そうじゃないと思ったらそれをなかなか変えないじゃん。それが邪魔してて本当の気持ちに蓋してんだよ」



 一度、そういう感情は持ち合わせていないと思ったらその意見を変えようとはしない。気持ちがだんだんと傾いてきていたとしても、その意見が邪魔をして押し込めてしまう。だから、なかなか認めないし、本来の感情に気づけないのだと龍二は指摘する。


 彼の言っていることは間違っていないのではと天城は感じた。そういったものが蓋をしている感覚というのはなくはない。そう気づいてもすぐにそれを取り外せるわけもなくて、天城は何とも言えない表情を見せた。



「そう簡単に蓋が取れると思いますか?」

「思わねぇ。けど、だいぶ緩んできてるんじゃね?」



 龍二は「七海っちと過ごして感じていくうちに色々と思ったことあったんじゃねぇの」と問うた。確かに皐月とともに過ごして、彼女を側で感じていて知ったこと、気づいたことはあるなと天城も気づく。


 一緒にいて居心地が悪いと思ったことはなくて、彼女の行動を嫌だと感じたことはない。話をするのも二人で食事をとるのも嫌ではなくて、皐月は嘘をつくことなく想いをぶつけてくれる。楽しいと嬉しいと表情に出して、喜んでいてそう言った表情を見ると不思議と気持ちが和らいだ。


 小説の感想も皐月の一つ一つの言葉が心に落ちてきて、また書いてもいいかもしれないと思えた。彼女の言葉も表情も天城は嫌いではなく、それは好きという部類に入るものだ。


 蓋が緩んできているといった表現はあながち間違いではなく天城にもその自覚があった。



「難しいことを考えなくてもいいんだよ、天城くん」



 二人の話を黙って聞いていた皐月が言った。



「あたしは天城くんしか見てないってことだけ分かっていればいいんだよ」



 絶対に諦めないし、誰かに気持ちが傾くことはないからそれだけを知ってくれていればいいと皐月は言う。自信満々に言う彼女にどこからその自信が出てくるのだろうかと毎回不思議だ。


 気持ちなどそんな不安定なものに自信を持つことは天城にはできなかった。誰だって心変わりというのはあるのだ。それが絶対にないと言い切れる自信というのは凄いものだ。



「焦って答えを出されてもあたしは嫌だなー」

「答えほしくねぇの、七海っち」

「ゆっくりちゃんと考えてくれた方が嬉しい」



 例え、それが叶わぬ恋になろうとも焦って言われるよりは、ゆっくりと真剣に考えてくれた答えの方が納得できる。皐月は「だから、ゆっくり考えてほしいな」と小首を傾げた。



「駄目でも良くてもさ、もう少しこうして天城くんと一緒にいたいもん」



 これが自分の我儘であることを皐月は分かっているようで、「ごめんね、天城くん」と謝る。それを聞いて天城はどうして謝るのだろうかと思ってしまった。


 好きな人となるべく一緒にいたいと思うのは普通のことではないだろうか。彼女の気持ちというのを少なからず天城は理解できた。だから、天城は「謝ることではないでしょう」と答える。



「貴女が謝ることではないと思いますよ。むしろ、女性からしたら私の方が失礼なのでは」

「自覚あるじゃん、天城」

「ありますよ、そりゃあ」

「あたしは大丈夫だよ。天城くんがちゃんと考えてくれてるって分かってるから!」



 何も考えていない人間と天城は違うのだと皐月は言う。あまり変わらない気はすると思ったけれど、彼女の「大丈夫だから!」という強い押しに天城は黙った。



「ゆっくり考えてくれるだけであたしは嬉しいよ」



 にこっと微笑む皐月に天城は何と返せばいいのか分からず、「そうですか」と少しばかりそっけない返事を返してしまった。それに龍二が突っ込んだけれど、言葉が見つからなかったのだから仕方ない。


 皐月は気にしていない様子で笑っていた。紅葉が色づく木々を背に見たその笑顔は何だか輝いて見えて天城は少しの間、見惚れてしまった。


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