第29話 絆されて、毒されて



 十月三十一日、ハロウィンはその日に行われる行事の一つだ。古代ケルト人が起源と考えられている祭りであったけれど、現代では祝祭本来の宗教的な意味合いはほとんどなくなっている。


 主にアメリカで民間行事として定着しているのだが、日本ではアメリカほどではない。けれど、この時期になるとハロウィンをモチーフにしたデザインの飾り付けやお菓子などが店に出回る。


 コスプレイベントというのも行われるのだが、一般的なハロウィンの行事とは少々かけ離れているようにも思える光景だ。


(今年のハロウィンは日曜日でしたね……)


 天城は通り過ぎる仮装をしている人々を眺める。そう、この日は日曜日で駅から少し先にある会場ではハロウィンイベントが行われていた。会場だけでなく、その側にある公園にも仮装したまま出れるということもあってか様々なキャラクターに着飾った人たちで賑わっている。



「すっご……」

「あれはコスプレイヤーという方々でしょうかね」



 商業ビルに行く道すがら公園の方を見て天城は呟く。皐月はイベント参加者であるコスプレイヤーを観察しながら「あれがかー」と言葉を零している。


 あまりそういったものに興味はないので天城は眺めるだけに留めているが、興味のある一般人は撮影をお願いしていた。皐月は驚きはするけれどそこまでではないようだ。


 イベント会場を通り過ぎながら目的地である商業ビルへと入ると、ここもまたハロウィン一色だった。オレンジと紫の飾りにかぼちゃやおばけのキャラクターが彩っている。


 すごいなとそれらを見ながら皐月についていくと、これまた煌びやかにハロウィンデザインで飾られた店に着いた。



「ここだよ、ここー」

「一段とハロウィン推しですね」

「そうだねー」



 店内に入りデザートバイキングの店員に声をかけて、バイキングの種類を選ぶと席へと案内してくれた。軽い説明を受けると皐月が「よし」と呟く。



「デザート取りに行こう!」

「好きなのを取ってきていいですよ」

「天城くんも一緒に行くのー」



 皐月は「一緒に楽しもうよー」と言う。天城は別に何でもよかったのだが、彼女が一緒がいいと言うので仕方なく着いていくことにした。


 ハロウィンモチーフのデザートがずらりと並べられているそれを見て天城はよく思いつくなと感心してしまう。かぼちゃやおばけのアイシングクッキーが飾られたケーキや、かぼちゃを使ったプリンなど様々なデザートがとても可愛らしくて、煌めいてみえた。


 皐月は目を輝かせながら「どれにしようー」とデザートを選んでいる。どれも甘そうに見えるけれど、どうなのだろうかと天城は見つめる。



「これ美味しそう! あとこれもー」

「どんどん入れていきますね」

「たくさん食べたいじゃん?」

「そういうものですか?」

「そういうものだよ」



 バイキングだからと言ってたくさん食べるものではないと思うのだがと天城は首を傾げる。けれど、皐月はどんどんとトレーにデザートを置いていく。そんなに食べれるものだろうかと少しばかり天城は不安になった。


 皐月に「天城くんは何食べる?」と言われて、天城はどれでもいいのだがと思いながらもあまり甘そうに見えないデザートを二つほど選んだ。それだけでいいのかと問われたけれど、甘いものを多く食べたいとは思わないので頷いておく。


 席に戻って取ってきたデザートに天城は口をつける。かぼちゃのプリンはほんのりと甘く、かぼちゃの味が濃かった。美味しいかと問われれば美味しい部類に入り、これは甘さも控えめで食べやすい。



「美味しいー!」



 皐月はにこにこしながら食べる姿というのを見るに本当に美味しいのだろう。フォークを口に運ぶ手が止まらない様子だ。彼女が選んだデザートは生クリームがたっぷりとあしらわれたケーキや、カスタードクリームがこれでもかと入ったタルトなどで見ているだけで甘そうだった。


 皐月は割と食べるのが早い方なのでもう三個目のデザートに手をつけている。三個も食べれば十分だろうにトレーの上にはまだケーキやプリンがのっていた。これが全部入る胃袋を彼女は持っているのかと少しばかり天城は驚く。



「それ、全部食べられるのですか?」

「食べられるよ?」

「……そうですか」

「あたし結構食べるからねー」



 流石に朝食はたくさん食べないけれど、夕食などは多めにとっているのだと皐月は話す。お昼も食べすぎない程度に抑えているのだとか。それを聞いてだから学校帰りに寄り道としてファストフード店に行っても、セットメニューを頼めるのだなと納得した。


 間食というのは時間によっては夕食が入らなかったりすることがある。夕食を食べないと今度は夜中にお腹が空くということもあるので天城はあまり間食をしない。小腹が空いたかな程度なら少しお菓子を摘むぐらいだ。


 そんなことを考えながら皐月を見遣れば彼女はもう五個目へと突入していた。



「聞きたいのですが」

「何?」

「まだ食べる気ですか?」

「まだ食べる気だよ?」



 皐月は「このケーキとか小振りだしまだまだ入るよー」と返す。小振りとかそういう問題ではないような気がするのだが、ぺろりと平らげる様子に天城は突っ込むのをやめた。



「ふっふふ」

「何、笑っているのですか」

「楽しいなーって」



 こうして一緒に出かけることができて楽しいと皐月は笑う。まだバイキングにきたばかりだけれど、それでも彼女は楽しいらしい。嘘なく楽しげに笑う表情に天城は綺麗に笑むのだなと思った。


 皐月は感情が表情に出やすい。喜んでいる時、楽しんでいる時など特に顔に出るので分かりやすかった。そういったものは時に不利になることもあるのだが、それでも彼女の良さが滲み出ていていいと天城は感じていた。嘘のないその表情が綺麗で、見ていて飽きないなと。



「天城くんは楽しくない?」

「いえ、そうではないですが」



 黙る天城に皐月は問うその表情は少し不安げで、どうやら無理をさせているのではないかと勘違いさせてしまったようだ。天城は「悪くないですよ」と答えた。


 皐月と一緒にいることは嫌いではない。今だってつまらないなど思ってはいないし、見ていて飽きないなと思っているぐらいだった。



「貴女を見ていると飽きませんよ」

「天城くんはあたしをちゃんと見てくれるよね」

「見ない日がありますか?」

「うーん、休みの日ぐらいだね!」

「また嬉しそうですね」

「天城くんが見てくれているからね!」



 好きな人に見てもらえて、飽きないと言われるのは皐月にとっては嬉しいことのようだった。皐月は「もっと頑張るよ!」と宣言したので、まだまだ諦めるつもりはないようだ。


 そんな様子に天城はふと、皐月がもし諦めてしまったらどうなのだろうかと考える。もう声をかけてくれることも、こうして一緒にいることもなくなるのだと考えてから天城は眉を寄せてしまった。寂しいと思ってしまう自分がいて、何とも言えない感情を抱く。



「絆されて、毒されてきてますね……」



 はぁと小さく溜息をつくと皐月に「いいじゃん」と言われた。



「もっとあたしに絆されればいいんだよ!」

「……何と言いますか、貴女の根性には負けますね」

「諦めないからね!」



 皐月に「安心するといいよ!」と言われて、何をどう安心すればいいのかと苦笑を漏らしながら天城は「そうですか」と返した。


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