第28話 寂しい顔を見たくないと思ってしまった
文化祭が終われば、またいつものように落ち着いた学園生活が戻ってくる。
「天城くん、天城くん」
「なんでしょうか」
中庭のテラスで昼食をとっていた天城は前に座る皐月に目を向ける。いつものように何かを聞きたい時の呼び方をする彼女にはもう慣れてしまった。
「もうすぐハロウィンだよ」
「……そうですね」
「ハロウィンイベントがあるんだって」
「嫌ですよ」
「まだ何も言ってなーい」
天城の即答に皐月はむーっと口を尖らせる。何も言っていないも何も、それだけで言いたいことは分かることだった。彼女は一緒にハロウィンイベントに行きたいのだ。
天城はこういったイベントが苦手だ。別に参加して楽しむ人がいるのは理解しているし、悪いものではないと思っている。いるけれど、自分が参加するかどうかは別で、面倒くささというのが勝つ。
「別にコスプレ一緒にしようって言っているわけじゃないよ?」
「それ誘われたら断りますよ」
「だよねー。だからさ、ハロウィンメニュー出してるデザートバイキング行かない?」
一緒にハロウィンイベントに行けるとは思っていなかったようだ。イベントに行けるのが一番なのだろうけれど、ハロウィンを楽しめるのならばどんなものでも良いらしい。皐月は「イベントは楽しみたいじゃん」と笑う。
駅前の商業ビル内にデザートバイキングをやっている店があり、そこでハロウィン仕様のイベントが行われているらしい。ハロウィンをモチーフにしたデザートが提供されていると聞いて天城は眉を下げる。
「私、あまり甘いものは食べないのですが」
天城は甘いものをあまり食べない。嫌いというわけではないのだが、好んで食べるものでもなかった。ケーキは一つで十分だし、どちらかというと和菓子の方が好きだったりする。
素直にそう伝えれば皐月は「別のことでもいいよ」と返された。甘いものがあまり食べれないのならば、別のことでハロウィンを楽しむのでも良いと。
「あたしは天城くんとハロウィンを楽しめればいいんだ。だから、天城くんが甘いの苦手って言うなら別のでもいい」
「なんですか、それ」
「一緒にイベントを楽しみたいだけー」
えへへと皐月は笑う。彼女はただ一緒に楽しみたいだけなのだとそれだけれ分かる。とはいえ、ハロウィンを楽しむと言われても何をするつもりなのか。天城は少し考えて「仕方ない」と小さく呟いた。
「貴女は行きたいのでしょう?」
「そうだね。あそこのケーキとかデザート美味しいんだよ!」
「……まぁ、行くぐらいなら付き合いますよ」
「ほんと!」
天城の返事に皐月は目を輝かせる。なんと彼女はわかりやすいのか、顔によく出ている。天城は「嘘をついてどうするんですか」と返せば、「やった!」と彼女は喜んだように腕を上げた。
そこまで喜ぶことだろうかと天城は思ったけれど、皐月の様子に突っ込むのも野暮かと黙っておく。
「わーい! 天城くんと久々にお出かけできるー」
「そうですね」
「嬉しいー」
「貴女、ほんと嬉しそうにしますね」
「嬉しいからね!」
当然じゃないかと皐月は断言する、好きな人と一緒に遊べるのが嬉しくないわけがないと。自信満々に言うものだから天城は「そうですか」と返事を返すしかない。
好きな人と一緒に遊べるというのは嬉しいことなのかもしれない、それはきっと楽しいものなのだろう。天城にはまだよくわかっていないけれど想像はできなくはなかった。
「貴女も諦めませんね」
「諦めないよ?」
「その様子だとそうでしょうね」
「天城くんが大好きだからね!」
皐月は決まってそう告げる。毎日言われている言葉ではあるけれど、彼女の口から言われると何故だか嫌な気はしない。
最近、皐月のことについて考えるようになった。風紀委員長の陸に「気持ちに向き合うべきだ」と言われたからだろうか。自分ではあまり気にしていないつもりであったけれど、ここまでめげずに諦めずにいる彼女の姿に何となく無視をすることもできなくなった。
皐月と一緒にいるのは嫌ではなくて、居心地は良く空気を読むこともできる。気を使ってくれるところもそうだ。少々強引なところもあるけれど、やめてくれと言ったことはすぐにやめるし、迷惑な行為というのはしない。
何となく、絆されて毒されている気がするけれど、それでも一緒にいて悪いとは思ったことはなかった。
(こういった感情は何と言うのでしょうかね……)
天城はいろんな言葉を思い浮かべて苦笑した。どれもこれも自分には合っていないように感じたのだ。それはただ自分自身が気づいていないからかもしれないのだが、やはり似合わないと思ってしまう。
「天城くん、どうしたのー?」
「……何でもないですよ」
「そう? お出かけ嫌なら言ってね?」
少しばかり不安そうにする皐月に天城は目を細めながら首を左右に振った。
「嫌ではないですよ。嫌なら嫌とはっきり言います」
「それならいいけどー」
どうしても皐月の寂しそうな顔というのを見たくはないなと思ってしまう自分がいて。それに気づいた天城は何とも言えず、彼女をただ見つめるしかなかった。
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