第27話 文化祭の終わりに


 あれだけ騒がしかった校舎も文化祭終了と共に静まっていく。片付けをする生徒たちの姿しかなく、天城は部室に並べられていた本をまとめていた。文芸部の冊子は少し余ってしまったものの、だいぶ買ってもらえたようだ。


 本をまとめ終えると三年の先輩に「もういいぞ」と声をかけられる。あとは自分たち部員がやるから帰っても良いと。



「わかりました。龍二はどうしますか?」

「オレ、バスケ部のやつらに誘われてるんだわー」

「大変ですね。では、先に帰らせてもらいます」

「あたしも帰るー!」



 にこにことしながら皐月が隣に立つのはいつものことなので天城は何も言わず、彼女を連れて部室を出た。美術部の部室となっている美術室を通り抜ければ、美術部員たちが飾っていた絵を片付けている。


 アニメや漫画調だったり、風景画だったりが一枚、一枚とまた外されていく。それを横目に天城は歩いていくと、皐月が「絵が上手いっていいよねー」と呟いた。



「いろんな絵を描けるっていいなー」

「そうですね」

「文章が上手いのもいいなー」

「文章ですか?」

「うん」



 小説を読んで思うことがある、文章だけで情景を感情を表すというのは難しいことだと。実際に短編を書いてみて実感したらしい。上手く言葉が見つからなくて、小説家の人たちの語彙力は凄いなと思ったのだと皐月は話す。


 絵も一枚でその場の雰囲気と臨場感などを表すのが至難の技だ。それは素人目に見てもわかることで、それと同じぐらい小説も言葉選びが大変だ。言葉の意味合いや、表現の仕方によっては雰囲気を壊しかねない。



「文化祭っていいね。いろんなことを経験できるんだもん。短編小説を書くとか、文化祭があって、文芸部がなかったらできなかったし」


「まぁ、そうですね」

「小説書いて思った、小説家ってすごい」



 文章でたくさんの物語を紡げるのだからと皐月は言っていて、彼女自身は文化祭を楽しめたようだ。小説を書くという大変さも良い経験として思い出になったのだろうか、なんだが楽しそうにしている。



「天城くんさー、文化祭どうだった?」

「どうと言われてもまぁ、そこそこ楽しめたかと」

「それならよかったー」

「コスプレなどそうそう見れるものじゃないですし」

「なんか、そんなイベントあるらしいよ?」

「行きませんよ」



 そのイベントがどういったものかは分からないけれど、興味本位で行くものではないことは分かる。そういったイベントというのは趣味としてちゃんとしている人が行くべきではないかという天城の言葉に皐月は「確かに」と頷く。



「天城くんさ、小説書いてみてどう思った?」



 皐月の問いに天城は首を傾げた。何を聞きたいのだろうかと見遣れば、彼女は「夢だったじゃん」と言われる。



「天城の夢の一つだったじゃん、作家。だから、書いてみてどう思ったのかなーって」



 そういえばそんな話をしたなと思い出す。小学生の時に作家になりたいと思っていた、いろんな物語を紡いでみたいと。そんな夢なの忘れていたけれど、久方ぶりに筆を取ってどう思ったのかを皐月は聞きたいようだった。


 どうだっただろうかと天城は考える。あの頃のことを思い出して、ネタ帳のようなものを引っ張り出して、そこに書かれていた内容に苦笑しつつも思い出に浸って。



「久々に書きましたね」

「それは知ってるー」

「まぁ、色々と思い出しました」



 物語を考えるのに頭を悩ませて、執筆していく中で言葉を選ぶ難しさを実感した。どうやって情景を感情を表そうかと思案して、書いては消してを繰り返す。投げ出しそうになるような工程だったけれど、天城は苦痛を感じていなかった。


 物語が紡がれていく瞬間というのが好きだった。拙い文章であっても完成していく、終わりに近づいていく中でキャラクターたちが動いているのがなんだか嬉しかった。言葉に表すのならば、一番近いのは楽しいだろうか。



「なんでしょうね、楽しかったような気がします」



 だから、そう答えれば皐月がにこっと笑みを浮かべる。



「あたしも楽しかった!」

「そうですか」

「天城くんの物語も読めたし!」

「読みたかったのですか?」

「読んでみたいって思ってたよ?」



 作家が夢だったと聞いた時、どんな物語を彼は紡いでくれるのだろうかとそれが気になった。悲しい物語なのか、それとも幸せなものなのか。ホラーかもしれないし、ミステリーかもしれない。想像するだけで読んでみたいと思ったのだと皐月は話す。



「……どうでしたか」



 天城は問う、小説の感想は聞いたというのになぜだかそう言葉が出ていた。何を聞きたいのだ、自分はと我に返ったけれど、皐月はその問いに答えるように口を開く。



「すっごい好き」



 文体も、表現の仕方も、言葉選びも、物語も、その全てが噛み合っていて好きだった。優しくて、温かくて、そんな穏やかな気持ちになれた。もっと、そうもっといろんな物語を読んでみたいなと思うほどに。皐月は「とってもね、きらきらしてた」と思った口にしていた。



「あの物語だけじゃなくてね、天城くんの書く文章が好き。もっと読んでみたいって思ったから」



 皐月の言葉一つ一つが天城の心に落ちていく。彼女の嘘偽りのないお世辞でもないそれが満たして、今抱いた感情を言葉に表すならばなんだろうか。そう考えて一つ浮かんだそれに天城は小さく笑ってしまった。


 それはきっと嬉しいだ。自分の紡いだ物語を誰にかに好きだと言ってもらえたことが。小学生の頃にはなかった、そんなことは。



「天城くん、天城くん」



 外廊下を通り抜けて下駄箱にたどり着き、靴を取り出しながら皐月は問う。



「書いてよかった?」



 その問いに天城は目を細めてから頷いた。



「……えぇ、とても」



 書くことなんてもう二度とないと思ったけれど、皐月の言葉を聞いてまた書いてみるのも悪くないのかもしれない。それほどに彼女の感想というのは胸に響いたのだ。


 皐月は「また読ませてよ」と笑む。それは期待しているわけでも、お世辞でもなく、純粋な気持ちが込められていて、天城は「気が向いたら」と返していた。



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