第26話 文化祭のひと時
綺麗に飾られた校舎に校門にはカラフルな看板が立ってかけられて、ぞろぞろと人がやってきて校舎内が賑わっていく。校庭では屋台が立ち並び、呼び込みの声が響いていた。
文化祭当日、天城は文芸部の部室でぼんやりと外の様子に目を向けていた。中庭からは人が流れていくのが見えて、今年も訪れる人は多いようだ。文芸部側の校舎にもちらほらと作品を見に来た生徒や保護者の人たちがいた。
文芸部の部室にはおすすめの書籍を並べられており、感想などおすすめなポイントが書かれたポップが置かれている。入り口のそばで文芸部員たちが執筆した冊子を頒布していた。
それほど高くない値段設定なので、興味本位で買っていく人などがちらほらといた。天城は窓から視線を逸らして入り口の方を見遣るとまた一人、生徒が入ってくる。
女子生徒は展示物を眺めて冊子に興味を持ったのか、柊子に話しかけている。彼女が本の内容を説明するとその女子生徒は購入していった。
「天城くん、どうしたの」
その光景をぼんやりと眺めていた天城は皐月が声をかけられて、「別に何も」と返す。特に何かあったわけではなかったと。
「ここまで人が来るのだなぁと」
「あー。美術部と茶道部も部室がこっちだし、その帰りとかに寄るんじゃない?」
「それはあるかもしれませんね」
美術部や茶道部を見てきた帰りにちょっと寄るということはあるかもしれないなと天城は思う、少し見ていくには丁度良い出し物だからだ。皐月の意見に納得して頷くと、「天城くん、つまらなさそう」と返された。
「文化祭とか嫌い?」
「好きか嫌いかと問われると好きじゃないですね」
「えー、わいわいしていて楽しいじゃん」
「なんでしょうかね、面倒くさいが勝つんですよ」
「もー、天城くんって面倒くさがりー」
協調性が無いと言われると否定はできない。あまり他人と協力するというのを得意とはしていなかった。面倒くさがりなのは自覚があるので天城は眉を下げる。
皐月は楽しげに窓の外を見ながら「屋台だってー」と喋っている。彼女はこういったお祭り的なものが好きなようだ。
「演劇部は赤ずきんやるらしいよ」
「童話ですね」
「オリジナルよりはみんなの知っているお話の方が良いだろうっていうことになったらしい」
「まぁ、オリジナルは外れた時が悲しいですからね……」
「それはまぁ……うん。吹奏楽部はよくわかんないけど演奏するって!」
皐月は「みんな気合が入ってた!」と話す。こういう行事が好きな生徒というのは気合が入るだろうなと天城には理解できないけれど、彼らが楽しんでやっていることに口を出すつもりはない。だから、「そうですか」と返した。
「天城くんは見て回らないのー?」
「興味がないんですよ」
「そっかー」
「貴女は見に行きたいのですか」
「他のクラスが何を出しているのかはちょっと気になるかなぁ」
演劇とか演奏に興味はないけれど、他のクラスの出し物には興味がある。運動部対抗も今年は行われるらしく、今頃は体育館では盛り上がっているだろう。そわそわとしている皐月の様子に天城は察したのか、はぁと小さく溜息をついた。
「あ、柳楽くんに七海さん。二人とも見て回っていいよ」
タイミングよく柊子が二人に声をかけてきた。あまり遅くならない程度にと時間を指定されてその間に戻ってきてくれたらと言われる。それを聞いて天城は皐月に「行きますよ」と声をかけると彼女は驚いたように目を瞬かせた。
「え?」
「行きたいのでしょう」
「……うん! 行きたい!」
天城の言いたいことを理解したのか、皐月はぱっと表情を明るくさせた。なんとわかりやすいことだろうか。天城はそう思いながらも口にはせず、部室を出た。
皐月は一緒に見て回りたかったのだと天城は気づいていた、彼女ならばきっとそうなのだろうと。気付かぬふりをすることもできた、何も知らないと無視することも。けれど、なんでかそれができなかった。
(なんというか、毒されている気がしますね)
天城は苦笑をもらす、自分らしくない行動のような気がしたのだ。そんな天城の様子など気づいていないのか、皐月は嬉しそうに隣を歩いていた。
*
校舎内では各クラスの出し物が行われていた。カフェだったり、お化け屋敷だったりと様々な内容によく思い付いたなと天城は感心する。コスプレをした生徒たちを遠目に眺めていれば、皐月が「あのキャラ知ってるー」と作品名を教えてくれた。
漫画やアニメを読んだり観たりしない天城は作品名とキャラクターを教えられても分からなかった。有名なものならばうっすらと記憶にある程度で、皐月に「あれは最近人気なんだよー」と教えられる。
「天城くんは漫画とか読まないの?」
「読まないですね」
「小説ばかり?」
「そうですね。文芸以外にライトノベルも読むのでそのキャラクターならばわかります。あれとか」
そう言って天城が指をさした。そこにはライトノベルのなかでも有名でアニメや映画、ゲーム化している人気作品だった。そのライトノベルを天城は読んでいて、きっかけは人気だったから試しにだった気がする。
面白かったので最新刊まで追っていたのでそのキャラクターはわかった。映画やアニメは観ていないのでオリジナルキャラクターなど出ていたらわからないのだが、少なくとも指さしているキャラクターとその側にいる生徒がやっているキャラクターは誰なのかわかる。
「あれはね、あたしも知ってるー。本読んだー」
「どうでした?」
「面白かったよ。あれ今でも人気だよねぇ」
「そうですね。だいぶ落ち着いたとは思いますけど」
「それでも人気ってすごいなぁ。そういえば天城くんは漫画嫌いなの?」
皐月の問いに天城は「嫌いではないですよ」と答える。別に漫画が嫌いなわけではない、迫力ある絵や台詞回しというのは好きな部類だ。けれど、どちらかというと文章を追う方が合っていた。
小説ならではの情景を想像しながら読み込んだり、読み終わった後の感覚というのが好きだった。漫画とはまた違った感覚があると天城は思っている。
「言いたいことはわかる。あたしも好きー」
「貴女は最近、小説を読み始めましたがどうでしたか?」
「楽しいなって。文章読むのって難しいイメージあったんだけど、そんなことなかった」
「そうですか」
廊下を歩き、生徒たちの様子を目にしながら皐月と話す。彼女は興味の持った出し物は面白そうと言って寄っては楽しんでいた。それを天城はただ見ているだけなのだが、それほど嫌な時間ではなかった。そんなことを考えていれば、皐月に名前を呼ばれる。
「どうしたの?」
「いえ、別に」
「そう?」
「七海皐月!」
厳しい声に二人が振り向けば、眼鏡を押し上げる風紀委員長の陸が立っていた。その姿を見た途端に皐月はうげっと表情を歪める。
「お前、何度言ったらわかるんだ!」
「他の子もやってまーす!」
「そうだよ! 他の女子にも何度も言っている! なんでこうも女子というのは強情なんだ!」
「それ言われましても……」
陸は「せめて保護者などが来る日ぐらいはちゃんとしてくれ!」と痛んでいるだろう頭を押さえていた。その様子に皐月以外にも注意して回っていたのが見て取れる。
風紀委員は文化祭中、生徒がおかしなことをしないように見回る役目があった。陸はその巡回の途中だったようだ。皐月が化粧をしているのを見て注意しにきたのだが、やめる気などない様子に呆れていた。
「はー……もう疲れる。というか、お前たち、ほんと仲良いな」
「いきなりですね」
「いや、最近よく二人でいるだろう」
「まぁ、いますけど」
皐月を注意するたびに天城が側にいるので陸は覚えていたようだ。仲が良いのかと問われると悪くないのだが、側から見ると仲良さげに見えるのだろう。
「付き合っているんだろ」
「いえ、付き合ってません」
「……それでいいのか?」
「あたしはいいんだよ!」
陸の訝しげな表情に皐月は言う、一緒にいられるならそれでいいと。その言葉に彼はますます表情を顰めた。
「失礼だが、おれには理解ができない。ちゃんと気持ちに向き合うべきだろう」
「それ、私に言ってますよね?」
「当然だろ。相手はちゃんと気持ちを伝えているのだから」
相手の気持ちを知っていながらその気持ちに向き合っていないのは失礼だ。陸の言葉に天城は返答ができない、その通りだとうなと思ってしまったのだ。けれど、自分が皐月に対してどういった感情を抱いているのかまだ分からない。そんな状態で向き合えと言われても困るだけだった。
「相手のことを考えるのならば、よく考えるべきだ」
「……そうですね」
「風紀委員長は堅いんだよー。そこまで深刻にしなくてもいいじゃーん」
「大事なことだ! というか、お前は化粧をやめろ!」
「いーやーだー」
ぶーっと口を尖らせる皐月に陸は何を言っても無駄だと判断し、深い溜息をつきながら「とにかくちゃんと考えるべきだ」と言って巡回に戻っていった。その背を見送りながら天城はなんとも言えない気持ちを抱く。
彼の言う通りちゃんと皐月の気持ちに向き合って考えるべきなのだろう。けれど、自分の気持ちはよく分からなくて。ただ、分かっていることは彼女と一緒にいることは悪くないということだった。
絆されている、毒されている、そんなふうに思っていたけれど違うのだろうか。考えるけれど、答えは出ない。
「天城くん、大丈夫だよ」
皐月の言葉に意識を浮上させて見遣れば、笑顔を向けていた。
「急いで考えるものじゃないよ」
「……そういうものですか?」
「焦って決めても良いことないもん。あたしは諦めるつもりはないから、ゆっくり考えてくれたら嬉しいな」
皐月にそう言われて天城は目を細める。嬉しいなと言った瞬間の僅かに揺れる瞳に少しばかりの不安を感じ取った。だからなのか、自分の答えを見つけなければなと思ってしまった。
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