第25話 文芸部の部室で
文芸部の部室の長テーブルには文章が印刷された紙が並べられていた。それらを一枚ずつ重ねていき、綺麗にまとめるとホッチキスで綴じられる。そうして作られたコピー本がテーブルに積み重ねられていった。
天城はホッチキスで止めながらぼんやりとその光景を眺めていた。印刷を三年の生徒が担当し、順番にテーブルに用紙を並べ、皐月と龍二がノンブル通りに紙を纏めていき、柊子がページ数に間違いがないか確認して、天城と一年生がホッチキスで止めていく。
製本された本を確認しながら積まれていくそれに何冊作るつもりなのだろうかとそんなことを天城は考えていた。
冊子は一冊二百円前後で売りに出されるらしい。それを聞いて印刷代にもならないだろうなと天城は思ったけれど口には出さなかった。元々、小説というのは売れるかどうかも分からないと柊子から聞いていた。美術部は短編漫画の冊子を作るらしいが、そちらの方が人気らしい。
人気でないことはわかっているけれど、それでも文芸部らしい活動の布教のために文集というのは作りたいのだと話していた。売れ残ってもいいからと。
「三人のおかげで助かったー!」
柊子は冊子をまとめながら感謝していた、薄い本がさらに薄くなって読み応えのない本になるところだったと。三年の先輩もありがとうと礼を言ってくれた。
「まさか、一年の子がほとんど文を書けないとは思わなくてなー」
「すみません……」
「いや、いいんだよ。興味持ってこの部活に入部してくれただけで嬉しいから」
謝る一年生に三年生はそう言って肩を叩く。部活の雰囲気というのは和やかで皆、仲が良いように見えた。天城は完成したコピー本を捲ってみる、挿絵など何もない文章だけの本。天城は嫌いではないけれど、これではあまり読まれないのも仕方ないかと思った。
ただ、表紙は綺麗な少女のイラストがカラーコピーされている。柊子が書いたらしく、彼女は絵も描けるのだと話していた。美術部に入ることも考えていたが、小説が好きなのでこの文芸部に入部したのだという。
「当日は部室にいるだけで良いのですか?」
「うん、本の整理とか手伝ってくれるだけでいいよ」
天城の問いに柊子は「販売はこっちでやるから」と答える。それなら楽だなと天城はまたコピー本に目を向けた。ぱらぱらと捲りながらある物語のページで手を止める。
それはお世辞にも上手いとは言えない拙い文で書かれた物語だった。男女のいざこざを書いたような内容なのだが、いまいちピンとこなくてただの実録話のようになっていた。
「頑張って書いたのはわかるのですけど、これただの実録話ですよね。龍二」
「うるせー、オレに小説とか無理だって言ったろー」
そうそれは龍二が書いた小説という名の実録話だった。内容は彼が巻き込まれた学生同士の恋愛の、いわゆる修羅場の話だった。高校一年生の時にあった話で男子生徒が二股をかけていたというものだ。学生だというのによくやるなとこの話を読んで天城は思った。
「でも、これはこれで面白かったよ?」
「わたしも面白かったけど……小説ではないかなぁ……これはエッセイだと思う」
「小野ちゃん、オレにはこれが限界だから」
「というか、これ本人から許可取ってますか?」
「笑い話として広めてくれって言われた」
一応は本人たちから許可をとったらしい。名前も伏せるし、所々フェイクも入れるという約束で。なので、一部はフィクションらしいのだが何処がそうなのかは教えてはくれなかった。
読む人からは作り話だろうなと思われるだろう書き方なので、実録であることがバレることはそうないだろうけれど、わかる人にはわかるだろう。
エッセイとして読めば面白いものではある。こんな修羅場が実際にあるのかといった内容なので、一部の人には受けそうだ。文芸部の部員たちも「いろんな意味で面白い」と笑っていたので悪くはない。
「短編に混じるエッセイっていうのも面白いですね」
「場違い感あるけど、オレにはこれが精一杯!」
「分かってますよ。自分の知らないことを知れたんでよかったです」
「わかる。二股はよくないね、うん。女の恨みは怖い!」
「それは私も思った……怖い」
女性である二人から見てもこの修羅場劇に登場する女子生徒というのは怖いようだ。気持ちは理解できるけれど、行動力や感情というのが恐怖を与えている。実際に体験はしたくないと天城でも思うほどだったので、その場にいた生徒たちは生きた心地がしなかったのではないだろうか。
いた側の人間である龍二も「あれには巻き込まれたくはない」と言っているのだからきっとすごかったのだろう。エッセイという文字ではあるけれどその臨場感というのは伝わったので、彼はこっち路線の文体が得意なのかもしれない。
三年生の先輩も「このエッセイは面白かったからまた読みたい」と言っていた。龍二は「これ系のネタならまだまだある」と話していたので、ネタには困っていないようだ。それはそれで彼の交友関係が心配になるのだけれど、天城には関係がないので何も言わないでおく。
「柳楽くんのお話、わたし好きだなぁ」
「あ、小野さんも思うー? あたしも好きー」
「柳楽くんの話はよかったな」
柊子の一言で話は天城の物語へと移る。天城は恥ずかしいやらで何やらで反応に困っていた。それを感じてか皐月が「あたしも頑張ったんだよー」と話を逸らすように言う。
「すっごく頑張った!」
「七海さんのもよかったよー!」
「わーい! ありがとう!」
えへへと皐月が照れ笑う。そんな彼女に天城はこういう所は嫌いじゃないなと思った。彼女の空気を読むところというのは嫌いじゃない、自分に注意を向けて自分のペースに相手を持っていく所は。
「でも、小野さんとかの小説はほんと、小説って感じでよかった!」
「皐月さん、言葉になってませんけど」
「うーーん、あたしには語彙力が無い! でも面白かったの!」
「ありがとう、七海さん」
皐月は言葉にしようとするのだが上手くまとめられていなかった。それでも言いたい事は伝わったようで、柊子は嬉しそうにしていた。
「あ、そうだ三人とも、完成した本を一冊持っていっていいからね」
「もらっていいのですか?」
「これが報酬って感じで……これぐらいしかできないから」
「あぁ、なるほど」
お礼になるかは分からないけれどと柊子は言う。無理を言って手伝ってもらったというのにお礼がコピー本一冊というのは割りに合っていないかもしれないと思っているのだろう。
確かに割に合っているかと問われると合っていないかもしれないが、別に悪いものではないので天城は特に気にしていなかった。それは皐月と龍二もだったらしく、「別にいいよ」と笑っていた。
「今日はほんとありがとう、三人とも」
「気にしないでください」
「小野ちゃんの頼みだからねぇ」
「あたしは楽しかったよ!」
「文化祭当日もよろしくお願いします」
作業を終えて解散となり、三人が教室から出たところで柊子はそう言って頭を下げる。そんな彼女の様子に律儀だなと天城は思いながらも、「わかりました」と返事を返した。
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