第24話 その短い物語は好きだった
自室の机に置かれたノートパソコンを立ち上げる。文章作成ソフトを規定された文字数と行数を設定して新規作成すると天城はその真っ白な画面を見つめた。
柊子から詳しい内容を聞いた天城は頼まれた短編を書こうと、とりあえずパソコンと向き合ってみた。彼女からは二段組で1ページ以上5ページ前後でうまく纏めてほしいと言われている。
パソコンは持っていて、文章作成ソフトも入っていたので天城は自宅で執筆することにした。とは言っても短編になるようなネタなどなかなか思い浮かばず、暫く画面を見て天城は息を吐いた。
「小説など小学生振りじゃないでしょうか……」
作家に憧れていた、夢見ていた時に小説の真似事を書いた記憶がある。拙い文章の作法など守れていないものだった。今は多少の作法は知っているのでまだまともなものができるかもしれないが、それだけだ。
小学生の時はあんなにも書いていたというのに、中学生になってからはそれから遠ざかっていた。中学生にもなると現実というのが嫌でも見えてくる。夢というのがどんなに遠い存在で、掴める人というのが一握りであることを、現実的でないと突きつけてきた。
それらを見て感じて夢など見るだけ無駄だと考えるのをやめていた。いたというのにこうしてまた戻されて、ふと皐月と話していたことを思い出した。
『あたしは天城くんのお嫁さんが夢だけど』
『それ、夢なんですね』
『うん。だから諦めないで追いかけてる。だってできるかどうかはやってみないことには誰にも分からないし』
皐月は叶うか分からずとも、やってみるものなのだと言った。追いかけてみないことには掴めるかどうか分からないのだからと。
「やってみないことには分からないですか……」
天城はぼんやりと真っ白な画面を眺めてから、ふと思い出したように一番下の引き出しを開いた。いくつかのノートなどが収まっている中から探り、奥の奥に収まっていた小さな古びたノートを取り出して天城はページを捲る。
「懐かしいですね」
そこには作家をまだ夢見ていた時の名残りがあった。思いついたネタや、物語の一片が綴られている。ぱらぱらと捲りながらあの頃は物語を考えているだけで楽しかったなと少しずつ思い出す。
今にしてみれば矛盾した設定や無理のある話のネタが多く、よくこれで書こうとしていたなと過去の自分に呆れた。暫く読み進めていくと一つ、短い書き出しに目が留まる。それは今で言う異世界ファンタジー、けれど童話のような始まりだった。
その書き出しの隣にネタがいくつか書き足されてそれは終わっている。設定もキャラクターもわからないけれど、何だか惹かれて。天城はそのページを開いたまま、キーボードに指を走らせた。
***
「天城くん、素敵だね!」
皐月はそう言って手に持っていた用紙から視線を上げて見つめてくるものだから天城は何とも気恥ずかしげにしていた。
昼休み、中庭で昼食をとっていた天城は書き上げた短編を皐月に見せていた。約束していたので、最初に彼女に読ませることにしたのだ。ちゃんと読ませてくれたことが皐月には嬉しかったようで楽しそうに短編を読み進めていた。
「童話っぽいね。美女と野獣? じゃないけど、少女と醜い獣の小さな愛が素敵だなって。二人だけの優しい時間が流れているのを感じた」
皐月から感想をもらうたびに天城は恥ずかしいような、なんと言い表したらいいのかわからないむず痒さを感じる。誰かに小説を読ませるなどしたことがなかったものだから、いざ感想を言われるとどう反応すればいいのかわからない。
「あたしこの話好き」
「そうですか」
「天城くんのお話好きだよ」
優しさの詰まった温かい世界だったと皐月は物語の余韻に浸るように呟く。それだけで彼女が感じたままのお世辞などではない感想を言ったことは分かった。
「……貴女は書けたのですか」
「あたし? 一応ね、書いてみたよ」
皐月は「書き方とか作法とか一応調べて書いてみたんだ」と言ってファイルから用紙を取り出した。三枚の用紙を天城は渡されて目を通す。何も言われてはいないけれど、渡してきたということは読んでも良いということだろうと判断した。
彼女が書いた小説は現代ものだった。少女の独白のような、想い人への手紙を綴っていく話だ。それはもう届くことのない亡くなった相手に向けるもので、少女はそれを分かっていながらも、想いが通じることを願って手紙を書いている。最後の一文を書き上げて少女はその手紙を天に届くように燃やして空を見上げて終わる。
初心者にしてはちゃんと書けており、読みやすい短編だった。ただ、意外だったのは彼女はハッピーエンドが好きだというのに、こういった叶わぬ想いの話を書いたことだ。
「ハッピーエンドが好きだったのでは?」
「好きだよ。でも、こんな感じの寂しいお話も好きだったりする」
悲恋ものだったり、心中ものだったり、ハッピーエンドではない物語にも良さというのがある。皐月はそういった作品の雰囲気というのが好きだった。もちろん、ハッピーエンドが一番良いのだが、それでもその余韻だったりが胸に響くことがあるのだと。
もし、自分がそういったものを書くとしたらどんなものになるのだろうかと考えてみた。そして、思いついたものを文章にしてみたのだと皐月は話す。
「何だろうね、しんみりする感じの話になっちゃった」
「そうですね、そんな感じですね」
「感動ものとか書ける人はすごいなって思った」
「そうですね……でも」
天城は用紙から視線を上げて皐月の方をみた。
「私は好きですよ、このお話」
少女の想いを綴っていく雰囲気は悲しげなものではなく、むしろ明るかった。前向きなことを手紙に書いて、想い人に心配かけないように元気で、最後の一文に愛を込めて。しんみりとした余韻にはなるものの、後味は悪くなく、むしろ少女が前向きに生きていくような未来を想像できた。
天城はその雰囲気と余韻が嫌いじゃなくてむしろ、心地よく感じていた。好きだとそう思えたのだ。そう思ったままを伝えると、皐月は目を数度、瞬かせてから照れていた。
「天城くんにそう言われると照れるー」
「嘘ではないですよ」
「わかってるよー。嬉しい」
嘘じゃないことを分かっているから照れるのだと皐月は頬を掻く。その気持ちはわからなくもないので、天城はそれ以上は言わず。黙って照れている彼女を見つめていた。
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