第23話 文芸部員からのお願い事
「じゃー、文化祭の出し物はミニ縁日に決まりなー」
そう言って担任教師は黒板に書かれた内容をノートにメモし始めた。天城は何とも面倒なと眉を寄せる。
文化祭の出し物決めは天城たちのクラスではミニ縁日に決まった。縁日によくある、ヨーヨー釣りや輪投げ、射的のようなものなどミニゲームを出す出し物だ。出し物で言えば悪くはないのだが、接客面が面倒だなと天城は感じた。
天城は接客担当にはなりたくない、こういった接客に自身は向いていないのだ。だから、役決めの時に裏方を希望したが通るかは分からない。ひとまずは話が終わり、詳しい内容は次の日に回された。
そのままHRが始まり、生徒たちが帰り支度を始める。決まってしまった出し物を変えることはできないので天城はただ祈るしかなかった。
*
「天城に七海っちー」
HRが終わって皐月と帰宅しようと教室を出た時だ、龍二に呼ばれて二人は振り返った。見遣れば彼の隣には二つに結った焦茶の髪を揺らし、眼鏡を押し上げる女子生徒がいる。二年のバッチが胸元についているので同級生のようだ。
「……何か?」
「お前らって本好きだよな」
「まぁ読書は好きですが……」
「あたしも嫌いじゃないよー」
「じゃあ、小野ちゃんの相談に乗ってやってくれね?」
龍二はそう言って隣に立つ女子生徒に話を振った。女子生徒の名は小野柊子といい、文芸部の生徒だ。彼女は文芸部での活動である本の紹介や、実際に小説を書いてみる執筆活動などを説明すると本題に入った。
何でも、今年は文芸部への入部が一年では二人しかおらず、他の部員は三年が二人、二年が一人という少人数になってしまっているのだという。まだ廃部にはならないものの、来年はかなり危ういらしい。その部員不足もあって今年の文化祭の出し物である文集のページが足りないのだと話した。
「今年、入った子達は文章多く書ける子いなくて……」
「そうなんですか」
「よければ、手伝ってくれないかなーと」
「何の」
「文集のページ埋め」
柊子の頼みに天城は龍二を見れば、「オレには無理」と笑顔を返された。彼は運動はできるが、こういった文学に関しては何の知識もないので手助けはできない。それは天城も分かっていたけれど、眉を寄せずにはいられなかった。
「貴方ね、頼まれたら断らない性格どうにかしなさい」
「いや、女子のお願いは断れねーだろー」
「速水くん優しいねぇ」
「だろー。でさ、部活には入らなくてもいいから手伝いだけでもってよ」
ページ数を埋めるだけでいいと柊子は話す。内容はどんなジャンルでもよく、短編で綺麗に纏まっていれば問題ないらしい。異世界だろうと純文学だろうとどんな内容でもいいので書いてくれないかと柊子は頼んでくる。
「ページがね、10ページほど足りなくて……」
「もうそのまま製本したらいいじゃないですか」
「薄い本がさらに薄くなっちゃうので、それは避けたいんですよ!」
お願いしますと柊子は手を合わせる。そうは言われてもいきなり短編小説を書けと言われて書けるものではない。皐月も「読むのはいいけどさー」と困っている様子だ。
「2ページでもいいの!」
「そうは言われましても……私に何のメリットがあると……」
「えーっと、文芸部の手伝いをするからクラスの出し物に参加しなくていいとか?」
「…………」
「天城くんちょっと揺れたでしょ」
皐月の突っ込みに天城は黙る、それが答えたった。
確かに部活動生は部活の出し物を優先するのでクラスの出し物には参加しなくて良いことになっている。クラスの参加人数が少ないと助っ人に呼ばれることがあるだけだ。それは手伝いであっても適用されるので、天城は少しばかり心が揺れてしまった。
「私たち以外でも良いのでは……」
「小野ちゃん、友達に頼んだけど全滅しちゃったの」
「そもそもどうして龍二は彼女の相談を聞いたのですか」
「いや、小野ちゃんは一年の時に同じクラスだったから色々と世話になって……」
「貴方、小野さんに課題やら写させてもらっていましたね?」
天城の指摘に龍二は目を逸らすも、どうやらそのようで柊子も苦笑していた。それだけで分かってしまうので天城は「貴方ね」と呆れる。何か言ってやろうとすれば、「それはいいじゃん!」と龍二は慌てたように話を戻した。
「今はそれよりも文芸部の出し物の話でしょー!」
「……まぁそうですね」
「ペンネームで出すので名前バレとかはないですから!」
「そうは言われましても……」
「クラスの出し物で接客係やらなくても済むよ、天城くん」
皐月の一言にぐらりとまた心が揺れる。クラスの出し物であるミニ縁日の接客係をやるのと、文芸部の手伝いをするのどちらが楽か。柊子は「当日は部室にいるだけでいいので」と言ってきた。
文集の販売は柊子たちがするらしい。天城たちは製本作業と当日のお勧め本の展示の手伝いをしてくれればいいとのことだった。
「ちなみにどう書くんですか?」
「部室にパソコンがあるのでそれで書くか、自宅にパソコンがあるのならそれで。無い人は原稿用紙に書いてくれれば、こちらで文字起こしします!」
「皐月さんは……」
「天城くんがやるならやるよー」
「でしょうね」
皐月の返事に天城ははぁと溜息を吐いた。何せ、柊子が手を合わせながら頭を下げているのだ。此処は廊下で下校していく生徒たちがいて、周囲からの視線というのを痛いほど感じる。
「あまり期待できるような内容の文章は書けないかと」
「それでもいいので!」
「……わかりました」
「ありがとうございます!」
天城は仕方ないとその頼みを引き受けることにした。このまま断っても良かったけれど、クラスの出し物を手伝うよりは良いとそう思ったのだ。
「龍二、貴方も手伝いなさい」
「え、オレ?」
「貴方が持ってきたことでしょう」
「そうだぞー、速水くん」
「七海っちまでー」
龍二は「短編小説とか無理ゲー」と顔を顰めていた。それでも断らないのでとりあえずはやってみるようだ。頼まれたら断らない性格というのが出ている。天城は面倒なことを引き受けたなと思いつつも、柊子から詳しい話を聞くことにした。
文集の題材は何でもいいようで、短編に収まれば異世界ファンタジーだろうと、純文学だろうと何でもこいとのこと。ハッピーエンドやバッドエンドなどの縛りもなく、フリーテーマなので自由に書いて良いということだった。
他の部員たちにも許可は取っているので、分からないことがあったりしたらいつでも部室に来てくれて構わないと柊子は説明する。何でもありというと書きやすいように聞こえるが、これが意外と難しいなと天城は感じた。
テーマがあればそれに沿った話を書くだけでいいので、初心者にはそちらのほうが向いているような気がしたのだ。フリーテーマかと天城は何か書けるだろうかと思案するも、これといって思い浮かばない。
一先ず、自宅でネタを考えようとその場で纏まって柊子とは別れた。残された龍二は「まじかよー」と頭を抱えている。自分も短編を書かなければならなくなったからだろう。
「短編なんて思いつかねぇよおお」
「それは頑張りなさい」
「そうだぞー。最初に頼まれたのは速水くんなんだからー」
「そうだけどさぁぁ」
小説なんて書いたことねぇってと、書いてもいないうちから弱音を吐いている。試しに何か執筆してからそうしてくれと天城は冷静だ。龍二は「天城とは違うんだぞー」と反論していた、読書すら真面目にしないと。
そんなことを自信満々に言われても反応に困るわけで。天城は「頑張ってください」と龍二の嘆きを受け流した。
「あたしも頑張って書いてみるー!」
「皐月さんも頑張ってください」
「天城くんもね! 完成したら読ませて!」
「わかりました」
やるぞと意気込む皐月に龍二はますます頭を抱えている。両極端な二人に失礼ながらも天城は面白いなと思ってしまった。
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