第20話 夏休みの課題は待ってはくれない


「まぁ、予想はできていたのですけどね」



 そう言って天城は目の前に座る二人を見遣る。


 夏休みも残り僅かとなった日、駅前のファストフード店に天城は来ていた。本来ならば自宅で読書をする予定だったのだが、どうして出てきているかというと龍二に泣きつかれたのだ。


『夏休みの課題が終わらない』


 その連絡をもらった天城は無視しようかと思った。けれど、連投されるメッセージに仕方なく、本当に仕方なく返信したのだ。どうやら龍二は夏休みの間、ほとんどを遊び呆けていたらしい。その結果、出された五教科分の課題は全く終わっておらず、気づいた頃には日数が残されていなかった。


 天城はなんとなくだが予想はしていた。龍二とは長い付き合いなので、毎年のようにこうなっている。毎回のことなのだから、今年もだろうと思うのは仕方ないことだ。だから、連絡が来た時は「でしょうね」と呟いていた。



「天城くん、あたしは数学以外はできてるんだよ!」

「龍二よりは幾分か良いですね」

「だよね!」



 皐月は怠けずにやっていたらしく、ほとんどの夏休みの課題を終わらせていた。ただ、数学は苦手な教科だったので苦戦していたようだ。なかなか思うように進められなかったのだという。


 龍二から連絡を受けたのと同じく、皐月からも「数学の課題教えてー!」と頼まれたので丁度いいとまとめて一度にやることに天城はして、今に至る。



「天城ー、もう全部写させてくれね?」

「数学は写したのがすぐにわかるので駄目です」

「じゃあ、他の教科」

「暗記や調べればわかるような社会と理科はまぁいいとして、国語はちゃんとやりなさい」

「ウゲー……」



 ばっさりと提案を切り捨てられた龍二は項垂れながらシャーペンを握った。先に写せる課題から手をつけることにしたらしい。時間は待ってはくれないので早く終わらせることができるものから進めるのは悪くない選択だ。


 皐月はわからないところを天城に聞いていた。龍二と比べるとかなり物分かりが良いのでこちらはスムーズに終わらせられそうだ。天城は彼女に教えながら時折、サボろうとする龍二を叱る。



「皐月さん、ここ違います」

「何が?」

「割り算です」

「えー」

「えーじゃありません。龍二、国語の課題まで写そうとしない」

「お前が持ってきているのが悪い」


「自分の回答と比べながら教えるために持ってきているだけで、写すために持ってきたわけじゃありません」



 べしりとノートで龍二の頭を軽く叩くと国語の課題を取る。彼は「いいじゃんかよー」と口を尖られるも、天城は「駄目です」ときっぱり断った。写してばかりでは身につくものも身に付かない。


 天城にそう言われては仕方ないので龍二は文句を垂れながらも国語の課題へと取り掛かった。どうやら社会と理科は終わったらしい。写すだけとはいえ、早いなと思いながら彼の課題を見遣れば、字が走り書きのようになっていた。


 早く終わらせたかったのが丸分かりだ。これではなんと書いているのか解読するのに時間を要する。担当教科の教師が顔を顰めるだろうなと天城は少しだけ同情した。



「七海っちと天城は夏休み遊んだりしたのー」

「したよー! 楽しかった! 夏祭りとか行った!」

「もうお前ら付き合っちまえよ」

「どうでしょうかね」



 付き合っているのではと疑われるような行動をしていなくもない。自分の心境的に皐月の事は嫌いではないので、彼女に恋愛感情を抱かないとは限らなかった。なので、天城は「どうでしょうかね」と答えておく。


 この世に絶対などないと、天城は思っている。付き合わないや好きにならないなどそういった感情的なものに絶対とは無いのではと。ちょっとしたことで興味を惹かれることもあるだろうし、良いなと思ってしまうこともあるかもしれない。それがきっかけで好きに繋がることだってある。


 だから、天城は否定はしなかった。それが意外だったようで龍二は驚いた様子をみせる。



「七海っち、可能性あるぞー!」

「わーい、頑張るー!」

「この塩対応を落とせる未来が見えるとは思わなかった!」

「その言い方やめてくれませんかね、龍二」



 人を冷たい人間のように言わないでいただきたいと天城が突っ込めば、龍二は「お前、結構冷たいからね?」と突っ込み返されてしまった。


 それに関して皐月は「それも天城くんだから!」とフォローになってないフォローを入れていた。自分自身が塩な対応をしている自覚はあるのだが、そこまで冷たいだろうかと行動を思い出してみる。


 興味がなさげなところ、面倒くさいなと思ってしまったことなどを思い出しながら、その言動は確かに冷たかったかもしれないなと自覚した。したとはいえ、行動を改めるかと問われると微妙なものだ。


 今更、改めたとして龍二にからかわれるのは目に見えている。感情を我慢するようなことはしたくはない。黙って受け流していればいいのだろうけれど、言葉というのはつい出てしまうものだ。無理して繕ったとしてもボロが出るのは想像できる。



「もうこのままでいいでしょ」



 なので、このまま突き通すことに天城はした。それがまた彼らしかったのか、龍二が「ですよね」と頷いている。



「塩な天城くんも好きだよ!」

「そうですか」

「俺、場違い感半端ないんだけど」



 龍二は「カップルの気が強いわぁ」と項垂れる。自分にも恋人がいればなぁと愚痴っているので、二人の関係というのが羨ましいようだ。



「一途な彼女が欲しい」

「それは頑張るしかないのでは」

「勝ち組だからってちくしょう」

「いえ、そうは思ってませんけど」

「それでもオレはカップルの空間を邪魔するぜ!」



 二人っきりにさせるもんかとテンション高めに言う龍二に天城は「いいからさっさと課題終わらせてください」と冷静に突っ込む。話すだけで彼の手は全く動いていなかった。


 皐月はもう終わったようで課題を鞄に仕舞っていて、それを見た龍二が「うっそ!」と声を上げる。



「七海っち早い!」

「天城くんの教え方が上手いからね!」

「龍二、さっさとしてください」

「天城、俺にも優しくしてよー」

「十分に優しいと思いますが?」



 こうやって課題を終わらせる手伝いをしているのだから十分すぎるだろう。天城にそう言われて龍二はむっと口をつぐんだが、すぐに「もう少し!」と声を上げた。



「面倒くさいので」

「ひどい、天城ー」

「早く終わらせてください」

「さすが天城くん、容赦がない」



 冷たくびしりと言い返す天城に皐月はさすがと頷く。何が流石なのかは知らないが、彼女が一人納得しているのでそのままにしておくことにした。


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