第18話 彼女との時間は嫌いではない
皐月と書店巡りをしてから数日、彼女からのお出かけチャレンジというのは何度かあった。天城の気分によって失敗したりもしていたけれど、たまに成功してたので戦績は悪くないほうだ。
今日も皐月のお出かけチャレンジが行われて成功したため、二人はファストフード店で休憩している。
お出かけと言っても、皐月は何処に行きたいとか決めたりしていない。そのため、ふらふらとショッピングモールや百貨店などをめぐって終わるというのもよくあった。
何処か行きたい場所などないのかと天城は聞いたことがあったのだが、皐月は「付き合ってから行きたいって場所だらけ」と答えていた。遊園地も動物園も、水族館も恋人になってから行きたいと。
海水浴は天城があまり好きそうでないのを察したようで、「好きな人と楽しめる所に行きたい」と言って誘わなかったらしい。だからと言って毎回、目的もないのは困ると思ったのか、今回は映画を見に行くことにした。
映画は女性が好みそうな恋愛ものだった。皐月が選んだのもあってか、彼女の好みだったようだ。天城はストーリーは良かったなと思ったぐらいで、面白いかと問われると普通ぐらいだった。
映画を見終えてそのままファストフード店で観た感想などを喋っている。皐月は「あれ良かったと思うなー」と映画の感想を話しているのに相槌を打ちながら天城はジュースを飲んでいた。
「なんであの作品を選んだのですか?」
「えっとね、原作読んだから」
映画の原作は文芸小説で、皐月はたまたま話の内容に惹かれて読んでいたのだという。実写映画化するということで一度、観てみたいなと思ったとのこと。原作とどういったところが違うのか、俳優の演技はどうなのかと気になっていたと話してくれた。
「ストーリーの流れとラストは原作通りだったけど、違うところもあったー」
「まぁ、変わる箇所やオリジナル要素が足されることもありますからね」
「そこを探すのが楽しかった。でも、賛否は分かれそうだなぁ、あのオリジナルシーン」
「何処ですか?」
「ヒロインが自殺しようとして主人公が止めるシーンあったじゃん? 映画だとあの後、喫茶店で二人は会話するけど、原作では無いんだよ、そんなシーン」
ストーリーのテンポがそれを足すことで少し悪くなっているように皐月は感じたようだ。だから、賛否が分かれるのではと思ったのだと。
原作がある作品というのはオリジナルストーリーというのが追加されることがある。それは原作ファンにとって蛇足だったり、必要なかったり、むしろあることで作品の良さがなくなっていると思われる。それは実写だけでなく、アニメでも言えることだ。
皐月の心境は「蛇足かな」だった。天城は原作を知らないので特に気にならなかったのだが、彼女は気になったみたいだ。暫くの間、うーんと唸っていたが、「まぁいいか」と呟いてポテトに手を伸ばした。
「まぁ、人それぞれだよねー。天城くんは楽しめたでしょ?」
「まぁ、それなりに」
「なら、別にそれにとやかくいう必要はないかなぁ。あたしがただ気になっただけだし。人それぞれの感想あるもんね」
そう一人で納得して皐月はポテトを食べる。自己完結できたようで、もう気にした様子はみせていないのを天城は切り替えが早いなと感心する。
「そういえばさー。この前、書店デートしたじゃん?」
「あれ、デートなんですか」
「今もデートだと思っている」
「まだ付き合ってませんよね?」
「そーうーなーんだーけどー。それはいいとして、天城くんにお勧めしてもらった本あるじゃん。あれ読んでるんだけど」
皐月はあれから天城に勧められたミステリー小説を読み進めていた。話の内容は天城が説明した通りで、仄暗くてホラー要素もあり、少々グロテスクな物語だった。それでも堅苦しい文体ではなかったので皐月でも読み進められたようだ。
「どうでしたか」
「めっっっっっちゃ、カロリーが高い」
皐月の眉を下げる表情とその感想に天城は笑う、自分も同じような感想を抱いていたからだ。
一章一章に重みがあり、その文量はどっしりと心にのしかかる。それはまるで高カロリーな料理を食べているような感覚だった。とてもじゃないが一気に読むことはできない、そんな作品なのだ。
「一気読みとか、無理。面白いけど、胸が堪えられない」
「でしょうね」
「てか、ヒロインらしい子? あの子、可哀想すぎない? もうしんどい、しんどい……」
まだ半分も読めてないようで、それでも面白いからなのかゆっくりと読み進めているのだと皐月は言う。ヒロインらしきキャラクターがどうなるのか気になるようで、天城はその結末を知っているのでなんとも言えない表情を見せた。
それだけでなんとなく察したのか、「救いはないのですか!」と皐月は嘆く。天城は「ネタバレになるので何も言えません」としか返せなかった。
「読み終わればわかりますから」
「救いは?」
「あれはあれで救いなのではとしか」
「メリーバッドエンドってやつ?」
「どうでしょうかね」
「嫌だー、ハッピーエンドにしようよー」
ハッピーエンドが皐月の好みのようだ。天城も嫌いではないけれど、面白ければバッドエンドだろうと、メリーバッドだろうとどちらでも良いという考えだ。
面白いけれど、やはりハッピーエンドが良いと皐月は呟いている。待ち受けている結末を受け入れられないようだ。別の作品を勧めるべきだっただろうかと天城は少しだけ申し訳なくなった。
「でも、面白いから読む」
「無理しなくても良いのでは?」
「無理はしてないよ、面白いのは事実だもん。ハッピーエンドじゃないのは悲しいけどね」
「あの作家さんであなたが好みそうな結末を書いている作品もあるのですが、そちらを先に勧めるべきでしたね」
「あるんだ!」
「ありますよ、仄暗いですけど」
作品の雰囲気は変わらないけれどちゃんとハッピーエンドとなっている作品も書かれている。それを聞いて皐月は「それも読んでみたい」と興味を示した。
この作風の作家が書くハッピーエンドがどういったものなのか、それが気になるようだ。その様子に天城が作品のタイトルを伝えれば、皐月はそれをスマートフォンで検索し始める。
「あ、面白そう!」
「そうですか」
「うん。あらすじ読む感じ好き」
どうやら気に入ってくれたようで、「この後、書店に行こう!」と皐月は誘う。そんなすぐに購入しなくても良いのではと天城は思うのだが、忘れないうちに買っておきたいのだと皐月は言った。
書店に寄るのは別に構わないので天城が「良いですよ」と返せば、皐月は嬉しそうににへっと笑う。
「嬉しそうですね」
「天城くんと長く一緒にいられるからね!」
「それが目的でしたか」
「半分は」
えへへと照れながら皐月はジュースを飲む。何が楽しいのやらと天城は思いながらも、それに付き合うことにした。彼女と過ごすのは悪くないと感じていたから。
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