第17話 一人よりも二人のほうが楽しいと感じた
七月も終わりに近づく日、今日も茹だるように暑いのだが天城は出かけようとしていた。ずっと家にいるのも身体に悪いので書店にでも行こうと考えたのだ。気晴らしになるし、新しい本も欲しかったところだったというのもあり悪くない考えだった。
さて、出かけようとスマートフォンを見遣ればメッセージが一件、それは皐月からのもので。
『天城くん! お出かけしよう! お出かけ!』
遊びの誘いでなんとタイミングが良いのだろうかと、天城は彼女は運が良いなと思いながらメッセージを送った。
『これから本屋に行こうかと思っていたのですがそれでも良いでしょうか?』
『行く、すぐ行く』
即答だ、数分も経たずに皐月から返信が来る。なんとなく予想していたがこれほど早い返事かと天城は少しばかり驚くも少し笑ってしまう。きっとやったーと喜んでいるのだろうないうのが想像できて。
その後、待ち合わせ場所を指定してスマートフォンをショルダーバッグに仕舞うと天城は部屋を出た。
***
電車に揺られること数分、目的地についた天城は改札を通る。駅構内をぐるりと見渡して皐月の姿を探した。ベンチなどに座っているかと見ていると後ろからどんっと押される。振り返ってみるとにこにこと笑みをみせる皐月が立っていた。
「お待たせー!」
「元気ですね」
「天城くんとお出かけができるからね!」
元気に喋る皐月に天城は適当に相槌を送る、何が良いのやらと思いながら。そんな態度でも彼女は機嫌を損ねることもなく、楽しそうに天城のことを見つめていた。
黒のショートパンツに似合う白いブラウスを着こなす皐月は少し遠目から見れば大人の女性に見えなくもない。私服の彼女を見るのは天城には新鮮だったのでおもわず眺めてしまう。いつもの紅いアイラインの引かれた目元が少し煌めいて見えた。
「いつもとメイクが違いますね」
「え! 気づいた! アイシャドウを変えてるのー!」
学校では派手なアイシャドウはいくら校則が緩かろうと注意されてしまうので、ギラギラとするタイプのラメを使っていないのだと皐月は話す。今日は天城と出かけるので気合い入れてメイクをしたらしい。
「ねぇ! どう!」
「よく似合っていますよ」
「そう!」
「貴女らしいかと」
似合っていると伝えれば、にへっと皐月は笑う。気づいてくれたことが嬉しかったようで機嫌が良さそうだった。天城はたまたま気づいただけだったのだが、彼女が嬉しそうにしているので何も言わないでおく。
そんな上機嫌の皐月を連れて駅からほど近い書店へと向かう。商業ビル内にあるその書店は大きく、さまざまなジャンルの本が置いてあるのだが人の出入りは多くはない。
見渡す限り本という空間が天城は好きだ。自分の知らない物語が、知識が詰まっているそんな場所が心地よくて。だからなのか、図書館や図書室のようなところも好きだった。
まず天城は新刊コーナーへと向かい、どのジャンルのどんな作品が発売されているのかを眺める。それはライトノベルだったり、文芸だったり、実用書だったり種類は問わない。興味が惹かれれば、手にとってあらすじを読んでみて気になったものは購入することに決めていた。
そんな天城の邪魔をするでもなく皐月は並ぶ本たちを観察している。どんなものがあるのかと表紙を見て気になったものは手に取っていた。
最近の文芸ものは表紙にこだわっているものも多い。キャラクター文芸など種類が増えたからなのか、鮮やかなデザインの表紙が目立っている。表紙買いするという人も少なくはない。
天城は横目で皐月の行動を少し見てからまた本へと視線を移した。新刊コーナーではこれといって興味をそそられるものはなかったので、小説のコーナーへと向かう。
決まった順番はないけれど、キャラクター文芸といった小説が置かれているコーナーに天城は入っていく。今月の新刊として表紙を向けられて飾られている本から、平積みされている本、作者順に並べられている本棚などを確認する。
何冊か棚から取り出してはあらすじや書き出しを読み、本を戻すを繰り返す。どれもぴんとこないので天城は文芸のコーナへと移ろうかと顔を上げて、気づく。皐月が表紙を眺めながら眉を寄せていたのだ。
「どうかしましたか?」
「うーん、どっちが面白いかなぁって」
皐月が手にしていたのは二冊の本だった。キャラクター文芸に含まれるだろう小説で、一つは中華後宮もの、一つはあやかしお仕事ものだった。どちらも女性に人気のジャンルでその種類は多い。
天城はあまり読まないタイプのジャンルだ。皐月に「どう思う?」と二冊見せられて困ったように首を傾げる。
「あらすじと書き出しは読みましたか?」
「読んだけど、どっちも気になる感じ?」
「両方とも購入してはどうですか」
「うーん、どっちか一冊でいいかなぁと」
二冊ともあらすじと書き出しを確認してみて、どちらか一冊でいいかなという気分になったらしく、どちらにするのかは迷っているのだとか。天城が「気になるのはどちらですか」と問えば、「強いていうなら中華後宮」と皐月は答えた。
「なら、そちらにしてみては?」
「なんか、難しそうじゃない?」
中華後宮などの知識はこれっぽっちもない、専門用語など難しいものが出てきたらついていけないのではないか、皐月はそれが不安のようだった。あやかしお仕事ものというのは妖怪はなんとなく知っているし、その仕事もマイナーなものではない身近なものなので親近感はあるようだ。
全く知らないものよりも、なんとなく知っているものの方が安心できるような気がする。けれど、気になるのは知識の無いジャンルでそこが皐月の頭を悩ませていた。
「中華後宮といっても史実に則っているものもあれば、ファンタジーとして別のものになっているのもありますよ」
中華風ファンタジーになっている作品というのもある。どれもこれも実際の史実に則っている作品というのはそう多くはない。少なからずファンタジー成分が含まれるもで、ベースになっているのが中華であるだけである。
難しい用語が出てくる作品もあるが、そうでないものもあるので読んでみないことには分からない。苦手意識のままに読まないのもそれはそれで勿体無いと天城は思った。
「試しに読んでみては?」
「そうだね、ちょっと読んでみよう」
天城の話を聞いて皐月は決めたのか、中華後宮ものキャラクター文芸小説の購入を決めた。
「天城くんは何か買うの?」
「そうですね……とりあえず、文芸のコーナーを見てからでしょうか」
天城はそう答えて文芸のコーナーへと向かい、その後ろを皐月がついていく。ミステリーやホラー、純文学、時代小説といったさまざまなジャンルの中を天城は歩き、平積みされている本を見る。
丁度、天城が好きな作家さんの新刊が置かれていたのでそれに手を伸ばした。あらすじと書き出しを読み、購入を決める。それを見た皐月が「面白いの?」と聞いてきた。
「あぁ、この作家さんのミステリーは面白いですよ」
「どんな感じ?」
「そうですね、仄暗く、かといってドロドロとしていない雰囲気になります。主に民族や風習的なホラー要素を合わせたものですね」
この作家は民族や風習的なものをホラー要素として混ぜて、ミステリーにしている。仄暗く、恐怖を引き立てつつもドロドロとした成分がない。読み終わったあとの少し肌寒い感覚が癖になる物語を綴る作家だ。
有名な作家というわけではないけれど、それなりに人気があるのでシリーズものなどを手がけている。天城の説明に皐月はなるほどと頷きながら聞いていた。
「じゃあ、その作家さんの中で天城くんのおすすめは何?」
「おすすめですか? ……そうですね、こちらでしょうか」
そう言って天城は一冊の本を棚から取り出した。それは天狗の伝承が伝わる村で起こった殺人事件の物語だ。村に渦巻く因習と天狗の伝承がじんわりと恐怖を引き立てて、謎が解き明かされていく瞬間がまた仄暗くて、一度読むと忘れられない作品だ。
ホラー要素にグロテスクな表現、ミステリーな部分、それらが全て噛み合っており、ファンからも人気の高い小説となっている。この作家の作品で勧めるならばこの小説だろうというほどだ。
そう説明して天城が本を皐月に差し出すと、彼女はそれを受け取ってあらすじを読む。書き出しを少し読んでからおわぁっと小さく声を溢した。
「出だしからグロい」
「まぁ、そうですね」
「でも面白そうだから買ってみる」
「大丈夫ですか? 少々、分厚いですが」
「大丈夫だよー。それに天城くんが好きな作家さんの小説って読んでみたいし」
にこっと笑みを見せて皐月はその本を左手に持ち替えたので本当に買うらしい。おすすめはするけれど、彼女に読めるのか天城は不安であった。読書初心者にはむかない分厚さなのだ、この作品は。
それでも皐月は大丈夫だというので天城は不安に思いながらもそれ以上は口を出さなかった。
「本屋さんってあんまり面白くないものだと思ってたんだけどさー」
そんなことを思っていれば、皐月がぽつりと呟く。
「天城くんと一緒だと楽しい」
「どうしてですか?」
「大好きだからっていうのもあるけど、一緒に本を探したり、意見を聞けたり、お勧めを教えてもらえたりするからかな」
本好きなら一人で探し回る方が良いのかもしれないけれど、皐月にとっては二人でこうやって見て回る方が一人よりも楽しかったようだ。もっと本を読んでみたいとそう思ったらしい。
天城にはその気持ちがよく分からなかったけれど、皐月がさらに本に興味をもったのは事実のようなので、彼女には何かしらの影響があったのだろうことは感じた。
「それにデートみたいで良いじゃん」
「それが主じゃないですか?」
「そうかもしれないけれど、本って良いなって思ったのは天城くんと一緒に見てまわったからだもん」
皐月はふふふと笑いながら買う予定の本へと目を向ける。その表情があんまりにも嬉しそうにしているものだから天城は嫌な気はしなかった。
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