第15話 ものすごく面倒なことだったはずなのに彼女は平常運転だった


 天城は目の前に立っている人物を眺めながらどうしたものかと考えていた。



「どうして、どうしてなの……」



 涙を流しながら天城を見つめるのは三島胡桃だ。今朝、急に話しかけてきた彼女は放課後の誰もいなくなった教室で天城に告白していた。


 時を戻して数分前のこと、天城と皐月は日直業務を行なっていた。日誌を書き終えてた皐月は担任に渡しに行くべく職員室へと向かい、天城は全ての日直業務を終えたことを確認してから彼女の帰りを待っていた。そんな時に胡桃はやってきたのだ。


 胡桃は皐月がいないのを確認して、「少し話を聞いてほしい」と頼んできたので、まぁ少しぐらいならいいかと天城がそれに答えれば、彼女は「ずっと前から好きだった」という告白を受けた。


 ずっと前とはいつからだろうかと思ったが天城は面倒だったので聞かなかった。失礼ではあるけれど、胡桃には特に興味がないからだ。ただ、要所要所ではあるけれど皐月に食って掛かっていたり、急に話しかけて来たりしていたので薄々はと。


 興味がないとはいえ、告白の返事をしないわけにはいかない。天城は「すみませんが」と断りの返事を返す、なるべく柔らかく。けれど、胡桃は断られた現実を受け入れたくないようで「どうしてなの!」と天城に詰め寄ってきた。



「いえ、貴女のことはただのクラスメイトとしか思っていませんから……」


「七海さんとは付き合ってないんでしょ! あんなにしつこい彼女は側にいていいのに、私はダメなの!」



 大人しくしていた、迷惑だろうからと距離を保っていたのだと胡桃は主張する。そうは言われても天城には関係ない。本当に彼女には興味がないので何を言われても困るだけだ。


 胡桃は諦めきれないようで「七海さんのどこがいいのよ!」と声を荒げる、彼女の行動の何処がいいのかと。彼女が言いたいことは分からなくもない、天城だってそれは理解している。しているけれど、それを許している。


 自分でもお人好しなのではと思わなくもないが、皐月はやめてくれと言ったことは絶対にしないのだ。何を束縛するわけでもなく、ただ一緒にいて楽しそうにしてる。



「まぁ、貴女よりは良いかと」



 声を荒げることはしないし、詰め寄ってきたりもしなくて無理なものは無理だと言ったら皐月は潔く引く。そう答えれば泣き腫らした瞳で睨んできたので、どうやら彼女を怒らせてしまったらしい。


 あぁ、面倒くさいなと失礼ながら思ってしまった。こういうところが冷たい塩対応だと言われるのだろう。天城はそう自覚はしつつも、思うことをやめれなかった。



「うわー、修羅場じゃーん」



 そんな暢気な声に二人は反応して顔を向けると、教室の扉から覗くように皐月が立っていた。二人と目が合うと、「ごめんね」と覗き見していたことを謝る。



「覗き見するつもりはなかったんだけどさー。あたしの荷物はここにあるわけだしー。仕方ないじゃん?」


「まぁ、そうですね」

「三島さんには申し訳ないけどー。てか、狙ってたりした?」



 あたしがこの現場を目撃することをと皐月は目を細める。胡桃は彼女から視線を逸らすように俯く、それが答えだった。


 女性というのは恐ろしいなと天城は実感した。何せ、そう何せ修羅場を見越して行動しているからだ。とてもじゃないが、天城にはそんなことはできない。



「なになにー。あたしに勝ち誇った姿を見せたかったのかな? あるいは天城くんとの関係をめちゃくちゃにしたかったとか?」


「…………」

「うーん、肯定と見た。でも残念でした〜! あたしには効果がないのだ!」



 他人にどう思われようとも関係ない、何をされようとも気にすることはない。天城にしか興味がないのだから、その他などどうでもいいのだと皐月はにこにこしながら言う。


 陰口を叩かれようとも、避けられようとも効果はない。勝手にしていればいい、そんなことをしても自身の評価を落とすだけなのだからと皐月に笑まれて胡桃は眉を寄せる。



「だって、今ので天城くんからの印象は悪くなってると思うよー?」



 こうなることを見越していたということ、告白を断っているというのに詰め寄っていること、影で何か言っているということ。それらを合わせてば印象も悪くなるのではないかという皐月の言葉に天城は確かにと思わず頷いてしまった。


 それが胡桃にも伝わったようで、また泣きそうな瞳を向けてきた。そんな眼を向けられても困るのだが彼女には伝わらない。



「私が先に好きだったのにっ」

「それは関係ないよ、先か後かなんて。あたしは天城くんを好きになったから、こうして行動しているだけだもん」


「迷惑だと思わないわけ?」

「何度も言うよね、それ。まぁ、思うけど。天城くんは迷惑だと思ったらやめてくれって言ってくれるから。言われたら大人しくしてるよ、あたし」



 普通は言われる前に行動を改めると思うのだかと天城は思ったのだが、二人の会話に入れなかった。胡桃は皐月に噛み付くように反論しているけれど、彼女には全く通用していない。


 どこ吹く風といったふうに皐月はそれを受け流していて、胡桃はだんだんと言葉に力を無くしていった。



「天城くん、天城くん」

「なんでしょうか」

「あたしは今まで通りでいいよね?」



 今まで通り一緒にいてもいいよねと問われて天城ははぁと息を吐く、ここで自分に選択権を任せるのかと。一緒にいていいのか、悪いのか――それならばきっと、答えはこうだ。



「貴女がいたいのならどうぞ。迷惑をかけなければ別に構いませんよ」



 彼女といるのは悪くない、そう思っている自分がいた。何せ、どんなに適当な相槌でも、面倒くさげでも皐月は気にすることもなくて、なんというか居心地は悪くなかった。


 毒されている気がしなくもないのだが、それは一度受け入れてしまった自分が悪いのだ。だから、天城は皐月が側にいることを許可した。それが決めてとなったのか、胡桃は嗚呼と涙を流して肩を落とす。



「私の負けよ、負け。もういいわよ」



 胡桃は涙を拭うと皐月を一つ睨んでその脇を駆けていった。廊下を走る彼女の背を見送ると皐月は何事もなかったように天城の近寄って自分の鞄を手にする。



「貴女、特に気にしてませんね?」

「してないよ? あたしは天城くんにしか興味がないからね」

「そうですか」

「それに天城くんは許してくれたじゃん」



 皐月は「あたしが傍にいることを」とにこっと笑む。確かに許したが思うことはあるのだけれど、彼女は全くといっていいほどに気にしてはいない。いつもと同じ、平常運転だった。



「心配してくれているの?」

「そうですね、少しぐらいは」

「すごく、嬉しい」

「そんな笑顔で言われても」

「嬉しいんだもーん」



 なんとも嬉しそうにする皐月に天城は心配している自分がおかしいような気がしてきた。これも彼女の雰囲気に流されているのかもしれないと思いつつも、平常運転しているのを見るに大丈夫なのだろう。



「まぁ、貴女がいいならいいですよ」



 だから、そう返事を返しすことにした。皐月が大丈夫というのなら、きっと大丈夫なのだろうと。



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