第14話 鋼メンタルVS強気



 靴を履き替えながらどうしたものかと天城は考えていた。それもこれも隣でずっと話しかけてくるクラスメイトが原因だ。三島胡桃が「柳楽くん聞いてる?」と可愛らしい作った声で喋っている。


 急に距離を詰められてどう反応すればいいのか悩む。何せ、皐月との言い合いの後から自分に近寄ってきていなかったというのに、どうして今なのだろうかと。諦めたのではなかったのかなどといろいろ考えていると、「ねぇ!」と腕を掴まれてしまった。



「話、聞いてる?」

「いえ、あまり」

「なんで聞いてくれないの!」

「と、言われましても……興味がないですし」



 興味がないと言われて傷ついたのか胡桃は「ひどい」と悲しげに呟く。酷いと言われても急にいろいろ話されては反応に困るわけで。とはいえ、彼女はその態度が信じられないようだった。



「七海さんの時と態度が違う」

「皐月さんと貴女は別ですからね」

「どこが違うの?」

「そういう面倒くさい質問を皐月さんはしません」



 面倒くさいと言われて胡桃はくしゃりと顔を歪める。こういう態度も皐月とは違うなと天城は思ったけれど、口に出せばまた何か言われそうだったので止めた。


 どうやら皐月と比べられるのが嫌らしい。というのに、彼女と自分がどう違うのかというのが気になるというなんとも矛盾していた。そこがまた天城にとっては疲れる要素なのだが、相手はそれに気づいてはいない。



「あの、急に何でしょうか」

「急って……」

「だって急でしょう」



 皐月と言い合ってから距離を取っていたというのに急にどうしたのかと思うのは普通ではないか。天城に言われて胡桃は「だって……」と口籠らせる。何か考えがあるように見える行動にあまり良い感じはしなかった。


 さっさと話を切り上げて教室に戻りたいが胡桃とは同じ教室なので行く道は同じ。逃げ場がないので彼女の話に付き合うしかなく、天城は溜息を吐いてしまった。それがまた彼女の勘に触ったのか「何よ!」と責めるように声を上げられてしまう。



「七海さんは良くて、私は駄目って言うの!」

「……まぁ、そうですかね」



 皐月と比べてしまってはいけないのかもしれないが、どうしても彼女と比較してしまう。確かに皐月の行動は人によっては迷惑だと、気持ち悪いと思われかねないのだが、ちゃんと言えば彼女は止めてくれる。と、説明してもきっと胡桃には伝わらないだろうことは想像できた。


 皐月の名前を出すだけで彼女への敵意をみせるので、迂闊に出すことはできない。出さなくても胡桃が名前を挙げるのだが、それを指摘することはやめておく。


 廊下を早足で歩くけれどそれに着いてくるものだからまだ胡桃は話し足りないらしい。皐月は良いのだと言われたことが気に食わないのかまだどうしてだと聞いてくる。そこが皐月とは違うと言ったばかりではないだろうかと呆れてしまう。



「あの、本当にどうしたのでしょうか?」

「どうしたってそれはその……」

「なにーどうしたのー?」



 ひょっこりと背後から皐月が顔を覗かせた。彼女が現れたとたんに胡桃はじろりと睨みだす。睨まれても皐月には効果は無いようで「どうしたのー?」と聞いてきた。なので、「急に三島さんが話しかけてきただけですよ」と返すと、少し考える素振りをみせから皐月があぁと手を叩く。



「もうすぐ夏休みだから恋人がほしいとかー?」



 夏っていえば海だったり祭だったり思い出作れるもんねと皐月が言うと、胡桃は少しばかり目を泳がせた。なんとも分かりやすいなと天城はその様子を眺める。皐月はというと、「焦るよねー」となんとも他人事だ。



「三島さん、天城くんと距離を縮められてないしー。今から頑張らないとって焦っちゃうよね」

「そんなんじゃない! だいたい、アナタってどうしてそう遠慮がないの? 迷惑とかって気にしてないわけ?」

「うーん、まぁ、最初は距離感間違えちゃったなーって思ったよ」

「あぁ、その自覚はあったんですか」



 天城の問いに皐月はうんと頷いた、あれは間違えた自覚はあったらしい。けれど、このまま勢いでやってみようという結論にいたったということだった。とはいえ、天城の迷惑にはなりたくないのでやめてくれと言われたことは止めていたと。



「でも、天城くんは受け止めてくれてるからなぁ」

「自分でもどうしてでしょうかね。まぁ、皐月さんはいいかなと」



 これは不思議なのだが皐月と一緒に居るのは悪くなかった。彼女の底抜けに明るいところや雰囲気というのが自分にとって居心地が良いのかもしれない。そう天城は結論付けているのだがやはり不思議だった。


 二人の会話に胡桃は悔しそうに唇を噛んでいた。なんとも恨めしげに睨んでくるものだから天城は身体を引かせる。



「三島さんだってさー、天城くんが面倒くさがってるの分からないの?」

「はぁ! 人の事言える立場なわけ?」

「えー! あたしが言っちゃいけない理由はないでしょ!」



 自分は言って良くて他人はよくないとか自己中心的すぎるよと皐月は声を上げる。それはそうだなと天城も相槌を打つと、胡桃は言い返すに言い返せないようで言葉を詰まらせていた。



「三島さんも人の事言えないよー。ちょっとは天城くんのこと考えたら?」

「あんたに言われたくないんだけど!」

「あたしはちゃんと天城くんにやめてくれって言われたらやめてるもーん」



 ねーと笑む皐月の態度に胡桃はまた噛みつくけれど、彼女には全く効果がない。右から左に受け流しては、あっけらかんとしていてメンタルの強さを見せつけていた。何を言っても駄目なのだと理解したのか、胡桃は「もういい!」と走って教室へと入ってしまった。


 やっと解放されたなと天城が皐月を見遣れば、なんでといったふうに不思議そうに首を傾げていた。



「まだ話の途中だったと思うんだけどなー」

「貴女、メンタル強いですよね」

「そうかなー?」

「自殺を考えていたようには見えませんね」

「あの時はねー、天城くんがいなかったし。生きていても楽しくなかったからね」



 これは言うべきではなかったなと天城は少しばかり後悔する。何せ、皐月の表情が寂しげだったから。触れてはいけない部分だったと気づいた時には遅く。けれど、皐月はまたいつもように明るく笑んだ。



「早く教室に入ろー」

「腕を引っ張らなくても大丈夫ですよ」

「いいじゃーん」



 腕を掴んで小走りになる皐月はなんとも楽しげで、天城は仕方ないかと彼女に引っ張られながら教室へと入っていった。



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