第13話 夢を見るのも悪くはないかもしれない


「無事! 乗り切った!」

「良かったですね」



 皐月は安堵した様子で背伸びをしている。今日、無事に期末考査の全ての答案用紙が返却された。喜んでいる理由は彼女は全ての教科で赤点を免れていたからだ。天城は言わずもなが、そんな点数は取っていない。


 数学に関しては危うかったものの、天城がしっかりと教えたこともあってなんとか及第点は取れている。教えていなければ赤点まっしぐらだっただろう。


 皐月は「これで補習は回避できるー」と安堵したように机に寝そべった。補習は回避できたけれど、この調子ではまた赤点から逃れなられないのではと少しだけ心配になった。



「今回は良いですけど、次のためのことも考えましょうね」



 なので、助言をしておいた。天城の言葉の意味を理解したのか、皐月はむーっと眉を寄せる。今は先のことを考えたくはないようだけれど、夏休みが終わればすぐに学力テストがあるのを忘れてはいけない。


 学力テストの次は中間考査だ。この短い期間で行われるので生徒からは不評だったりする。天城も面倒だなとは思いながらも、テストはテストなので仕方なく受けていた。



「天城くん、学年順位で上だったね」

「上位陣には敵いませんが、まぁ上の方でしたね」

「すごいなぁ」

「人には得意不得意というのがありますから」



 天城は勉強が嫌いではない、何かを覚えるというのは好きな部類だ。だから、なんの苦もなく勉強ができているのだが、それが皐月には理解できないようだった。これをどう説明すればいいのが分からないので、天城はただ「嫌いじゃないので」と言っておく。


 成績は上位陣よりは下、中間よりは上をいつもキープしていた。この順位を保つのは簡単だと言えば、何を言っているのだといったふうに皐月に見つめられてしまった。



「私が少し得意だっただけですよ」

「あたしは不得意だよ」

「点数見ればわかります」

「天城くんは大学に行くの?」

「まぁ、行く予定ですが」



 勉強得意なら行くよねと皐月は納得したように呟く。勉強が得意でなくとも行く人は行くと思うのだがと天城は思ったが、大学へのイメージというのが彼女にとっては「もっとたくさんのことを勉強する場所」というもののようだ。


 それは別に間違っていないのだが、皐月はそれは勉強が得意な人がもっと知識をつけたいから行くものだと思っているらしい。



「あたしも大学行こうかなぁ」

「ちなみに何処とかあるのですか?」

「天城くんと一緒がいい」

「……なるほど」



 予想通りの回答に天城は小さく笑う、皐月ならそう答えるだろうと思っていたから。受験しようとしていた大学をいくつか思い浮かべて、皐月が行けそうな学校があるのか考えてみた。



「……もっと勉強しないと無理かもしれませんね」

「そんな難しい大学に行くの!」

「まぁ、それなりに」

「天城くん、あたしに合わせよ?」

「俺と貴女は付き合っていませんが?」

「えー」



 ぶーっと不満げに皐月は口を尖らせる。恋人ならば考えなくもないけれど、そうではない。ただ、彼女のことだからもし大学に行くのならば、意地でも同じ学校を狙うだろうなと思った。


 どうしてそんなことを聞いてきたのだろうと考えて、そういえば進路調査があったなと思いつく。簡単な内容で、なりたい職業と受けたい学校を配られた用紙に記載するものだ。職業に関しては絶対に書かなければならないというわけではないが、受けたい学校に関してはなるべく書かねばならなかった。


 どうやら皐月はまだその進路調査表を提出していないようだ。確か、明日までの期日ではなかっただろうか、天城は呆れたように彼女を見つめる。



「貴女、俺の進路を聞いてから出すつもりだったでしょう」

「そうだよー。だって一緒がいいもん」

「無理なこともあるのですが?」

「そこは頑張る」

「貴女ね……」

「とりあえず、教えーて?」



 無理だとか関係なく教えてほしいと皐月に言われて、仕方がないと第三希望までの大学名を伝えた。それを彼女は進路調査表に記入していくが、おそらく担任教師は頭を抱えるだろう。


 担任教師に少しばかり同情しながら皐月を見れば、彼女は書き上げて「やっと出せるー」と笑っていた。



「天城くんはなりたい職業とかある?」

「それは現実的なものですか、夢願望的な意味ですか?」

「どっちでもいいけど、強いて言うなら夢願望かなぁ」



 天城くんの夢が知りたいと皐月は問う。その瞳は期待するようなものではなくて、ただ知りたいとどんなものなのかなという興味の色をしていた。決してからかいたいからといったものではなかった。


 天城は何かあっただろうかと考える。夢願望など高校に入ってからは考えてもいなかった。小学生の頃ぐらいならまだあったかもしれないなと過去へと遡っていく。



「……作家」



 ふと、思い出した、小学生の頃の夢を。



「そういえば、小学校の時は作家になりたかったですね」

「今は違うの?」



 皐月の問いに天城はどうだろうかとなんとも言えない表情をみせた。夢を語るのは簡単だが、叶えようとするのはとても大変なことだ。特に作家などといった類のものはそうなれるものではない。


 才能だけでは足りず、努力だけでも足りず、運だけでも足りない。どれもが噛み合うことによって夢というのは叶うのだと天城は思っている。だから、自分には無理だろうなと。



「そう簡単なものではないですから」

「そうかもしれないけど、やってみないことには分からないよ?」



 何もしていないうちから駄目だ無理だと思っていては叶うものも叶わない。追いかけてみないことには掴めるかどうか分からないのだ。皐月は言う、「夢ってそういうものじゃん」と。



「あたしは天城くんのお嫁さんが夢だけど」

「それ、夢なんですね」

「うん。だから諦めないで追いかけてる。だってできるかどうかはやってみないことには誰にも分からないし」



 誰にもその人の未来は分からない。だから、人生というのは辛いし時に楽しいもので、夢だって追いかけてみないと分からない。もちろん、辛くなって足を止めたくなることもあるだろうけれど、そういう時は一度休憩してみればいい。それでも掴みたいと思えばまた走ればいいのだと皐月は笑む。



「天城くんは今、休憩中なんだよ」

「なるほど?」



 皐月は「夢ってあるだけでちょっと楽しいよ」と言う。楽しいことばかりが夢ではないけれど、それでもあるのとないのとでは違うらしい。「叶うかどうかも分からないのにですか」と天城が問えば、彼女は「それでもだよ」と答えた。



「あたしは夢があるから今、生きてるんだよ」



 天城くんとずっと一緒にいたっていう夢があるからこうして生きている。迷いなくはっきりと告げる皐月の表情は晴れわたった太陽のようで、自分には勿体無く感じた。


 好きな人のお嫁さんになりたい、子供っぽい夢ではあるけれど皐月にとっては生きる糧になっている。それを否定する気にはなれないけれど、叶うか分からないものを追いかけ続けることができるのか気になった。



「……苦難でも貴女は夢を追いかけるのですか?」

「追いかけるよー」

「笑われても?」

「笑いたい人には笑わせとけばいいんだよ」



 笑いたいやつは笑えばいいと皐月は気にした様子もなく言ってのけた。それがまた彼女らしく見えて天城には眩しかった。



「天城くんの書いた小説読んでみたいなー」

「書くだなんて言ってませんが?」

「知ってるー。でも、読みたいなぁって思った」



 どんな物語なんだろうと想像を膨らませる皐月に何を言っても無駄だなと察する。まだ付き合いは短いがこういう時の彼女は自分の意思を曲げない。だからといって嫌だとは感じなかったので天城は好きにさせることにした。


 なんとも自分らしくないような気がした、少し前ならしないようなと。皐月と関わるようになってから甘くなったのかもしれないなと天城は心境の変化に驚く。



「天城くん天城くん」

「なんでしょうか」



 そんな天城の様子など気づいていない皐月はいつものように名前を呼んだ。何かを質問する時の決まった呼び方で。



「もし書いたらあたしに読ませてね?」

「書くだなんて言ってないでしょうに」

「それでもだよ」



 皐月は「書きたくなるかもしれないじゃん」とあるかもわからないことをお願いしてきた。絶対に無いというのはないと彼女は言うのだ。自信持って言うものだから、そうかもしれないなと少しばかり思ってしまった天城は苦笑する。



「あたしは夢を追いかけてるの楽しいよー。天城くんと一緒にいられるからね」



 などと嬉しそうに楽しそうに言うものだから、少しだけそう少しだけ夢を持つのも悪くないのかもしれないと思ってしまった。



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