第12話 寄り道もたまには良い


 七月に入ってから夏を本格的に迎えたのか、日暮れ少し前だというのに暑さはなかなか引かない。八月などに入ったらこれ以上、暑くなるのかと考えると外出は控えたい。そんな暑さの中、天城は皐月と共に下校していた。


 皐月と天城は電車通学だ。とは言ってもそれほど遠くはなくて、皐月が二駅、天城は一駅だった。路線も同じなので一緒に電車に乗って少し話してから別れるというのが最近の日課となっている。


 もう皐月と共に帰るというのが習慣となってしまっていた。龍二とも家が近所なので通学路は同じではあるのだが、彼は部活の助っ人や寄り道をしたりするので一緒に帰宅することはあまりない。


 皐月も天城も部活動に入っているわけではないのでいつも早めに下校する。急ぐでもなくのんびりと暑さに項垂れながら、他愛のない話をしながら駅へと向かう。


 学生の下校時間なので人が多いのは仕方ないのだが、それにしたって人の波で溢れていた。何かあったのだろうかと思えば、近くにいた学生たちが文句を垂れる。



「事故だってよ、事故」

「なんか踏切を渡ろうとした車同士が線路内で衝突したらしいよ」

「一時間? 遅延とか最悪すぎる」



 それと同時に遅延のアナウンスが駅構内に響いた。彼らの言う通り、踏切を渡ろうとした車同士が線路上で衝突事故を起こしてしまったらしい。その処理が長引いてしまったようで約一時間の遅れが出ているようだ。


 これは面倒なことになったなと天城は思った。さっさと帰ってしまいたいというのに一時間も待ちぼうけをくらうのだ。彼らのように文句を垂れたくなる気持ちもわからなくはない。


 親に迎えにきてもらう子も少なくはないようだった。電話をしている学生や、スマートフォンをいじっておそらくSNS経由で連絡を取り合っている人もいた。天城もそうできたらよかったのだが、両親は共働きで時間を見るにまだ帰宅はしていない。


 一駅ぐらいならばとバスで帰ろうかとも考えたが考えることは皆同じで、バス停を覗いてみると長蛇の列ができていた。タクシー待ちの人も窺えて、待つことには変わらず、なら電車を待つ方が良いだろうと天城は結論を出す。


 皐月はどうするのだろうかと見遣れば、彼女は特に何かするでもなく人混みを眺めていた。



「一時間待ちみたいですが、貴女がどうしますか?」

「うーん、今日はお母さん、親戚の集まりに行ってて帰ってくるの遅いんだよねぇ」



 迎えは期待できないらしく、皐月も電車を待つしかないようだ。こればっかりは仕方ないと彼女は特に気にしてないようだ。面倒くさそうだったり、苛立っていたりなどそんな様子は見せなかった。


 気が長いタイプなのだろうかとそんなことを思いながら天城は何処か座れる場所がないかと見渡す。けれど、駅構内の人混みの多さにそんな良い場所があるわけもない。


 ホーム内もきっと人で溢れているのだろうことを考えると、一時間もそんな場所にはいたくはない。さて、どうしようかと天城が考えていると、皐月が「あっ!」っと声を出した。



「天城くん、天城くん」

「なんでしょうか」

「どーせ待つなら寄り道していこうよ!」

「……はい?」



 皐月は返事を待たずに腕を掴んでずいずいと駅を出る。そのまま表通りに出るとすぐ側の商業ビルへと入っていく。このビルの上階にはレストラン街があって、ファストフード店も入っているので学生が寄っていくことも多い。


 慣れた様子でエレベーターに乗ってレストラン街まで向かうと、いくつかのファストフード店が並ぶエリアへと向かった。



「天城くん、何食べたい?」

「勝手に連れてこられた身なんですが?」

「いいじゃん、どうせ一時間経っても人の多さで電車なんて乗れないよ」



 皐月は「寄り道しよう、寄り道」と天城の腕に手を回して言うので拒否権というのはないらしい。それを見て「好きにしてください」と返せば、彼女は「やったー」と嬉しそうに笑ってハンバーガーショップへと入っていった。


 人間、考えることは一緒なので電車の時間まで暇を潰そうとする人でファストフード店は人が多かったが、それでも席があったのは幸運だろう。天城は椅子に腰を下ろして小さく息を吐いた。



「わーい、天城くんと寄り道できたー」

「寄り道というよりは時間潰しじゃないでしょうか」

「細かいことはいいんだよ! 寄り道ってことにしとけばいいの!」

「そうですか……楽しそうですね、貴女」

「楽しいよ?」



 もぐもぐとチーズバーガーを食べながら皐月は答える。この中途半端な時間にセットメニューを注文したけれど夕飯は入るのだろうか。そんな疑問を天城はなんでもないように食べ進める彼女の様子を眺めながら思う。


 天城は飲み物とポテトだけ頼んだが、「それだけでいいの?」と皐月に心配されてしまった。それほど小腹が空いていたわけでもないので問題ないと返しておく。



「デートみたいで楽しいー」

「そうですか」

「天城くんってこういう場所よりもカフェとかに居そう」

「まぁ、どちらかと言えばカフェや喫茶店を選びますね」



 別にファストフード店が苦手なわけではない。ただ自分は落ち着いた雰囲気を望むだけでこだわりがあるわけではなかったと答えれば、皐月に「天城くんっぽい」と返される。


 何が「天城くんっぽい」のかはよく分からないけれど、皐月が納得していたので彼女からしたらそうなのだろう。


 ポテトを摘んで口に運ぶ、そういえばこういったのを食べるのは久しぶりだなと天城はふと思い出す。ジャンクフードの類が嫌いなわけではないけれど、自分から好んでは食べないので少し新鮮だった。


 などとそんなことを考えていれば、皐月にじっと見つめられていた。だから、「どうしましたか」と聞いてみる。



「天城くんの食べているポテトになりたい」

「……貴女のそれ、何でしょうかね」

「好きなヒトの糧になりたいという願望?」

「だからと言って食べられたいは無いかと」

「あたし的にはありだよ?」

「何処から突っ込めばいいのでしょうかね……」



 理解できないといったふうにしていれば皐月は不思議そうにしていた。不思議なのはこっちなのだがと天城は言いかけてやめる。彼女はきっと「糧になりいたい」ことを主張し続けるだろうから。


 またもぐもぐとチーズバーガーを食べ進める彼女はいつも以上に楽しそうだ。余程、一緒に寄り道できたことが嬉しいようで機嫌良さげににこにことしている。



「機嫌が良さそうで」

「天城くんと長く一緒にいられているからね!」

「そうですか」

「でも、たまにはこうやって寄り道するの良いと思うよ?」



 一緒にご飯を食べて、他愛ないことを喋って、そうやってなんでもない時間を過ごすのも悪くはない。皐月の言葉に天城は考えてみると、彼女とこうして話をするのは嫌いではなかった。


 昼食を一緒に食べているし、皐月の話が面白いわけでもないのだが、いつもと違っているように感じる。場所と雰囲気が違うからなのかもしれないが、悪くはないなと彼女と同じようなことを思ってしまった。


 そこまで考えて天城は皐月を見遣れば彼女はにこっと笑みを見せていた。それはまるで考えを読み取ったようで。



「良いでしょ?」

「……まぁ、悪くはないですが」

「あたしは天城くんと長く一緒にいられるなら、何処にだって寄り道してもいいけどね!」


「寄り道する時間があったら家でテスト勉強しましょうね」

「うわーん、天城くん思い出させないでよー」



 その一言に皐月がテーブルに突っ伏す。期末考査はもう目と鼻の先で、現実逃避をしてもテストからは逃げられないのだが、それでも彼女は嫌なのか文句を垂れていた。


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