夏―キミと過ごし
第11話 期末考査は待ってはくれない
六月の終わり、梅雨のじめっとした湿気と夏に近づく暑さが身に染みる中、天城はペットボトルのお茶を飲んでいた。教室内はクーラーが効いており、とても快適に過ごせている。
そんな涼しい中、目の前でぐてっと机に突っ伏している皐月を天城は声をかけるでもなく眺めていた。
中間考査が終わったかと思えば、すぐに期末考査が行われる。一学期の終業式前、七月の上旬に一気に行われることになっているのでまだ少しだけ時間に猶予がある。
あるというのに皐月の落ち込みようには訳があった。
「中間考査、数学ギリ赤点でした!」
「そうでしたね」
「期末、赤点取ったら夏休み補習確定!」
「そうなってますね」
「嫌だぁぁぁ!」
じたばたと皐月は足を動かす。嫌だと言われても勉強ができていないのなら仕方ないことだ。と、指摘すれば、彼女はむむっと眉を寄せる。何か反論したかったのかもしれないが、勉強ができてないので言い返せなかったようだ。
むーっと黙ったまま、皐月が見つめてくるが気にも留めずに天城はお茶を飲む。
「夏休みは天城くんと遊ぶんだ」
「それ、まだ約束してませんよね?」
「遊ぼうよー」
皐月はきらきらとした瞳を向けながら言う。それはそれは期待した眼差しに天城は数度、瞬きをして息を吐いた。
「遊ぶとして、何をするんですか」
「あー、お出かけとか? あと、お祭り! お祭り行こうよ!」
「祭りですか」
「だめ?」
皐月に「祭りとか苦手?」と問われて、天城は「別に」と返す。祭りの雰囲気というのは嫌いではない。あの賑やかな感じも、楽しげな様子も見ている分には面白いものだ。
「なら行こうよー!」
「そうですね……」
わくわくと返事を待っている皐月の様子に天城はくすりと笑う。なんだが、子供っぽいという言い方は悪いが、そう見えてしまったのだ。
皐月と一緒に行っても別に構わないかなと天城は思った。夏休みに大事な予定があるわけでもない。出された課題をやって、涼しい部屋で本を読んでいるぐらいだ。
「まぁ、構いませんが」
「やったー!」
「でも先に期末考査でしょう」
遊びたいとは言うけれど、テストは待ってはくれない。流石に補習までは付き合わないと言えばまた皐月がぐでっと項垂れる。
中間考査は五教科で良いが、期末考査だと他の教科も合わさってくる。覚えなくては勉強しなくてはならない項目も増えるので難しいものだ。
「数学以外はなんとかなるはず……」
「まぁ。保健体育や音楽といったものはほとんど暗記ですからね」
「記憶力には自信があるからそこはいいんだけどー、計算がー」
「頭を使うのが苦手だと」
「天城くんから教えてもらったところはできてるよ」
皐月が言うには天城に教えてもらったところはちゃんとできているらしい。それ以外はほとんどできていない。ちゃんと授業は聞いてるし、ノートもとっていると彼女は言う。
そういえば、皐月は物覚えだけは良かったなと思い出す。ちゃんとしっかりと教えさえすれば、彼女はできるのだ。必要なのはやる気と彼女に合わせて教えてくれる存在。そこまで考えて天城は気づいたのか、皐月の方を見遣る。
「……なんですか、その目は」
「教えてほしいなーって」
じぃっと見つめながら頼んでくる皐月に天城はこうなるだろうなと息を一つ吐く。断ってもいいのだが自分も期末考査のための勉強はするので、そのついでだと思えば教えられなくもない。
「仕方ありませんね」
「わーい! 天城くん優しいー!」
「その代わりちゃんと覚えてくださいね」
「もちろんだよ!」
皐月は「絶対に赤点免れるから!」とやる気に満ちた返事をする。やる気だけはあるようだった。やる気だけでは駄目なのだがと天城は思うも突っ込まず、「まぁ頑張ってください」とだけ返しておいた。
***
私立桜園高等学校の側には図書館がある。地域の人たちや勉強をしにきた学生たちが利用をしているそんな図書館に天城はいた。参考書と睨めっこしている皐月と机に突っ伏している龍二が目の前にいるのだが。
「わっかんねぇよぉ」
「難しいぃぃ」
「皐月さんは良いとして、龍二は頑張りなさい」
「なんで!」
「貴方、自分で泣きついてきたんでしょうが」
天城は皐月に勉強を教えるために放課後、図書館に行こうとしていた。そこに龍二が現れて「オレにも教えて!」と泣きついてきたのだ。何せ、彼も中間考査の数学で赤点を取っていた。
夏休みに嫌いな数学の補習など受けたくはない、その一心で龍二は天城に頼み込んできた。天城は面倒であったのだが、皐月が「いいんじゃない?」と言ったものだから仕方なく彼にも教えることに。
しかし、参考書の問題を見て数分でこの様となる。天城は分かっていたけれど、こうも早いと教えるのも大変だと二人を見た。
「ここの式は先週、習ったところですよ」
「そうだっけ?」
「そうだったかも?」
「二人ともちゃんと授業は聞きましょう」
そこでシンクロしないでもらいたい。天城は呆れながらノートに数式を書きながら二人に説明する。なるべく、そうなるべく分かりやすく、子供に教えるように。
二人はそれをふむふむと聞きながら参考書の式と交互に見遣る。一応はやる気みたいなので、天城は彼らに合わせながら教えた。
「これってこれでいいわけ?」
「なんで、割ってるんですか。そこは2乗でしょうが」
「ここはこうだよね!」
「皐月さん、掛け算って知ってますか?」
「知ってるよ! 5×2は10なんだよ!」
「……7の段って言えます?」
「…………」
頭が痛む、天城は額を押さえた。皐月は掛け算が怪しい、龍二に至ってはなぜか違う式に変えてしまう。皐月の方はまだいい、一応は式の形にしようとしているし、ちゃんと教えさえすればできる。掛け算が怪しいが彼女は物覚えが良いので覚えようと思えば覚えられるはずだ。
問題は龍二だ。教えたはずの式をちゃんと理解していないのでおかしなことになっている。単純な計算も間違っていてまず足し算引き算からやり直したいぐらいの酷さだ。二人の現状に天城は自分の手には負えない気がして頭を悩ませる。
「あ、この式の括弧内って顔文字っぽいよね!」
「七海っちそれわかるー」
「……二人ともちゃんとしないと見捨てますよ」
「ごめんなさい」
「すみませんでした」
しゅんっと途端に肩を落とす二人に天城は息をついてもう一度、式を書き込みながら説明する。何処が分からなかったのかを聞きながらこうやって解くのだと教えた。
二度、三度と同じ式の解き方を教えると二人は理解してきたのか、参考書の問題を解けるようになっていった。それを見て天城は思う、何度も教えるというのは大事なのだなと。
「また、新しい公式ができるこうなると……」
「間違ってたかー」
「何処だよ」
「全部ですよ、全部」
これで二人は授業をあまり聞いていないというのがよく分かった。また、何度も教えるしかないなと天城はまたノートに式を書いた。これは暫く教えこまないといけないだろうと思いながら。
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