第10話 メンタル鋼だな、この人は


 朝、天城が教室に入ってみれば皐月の机を囲むように女子生徒が三人いた。彼女たちは皐月と何やら話しているようだった。


 天城の席にはみ出すように立っているので邪魔だなと思いながらも、少しばかり気になったので様子を窺ってみることにする。



「あのさ、迷惑なことしてるって自覚ないの?」

「それを誰が決めるの? 天城くんでしょ、三島さんじゃないじゃーん」



 どうやら自分のことを話しているらしいと天城は気づいた。よくよく聞いて見てみれば話の中心に立っているのは三島胡桃だった。彼女は「アナタ、馬鹿なの?」と皐月に言っていた。


 普通の人間ならば迷惑行為だと気づくはずだと胡桃は主張する。四六時中ひっついていて、付き合ってもいないのにお弁当まで作ってきて、勝手に彼女面をする。そんなものが迷惑でないわけがないと。


 それは確かに迷惑だと思うかもしれないなと天城は思った。けれど、皐月は別に彼女面はしていないし、四六時中引っ付いてはいない。お弁当に関しては天城が好きにしてくださいと許可を出している。


 見る人からすればそう見えて思ってしまうのだろうなと胡桃の言動に納得はするも、許可を出したのは自分なのだがなと思う。



「柳楽くんは優しいから言わないだけで、迷惑だと思ってるわよ」



 そうよ、そうよと他二人の女子が同意する。これはいけないなと天城は眉を寄せる。何せ、胡桃は天城の気持ちを代弁するように言っているからだ。自分の気持ちなど彼女が知れるわけがないというのに。勝手に名前を使われて天城は不愉快に感じた。



「天城くんが言ってるわけじゃないでしょ、それ」

「優しいから言わないだけだって言ってるじゃない!」


「天城くんは迷惑なら迷惑だってあたしにはっきりと言ってくれるから言わないのはおかしいんだよ」



 皐月の反論に苛立ったように胡桃は机を叩いた。それに皐月が驚いてのけぞれば、「いい加減にしなさい!」と声を荒げる。



「アナタって本当に空気が読めないのね。自分がやっていることが迷惑だって……」

「俺は別に思っていませんが」



 その声に振り返って胡桃は目を丸くさせ、女子生徒二人は顔を見合わせている。



「いや、まぁ……一般的に言えば迷惑だと思われるかもしれませんけどね、皐月さんの行動は」


「そ、そうでしょ!」

「それは否定しませんが、俺はそう思っていないので」



 皐月は少々、強引なところがある。お弁当を作りたいと言った時も、席替えの時も。けれど、それだけだった。


 何度も言っているが、天城が迷惑だと伝えたことは大人しく従い、その行動をしなくなる。だから、天城は今のところは迷惑だと思ってはいなかった。


 なんというか、自分の想いに忠実というか、好きだと思ったら一直線なところが皐月にはあって、それは決して悪いわけではない。暴走するのはよくないけれど、そうでないのなら咎める必要はない。



「あの、それよりも三島さん」

「な、なに?」

「勝手に私の気持ちを代弁しているかのように名前を出すのやめてくれませんかね」



 本人から直接、聞いたわけでもないのにあたかもそうであるように言いふらすのは如何なものか。そう天城が指摘すれば、「だって、普通は迷惑じゃ」と胡桃は返す。


 その通りかもしれないけれど、迷惑だと思うかはされた本人だけだ。他者が勝手に決めつけて良いものではないと天城は冷静にけれど叱るように注意する。



「俺は勝手に名前を出されたことが迷惑です」

「でも……」


「何度も言いますが、迷惑だと思ってはいません。思っていたら本人に直接言いますよ、子供じゃないんですから。あと、こうやって机を囲まれては邪魔なのですが?」



 貴女の行動こそ迷惑でしょうと冷たく言えば、胡桃は何も言い返せずに唇を噛み締めて皐月を睨みつけた。二人の女子生徒は形勢逆転したのを感じてか、胡桃に「行こう」と言って彼女の腕を引いた。


 二人に腕を引かれながら胡桃は席へと戻っていく。その背を見送ると天城は溜息を零しながら席についた。



「天城くんおはよー」

「おはようございます」

「ごめんね?」

「別に構いませんよ」



 天城の返事に皐月は「迷惑かけちゃったな」としょんぼりとする。別に構わないって言っているのだがなと天城は思うのだが、彼女は気にしているようだった。



「あたしの行動目立つもんなぁ」

「自覚あるなら自重しましょうね」

「むりー」

「でしょうね」



 好きな人の前だとどうしてもテンションが高くなってしまうらしい。それでも大人しくと言われたことは守ろうと努力はしていると皐月は話す。現に大きな声で話すことは無くなったし、告白も人前ではしなくなっていた。


 天城が行くところ行くところにひっついているわけではない。突然、現れることはあるけれど、それだけだ。



「女の嫉妬は面倒くさいね!」

「それ、女性の貴女が言いますか」

「だってそう思ったんだもーん」

「貴女、言われた側ですけど傷つかないのですか?」

「いや、特に?」



 女子に囲まれるというのは圧が凄いのではないだろうか。それが嫉妬や蹴落とそうとしているものであるのならば尚更に。それでも皐月は気にしている様子はない。


 陰口を叩かれているのは知っているらしい。いじめらしいいじめがないのは皐月の性格上、効果がないのを察したのではないだろうと。



「いじめられた経験が?」

「ないけど?」

「気づいていないだけでは」

「それはあるかも〜。でも、特に気にしないしなぁ。今は天城くんと一緒にいられるしぃ」



 天城くんがいれば他は別にどうでもいいと、皐月は胡桃たちに囲まれたことをもう何とも思っていない様子だった。



「貴女、メンタル強くありませんか」

「そうかなぁ?」

「十分に強いですよ」

「別に誰に何を言われてもあたしはあたしだからねぇ」



 何を偉そうに言われてもあっそうとしか思わないのだと皐月は笑う。今も胡桃が睨みつけているのだが、それに気づきながらも無視していた。胡桃など眼中にないようだ。


 ライバルに値しないと言っていた通りに視界にすら入っていない。なんと精神が強いのだろうかと天城は思う、彼女はメンタルが鋼だなと。



「天城くん天城くん」

「なんでしょうか」

「お弁当作ってきてもいいよね?」

「貴女が作りたいのならどうぞ」

「一緒にお昼は?」

「迷惑かけなければ構いませんよ」



 確認をとって皐月はにへっと満足げに笑う。その笑顔がやけに輝いて見えて、天城は目を細めた。



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