第9話 そんな人はライバルに値しないらしい


 いつものように教室で本を読む。クラスメイトたちの話し声など天城の耳には入っておらず、物語に浸りながら文字を読み込んでいく。暫くしてふと隣を見遣るといつもじっと眺めている皐月がいなくなっていた。


 何処か行ったのか。天城は少しだけ気になったものの、それをどうこうするわけでもなく時計を確認して本を閉じた。次の授業の教科書とノートを取り出す。



「あの、柳楽くん」



 呼ばれた声に顔を上げれば明るい茶髪に染められたウェーブがかった髪が目に止まる。肩で切り揃えらている髪型は可愛らしい小顔に似合っていた。


 女子生徒、クラスメイトだったか。名前は三島胡桃、だったはず。あまり他人に興味がない天城の記憶は曖昧だ。胡桃はもじもじとしながら少しばかり顔を赤らめている。



「なんでしょうか、三島さん」

「あ、あの……お昼って暇かな?」



 胡桃の「一緒にお昼食べない?」という誘いに天城は目を細める。それはどういった意味での誘いなのだろうか。ただ交友を深めたいだけか、それとも他意があるのか、どちらにしろ天城には興味がなかった。



「お昼は皐月さんと一緒なんですよ」



 だから、本当のことだけを伝えた。お昼は皐月と一緒に食べているのだから今日もそうなる、彼女は必ずお弁当を作っているからだ。それを聞いた胡桃は悲しげな、諦めきれないような、そんな表情を見せていた。



「柳楽くんは七海さんと付き合っているの?」

「付き合ってはいませんね」

「じゃあ、どうしてそんなに仲が良いの?」



 確かに天城は女性とあまり話をしないが皐月とは普通に話もして、昼食をとって、一緒に帰っている。そんな姿を見れば仲が良いと、付き合っていると思われても無理はなかった。


 皐月が天城を好きだから傍に居るのだ。そうでなければ付き合いなどなかったと天城は思っている。自分から彼女に話すことはないと自信を持って言えた。けれど、皐月を受け入れつつある自分がいてなんだか笑いそうになった。



「どうしてでしょうね?」



 別に言う必要もないかとそう返事をしてみれば、胡桃は不満げでまだ諦めきれないらしい。


 胡桃は「私とは食べれないのに、七海さんとは食べれるの」と問う。それに面倒な女性だなと天城は眉を寄せた。彼女は言うのだ、七海さんが一緒に食べないって言えば私と食べてくれるのかと。


 女性というのは本当に面倒臭い。男性も面倒臭いのだが、どちらも別の次元だ。男性がじめじめとしているのならば、女性はねちっこいだろうか。どちらにしろ相手にしたくない部類だった。



「残念ながら皐月さんが食べないというのなら、俺は一人で食べますよ」



 天城は「貴女とは食べません」ときっぱりと言い切る。その答えに胡桃は泣きそうな顔をして何も言わずに離れていった。少し離れた先で女子生徒が睨んできているけれどそんなものは気にしない。


 面倒な人に好かれたものだなと溜息を溢せば、「どうしたのー?」と皐月が顔を覗かせてきた。



「何かあったの、天城くん?」

「別に何もありませんよ」

「そう?」



 皐月の「なんか面倒くさげだったけど」という指摘に天城は「そうですね」と頷くしかない。本当に面倒なことだったからだ。


 それ以上、何も答えなければ皐月は特に深く聞いてくることはしなかった。「大変だね」と笑って教科書を取り出している。そういう空気を読むところは嫌いではない。


 彼女と一緒にいて楽だと思うのはそこだった。しつこいくらいに猛アタックしてくるけれど言いたくないことには深く突っ込んではこない。適当にあしらっても、相槌を打っても不機嫌なることはないし、怒ることもない。そんな性格は嫌いじゃなかった。



「今日のお昼は何処で食べようかー」

「何処でも良いですよ」

「えー、じゃあ教室かなー」



 人少なくて良いからと皐月は提案する。昼時は食堂やテラス、中庭などに行く生徒が多いので教室は人が少ない。天城もあまり人が多い場所は好きではないのでその提案は悪くなかった。


 だから「構いませんよ」と答えると、皐月は嬉しそうに微笑んだ。



「やったー、一緒にご飯食べられるー」



 どうやら皐月はこうやって毎回、一緒に昼食をとれるか確認しているらしい。食べられると知ると毎回、喜ぶのだ。本当に飽きないなと天城は不思議でならないのだが、本人が喜んでいるのを邪魔することはしなかった。


          ***


「聞いて聞いてよー」

「なんでしょうか」

「どったの、七海っち」



 昼休み、いつものように机を引っ付けて天城は皐月と向かい合わせになるように座る。その隣にはこれまた椅子を引っ張ってきて購買から買ってきた菓子パンを何個か机に置く龍二がいた。


 最近はよく龍二も昼食を共にするのだが彼曰く、「カップルの邪魔してる」らしい。邪魔をすると言いつつ、相手の話はちゃんと聞いているし、それらしいことはしていない。そう指摘してみると「二人っきりを邪魔してるからいいの」と返された。


 皐月は特に気にしている様子もない。龍二がやってきてたら、「速水くん、毎日パンだよねー」と笑って迎えている。


 話を戻して、龍二が「また風紀委員長?」と問うと、「今回は違うよー」と皐月は答えた。



「あのね、クラスの三島さん」



 三島胡桃の名前を聞いて天城はなんとなく嫌な予感がした。もちろん、その予感は的中する。



「なんかね、『柳楽君に近寄るのやめてくれない?』って言われた」


「はぁ……」

「『彼が迷惑しているの分からないの?』って」



 彼は優しいから直接言わないだけで迷惑していると胡桃から言われたらしい。それを聞いて天城は頭を痛めて、龍二はあらーっと声を漏らしている。



「それ、どうしたの、七海っち」

「え? 天城くんから言われたらやめるけど、三島さんは関係ないよね? って返した」



 天城が迷惑だ、やめてくれと言うのなら大人しくやめよう。好きな人の嫌がることを自分もしたくはない。けれど、赤の他人である三島に言われてもそれが天城の本心かどうか分からないのだから意味がない。


 天城は「それは周囲から見た生徒の助言かもしれないのでは」と言ってみるけれど、皐月に「違うかもしれないじゃん」と返された。



「あたしでも相手の言葉にこめられた意味ぐらい読めるよ?」



 親切心で「あまりしつこくするのはよくないよ」と言われるのと、邪な考えや自分勝手な感情がこめられた「やめたほうがいい」は言葉の発し方やニュアンスでなんとなく読めるらしい。


 表情にも出るらしく、「三島さんは顔に出てたね」と皐月は言った。



「三島さんは天城くんが好きなんだろうなー」

「……めんど……いえ、どうでしょう」

「今、面倒くさいって言おうとしただろ、天城」

「なんのことでしょうかね」

「そういうところだぞ、天城ー」



 冷たい塩対応だから女子から反感かうのだと龍二に注意される。そうかもしれないが、興味がないのだからどうしようもできない。



「七海っちにライバル現れたかー?」

「え、ライバルじゃないよ」

「どっしてよ?」

「天城くんの名前を使って離れさせようとしている人をライバルとは言わない」



 彼が言えないから私が言ってあげているといった、名前を使って離れさせようとするなど卑怯だ。自分の力で勝ち取る気のない人間など、ライバルだなんて思わないと皐月は言い切る。


 陰でこそこそとして、時に嫌がらせをしたりして、相手の気を惹かせたいからと嘘をつく。そんな人間に負けることなどないと皐月はむっと眉を寄せた。



「そんな人間はライバルに値しない」



 ライバルになりたいのなら正々堂々と立ち向かってこいと皐月は言って、お弁当のおかずを頬張った。


 なんとも強い女性だなと天城は思う。陰で何か言われているのを知っていて、相手が嘘をついているのを分かったうえでそれを言ってのけるのだから。



「だって天城くんは迷惑なら、迷惑だってあたしにちゃんと言ってくれるもーん」


「そうですね、相手に言いますね」

「天城は黙ってるとかそんな優しいことしねぇもんな」


「黙っていたらずっとやってくるでしょう。一言、伝えれば抵抗はした証明になりますし、しつこいようならそれを盾に誰かに相談できますからね」



 何も言わずにいれば、「何も言われなかったから」と相手の言い訳にされてしまう。そうならないようにちゃんと伝えるように天城はしている。


 今回も別に迷惑など思っていなかった。だから、天城は「迷惑ならこうして一緒にご飯は食べていませんね」と話す。



「だっよねぇ! 少しはあたしも好かれたかもしれない!」

「まぁ、嫌いではないですね」

「もっと! 頑張る!」

「三島ちゃんはどうするのー?」

「気にしない気にしない」



 龍二の問いに皐月は表情は全く気にしていない様子で返す。どうでもいいという言い方は悪いが、眼中にない様子に天城は強いなと思った。彼女は本当にライバルなどと思っていないのだから。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る