第8話 不思議と嫌いになれない


「また風紀委員長に言われたー」



 ぐでっと項垂れながら皐月はぼやく。どうやらまた化粧のことを言われたようだ。校則違反なのだから指摘されるのは仕方ないことだろう。そう天城が言えば、「他の子もやってるもーん」と頬を膨らませる。


 他の生徒がやっているから自分もやっていいというものではない。そう指摘したらきっとまたぶつぶつと文句を垂れるのだろうなと思って天城は口には出さなかった。


 お弁当を鞄から取り出して皐月は天城に渡す。それを受け取れば、嬉しそうににへっと彼女は笑う。さっきまで項垂れていたというのにこの変わりようだ。本当にテンションの高低差が激しい子だなと天城は思った。



「機嫌は治りましたか?」

「まだー」

「そうですか」

「天城くん~あたしに元気をちょーだい!」

「……何をしてあげればいいのですか」



 天城の返答に皐月は目を瞬かせている。そんな彼女に天城は「貴女が言い出したのでしょう」と返した。お弁当を食べさせてもらってばかりも悪いので、多少のことならば聞こうと天城はそう思っただけだった。


 皐月は目を開いて固まっている。それほど驚くことだっただろうかと天城がそんな様子を眺めていると、我に返った彼女が考える素振りをみせた。


 あんまりにも真剣に考えているのもだから、「それほど考えることでもないでしょう」と思わず口に出る。その言葉に皐月に「考えることだよ!」と返されてしまった。どうやら彼女からしたら重要なことのようだ。



「天城くん、天城くん」

「なんでしょうか」

「一緒に帰ってくれる?」



 悩ましげに考えて出た答えが一緒に帰えることだった。「それでいいのですか」と天城が問えば、「十分すぎるよ」と皐月は嬉しいそうに笑む。



「だって少しでも長く一緒にいれるんだもの!」



 そんなものなのだろうか、天城はそんなふうに彼女を見る。それでも嬉しそうにするのだから、不思議な女性だなと思う反面、悪くないなと感じている自分がいた。


          ***


「本当に一緒に帰ってくれるんだね」



 隣を歩く皐月は天城を見つめた。前を向かないと危ないと天城は注意するが彼女は視線を逸らさない。



「言ったことですからね」



 嘘はつかないと天城は答える。皐月は「そこが天城くんの良いところだよね」と、嬉しそうに腕を後ろに回した。


 嘘をついて何のメリットがあるのか。天城は嘘は面倒なことになるだけだと知っている。だからこそ、嘘はつかないし、つけない。



「そんなところが好きだよ」

「貴女はいろいろ好きなところがありますね」

「当然じゃないか。天城くんが大好きなのだから」



 いろいろなところが好きだよと、皐月は恥ずかしさなど感じさせずにはっきりと発言する。だからだろうか、嫌な気はしない。色恋が篭った照れや、恥じらいを感じさせる言葉はどうも苦手であるのだが、それを彼女は感じさせないのだ。



「本当にどうして好かれたのでしょうかね。ただ自殺を止めただけでしょうに」

「あたしを見てくれたからだよ!」

「それが分からないのですが……」

「天城くんにとってはなんでもないことだったかもしれないけど、あたしにとっては大事だったんだよ」



 天城にとってはなんでもないことだったかもしれないが、皐月にとっては大事なことだった。皐月は「たった一言でも、好きなる理由になるんだよ」と笑う。


 そういうものなのだろうか、天城が考える。確かに何かを好きになるきっかけというのは些細なことだったりもする。ならば、皐月の言い分も間違ってはいないのかもしれないと天城はそう納得することにした。


 

「天城くん、天城くん」

「なんでしょうか」



 何か聞きたいのだろうなと天城は思った。皐月がそう呼ぶときは決まって何か質問する時だからだ。だから、「なんでしょうか」と促すと彼女は「あのね」と言葉を続ける。



「あたしは天城くんの傍にいてもいい?」

「こなくてもいいと言っても、貴女はいるでしょう」

「そうだけど、それでもいてもいい?」



 珍しいなと思った、彼女が確かめるように聞き返してくるのは。天城がそうやって目を向ければ、皐月は何処か不安げだった。


 何を考えて不安を抱いているのかは分からないけれど、何故だかそれを無くしてあげたくなった。



「構いませんよ」

「本当に?」

「えぇ」



 ぱあっと顔を明るくさせる皐月に、天城はその表情が一番よく似合っているなと思ってしまった。



「……貴女はほんとによくわかりませんね」

「えー、あたしって単純だと思うよ?」

「俺には貴女の考えが読めません」



 どう行動するのか、何を考えているのか。全くと言っていいほど読むことができない。好きになってくれるかも分からないというのにお弁当を作ることも何もかも、分からない。


 けれど、皐月は自分は単純だと言う。



「あたしは天城くんと一緒に居られるだけでいいの。天城くんがあたしを気にしてくれるだけで、あたしは嬉しいんだ」



 皐月は「ね、単純でしょう?」と言ってのける。本当によく分からず、天城はもう考えるはやめようと息をつく。


 そんな様子に皐月は嬉しそうな表情をみせた。何が嬉しそうなのだと問えば、「あたしのことを考えてくれているから」と返される。



「だって、考えが読めないとかさ、あたしのことを考えてるってことじゃん?」



 皐月は「好きな人に考えてもらえるなんて嬉しいことはないよ」とにこにこしながら言う。なんだろうか、そのポジティブさは。天城はそう思うも、彼女の考えを完全に否定することはできなかった。


 彼女のことを考えていないわけではない、そんな気がした。でも、なんだか口にする気にはなれなかったので、天城は黙っておくことにした。



「天城くん、天城くん」

「なんでしょうか」

「また一緒に帰ろう?」



 そう言う彼女の表情は何処か不安げで。あんなににこにこしていたというのに、どうしたのだろうかと思うほどだ。天城はそれがなんだが嫌で、「いいですよ」と答えていた。



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