第7話 他の男など眼中にない
「ちょっと多めに作ってみたー」
昼休みに教室で机を合わせるようにして皐月は腰を下ろし、お弁当が包まれているであろうものを鞄から取り出した。二つある包みのうち、一つを差し出される。
(きっと、俺の好きなものばかりなんでしょうね……)
そんなことを思いながら天城はお弁当を受け取る。蓋を開ければ予想通り、好きなもので埋まっていた。
「全部、七海っちが作ったのー」
「そーだよ、速水くん」
ぬっと顔を出したのは龍二である。椅子を持ってきたかと思うと、購買で買ったパンを机に置いた。どかっと椅子に座り、肘をつき包装を破いてパンを食べ始める。どうやら、一緒に昼食をとるようであった。
「美味しそうじゃん」
「実際、美味しいんですよね……」
「なんでそんな残念そうなの、天城」
喜べよと龍二は天城の肩をつつく。貴方には分からないでしょうねと、天城は皐月から渡された箸でお弁当のおかずをつかむと口に放り込んだ。本当に美味しいのだから質が悪い。
龍二は意味が分からないと菓子パンを口に頬張った。
「いいじゃんー、彼女が作ってくれるお弁当とか~。カップルって感じがしてよー」
「誰がカップルですか」
龍二のからかいに天城は冷静に突っ込みを入れる。そんな天城に皐月は「でもねー」と、お弁当のおかずを掴みながら言う。
「胃袋は掴んだと思うよ」
「それが否定できないのですよねぇ……」
「もう付き合っちまえよ~」
付き合ってしまえばいいというが、自分は相手が好きなのかまだ分からなかった。好きなら付き合うという選択が出るだろうけれど、今の気持ちではそうはできないというのが天城の考えだ。
そんな天城に龍二は「でも嫌いじゃないんだろ?」と聞く。嫌いではない、それははっきりと言えることではあるけれどと天城は眉を下げた。皐月はといえば「別にいいんだよ」となんでもないように話す。
「いいよ、いいよ。あたしは天城くんと、こうしてご飯食べれるだけで幸せだから」
皐月は「今はそれ以上を望まないよ」と聞いて龍二は「一途だねぇ」と羨ましげに見つめてくる。そんな目で見られても困るなと天城が思っていれば、教室に誰かが入ってくるのを視界に捉えた。
「七海皐月」
低い声で皐月を呼ぶ声がした。振り向けば、黒い短髪の男子生徒が眼鏡を押し上げながら鋭い視線を向けている。皐月はその男子生徒を見て、露骨に嫌そうに顔を歪ませた。
「風紀委員長……」
「お前は何度、注意してもその化粧をやめないな」
「あたし以外にもやってますー」
皐月は「あたしばっかり注意しないでくださいー」と口を尖らせる。あれが話に聞いた風紀委員長の時任陸かと、天城はお弁当のおかずを食べながら思う、面倒くさそうだなと。
「これはあたしのチャームポイントなのー」
「何がチャームポイントだ、さっさと落とせ」
「いやだー。あ、天城くんそれ美味しい?」
「美味しいですよ、相変わらず」
陸の話などそっちのけで、皐月は天城に味付けの確認をする。天城が美味しいといえば、「次からこの味付けにするねー」と皐月は嬉しそうに頷いていた。
「……なんだ、お前らは付き合っているのか」
「付き合っていませんよ」
「あたしは天城くんが大好きだよ」
「……はぁ?」
陸の呆けた顔に龍二は爆笑する。天城はまぁそんな顔にもなりますよねと苦く笑いながも、特に気にするでもなく食事を続けた。
「付き合ってもないのに弁当を作ってきているのか?」
「そうだよー、あたしが大好きだからね!」
「いいのか、それで!」
「なんで風紀委員長に突っ込まれなきゃならないのさー」
「だってお前、相手はお前を好きでもないんだぞ!」
ずいずいと陸は近寄って指をさされる。相手はお前のことを好きでないのに、何故そこまでする必要がある。好きになってもらえると思っているのかと陸は説教交じりに言い始めた。
陸の言う通りだと天城も思う、そんな保障はどこにもないのだ。そんな相手に尽くすなど馬鹿げていると言われれば否定はできない。
「天城くん、天城くん」
「なんでしょうか」
「あたしのこと嫌い?」
皐月はそんなことを首を傾げながら問う。好きか嫌いか、その二択ならばとお弁当の卵焼きを箸で掴んだ。
「嫌いじゃないですよ」
「じゃあ、好き?」
「そうですね、貴女の料理は好きですよ」
皐月が好きかと言われると、まだよく分からない。ただ、彼女の作る料理は好きであった、これは本心だ。それを聞いた皐月はにっこりと微笑んだ。
「なら、天城くんはあたしのこと好きじゃん」
その言葉に陸も天城も驚いた。「だって、あたしの料理が好きなんでしょ? ならあたしのことも好きだよ」と彼女は断言するのだ。その発想はなかったなと天城は感心してしまう。
「天城くんはさ、あたしのこのアイラインどう思う?」
「綺麗な貴女によく似合っていると思いますよ」
「ほらー、やっぱりあたしってば似合ってるんじゃーん」
したり顔で皐月は陸を見る。陸は「似合っているとかそういう問題ではない、校則だ!」と反論していた。
天城は「私が似合っていないといったらどうするつもりだったのか」と皐月に言えば、「そんなことは言われないと思った」と返される。どれほど自分に自信があるのだろうか、この女性は。天城は自信がやけにある女性だなと思った。
いつも思うのだが、彼女はやけに自信ありげなのだ。その自信は何処からでてくるのだろうか、不思議でならない。
「速水くんだって校則違反してまーす」
「ちょっ、七海っちやめてくれるー。オレまで巻き込まないで!」
金髪にワックスは確かに校則違反である。陸はぎろりと龍二を見ると眼鏡を押し上げたて「お前もだ、お前も」と説教を始める。これは面倒だなと、天城は皐月が文句を垂れていた気持ちが分かった。
「あれでしょー、風紀委員長、七海っちのこと好きなんでショー」
「なっ!」
「え、お断りなんだけど、あたし」
陸が顔を赤らめるよりも先に皐月は即答した。それはもう綺麗にばっさりと即答するものだから、龍二と陸は黙った。そこまで言い切る彼女に天城は少しだけ興味が湧いて、問う。
「風紀委員長も顔が良いですよ」
「え、天城くんが一番だよ、あたしの中で」
皐月に「無いからね、天城くん」と真顔を向けられてしまう。顔で選んだんじゃないよと冷静に言われてしまった。
「俺の何処がいいのですか」
「全部だよ」
まただなと天城は思った、皐月は全部が好きだとよく言うのだ。聞き飽きるぐらいには聞かされているので突っ込むことはしない。
天城自身は何処がいいのか理解はしていないのだが、彼女が嬉しそうに言うものだから好きに言わせておこうと思った。
「だいたい、この男のどこがいい。君を良いように使っているようにしか俺には見えん。それに……」
「風紀委員長さん、そろそろ戻ったら?」
冷たく皐月は言い放つ、彼には興味がないと主張するように。その声音は今まで聞いたことのない低さで、場が静まり返る。
「あたしは天城くんの全てが好きなの。良いように扱われようと、彼に必要とされるだけで嬉しいの」
全部が好きだ、それを他人にとやかく言われたくはない。皐月は陸に目すら向けない、向ける気など一切無い。重い重い圧が押し寄せる、それはこの場にいる誰もが感じていた。
彼女は怒っている、天城はそう感じた。表情なく、ただただ、陸への怒りを露にしている。視界に入れるのすら嫌なほどに。
「……くそっ」
陸は舌打ちをし、教室を出ていった。彼が遠のいたのを視界の端で捉えていた皐月は、ふぅと小さく息をつくとしょげたように俯く。
「天城くん、ごめんね」
「……何故、貴女が謝るのですか?」
「だって、あたしが目をつけられたせいだもん」
陸に目をつけられたせいで天城は巻き込まれた、悪く言われてしまった。皐月はそう言ってへこんだように項垂れる。
皐月の言う通りではある。彼女が陸に目をつけられていなけれらば、余計な火の粉は飛んでこなかっただろう。けれど、だからと言って。
「別に貴女のせいでもないでしょう」
天城は唐揚げを口に入れる。
「言葉を発したのは彼なのですから。まぁ別に気にしていませんけどね」
天城は特に気にしてはいなかった。陸の言った通り、良いように扱っていると思われても無理はないと感じていたからだ。天城自身にそういった意思はなくても、他人から見ればそう思わなくもない。だから、否定はしなかった。
「あたしはあたしが好きなようにしているだけだから、天城くんは気にしなくていいよ!」
「自重という言葉を知っていますか?」
「むーりー」
「うっわ、めっちゃ良い笑顔やん」
それそれは良い笑顔で無理だと言う皐月に天城ははぁと溜息をつく。彼女が無理だと言うのだから、この先も自重することは望めないだろう。
大変だなと菓子パンを食べながら龍二に言われるも、返事をするのも面倒になって天城はお弁当のおかずを頬張った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます