第6話 彼女はテンションの高低差が激しい



「天城ー」

「なんですか、速水君」

「その呼び方やめーや」

「で、なんですか、龍二」



 体育の授業の合間、天城を呼んだのは速水龍二、金色に染めた髪をワックスでセットしたチャラい男だ。天城と比較的、仲の良い生徒である。


 優等生とは言わないながらも比較的、大人しい天城とは正反対の存在だ。だからなのか何故、仲が良いのか周囲からよく不思議がられている。



「この前、たけしにあったわー」

「あぁ、小学生の頃一緒だった彼ですか」



 そいつと龍二は頷く。そう、二人は小学校からの長い付き合い、幼馴染という間柄だった。だから、仲も良くて今もこうして付き合っている。


 体育教師に見つからぬようにサボると言い方は悪いが、昔話に花を咲かせながら休憩する。その奥では女子も体育の授業を行っていた。


 女子のほうに目を向ければ皐月と目が合って、彼女は嬉しそうに手を振ってくる。呆れたふうにそれでも振り替えしてやれば、喜んだふうに笑みをみせて列へと戻っていった。そんな様子を見ていた龍二は「仲いいよな」と呟く。



「天城さー、七海ちゃんにすげぇ好かれてるよねぇ~」

「そうですね」

「塩な反応~。でもさー、お前」

「なんですか」

「七海ちゃんことそんな嫌いじゃないでしょー」



 龍二の言葉に天城は黙るとそれを肯定と捉えたのか彼は勝手に話し出す。本気で嫌ならお前なら泣かれようと拒絶すると。自分の何を知っているのだろうか、この男はと天城は冷めた眼差しを向けた。


 龍二の言うことは間違いではなく、天城も皐月のことを嫌ってはいなかった。あんなにしつこいというのに嫌いにはなれなかった。それが何故なのか、今でも分かっていないことだ。



「お前ら付き合ってるんじゃないかって言われてるぞー」

「でしょうね」



 天城は「付き合ってはいないのですが」とはっきりと否定する。周囲がそう思っているのは気づいていた、気づかないはずがない。遠目から送られる視線、ひそひそと顰める声、それらですぐに分かることだ。


 毎度毎度、否定して回るのは面倒でならないから無視をする。けれど、聞かれれば付き合ってはいないと伝えるようにはしていた。



「でもさー、お前ってある意味、罪だよねぇ」



 龍二は遠目に見える皐月を眺めながら言う。好かれる保障もない、嫌われるかもしれないというのにずっと尽くし続ける。相手はそれをどうでもいいと思っていようとも、それは終わったあとには何も残らないのだから。


 彼の言う通りなのだろう、きっと。けれど、今の自分には答えることはできない。天城はだから「そうかもしれませんね」と答える。そんな反応に龍二は「やっぱりさー」と言葉を続けた。



「好きなんじゃね?」

「何がですか」

「七海ちゃんのこと」

「嫌いじゃないですよ」



 嫌いではない、だからと言って恋愛的に好きとは言えない。はっきりと言う天城に龍二は眉を寄せながら「好きだと思うなー」と呟く。



「だって、そうじゃなければ、ウザイだけじゃん。普通なら気味悪がられるだけだよ、あの行動はさ」



 皐月の行動は普通ならば、気味が悪いと気持ち悪いと言われる部類だろう。面倒だとは思ったけれど、気持ち悪いとは思ったことがなかったなと天城は気づいた。


 そういえばどうして気持ち悪いとうざったいと感じていないのだろうか。最初は驚き、次に不思議、そんな感情だけで。


(どうしてでしょうかね……)


 どうしてだろうかと考えて初めて会った時のことが頭に過る、橋の手すりから離れて振り返った時のあの表情が。



「こらーっ! そこ二人、サボるな!」

「うわー、見つかった」

「見つかったじゃないだろ、速水! ほら、授業に戻れ!」

「はーい」



 そこで体育教師に見つかってしまい天城は考えるのを止めた。体育教師に「お前も速水にそそのかされるなよ」と叱られる。龍二は不貞腐れながら、集まる生徒の中へと戻っていったので、彼に続くように天城も後を追った。



          ***



「天城くんと速水くん怒られてたでしょー」



 皐月にそう言われて天城は体育の時のだろうと思い、「そうですね」と返した。その隣では椅子を持ってきて必死に天城のノートを写している龍二がいる。


 次の授業は数学だ。龍二は課題をすっかりと忘れていたらしく、提出期間の締め切りだと言うのに一問も回答できていなかった。これでは数学教師に叱られるのは目に見えているので、彼に泣きつかれてしまったのだ。


 断ろうかとも思ったがあまりにもしつこいく泣きつかれるものだから、仕方がないとノートを見せることにした。数学教師に丸写しだと気づかれるだろうなと龍二の成績を思い出す。



「だめだよー、サボったら」

「龍二に話しかけられたからですよ」

「えー! オレのせいかよー!」

「話しかけてきたのは貴方でしょう」

「サボったのは一緒だからノーカンですぅー」



 ぶーっと口を尖らせて龍二は言う。何がノーカンだと天城は思ったけれど、彼は一度言い出したら引かないのを知っているので何を言っても無駄だ。天城は「さっさと写してください」とだけ言っておいた。


 そんな何処か仲の良さげな様子を見てか皐月が羨ましそうに見つめていた。その眼差しに気づかないわけもなく、天城がなんですかと振り向く。



「いいなー、いいなー。幼馴染ー」

「別に良いも悪いもないでしょう」

「えー、仲良しじゃん。小さい頃から知ってるとか良いじゃん!」

「家が近所で小中高と同じだっただけでしょう」

「それでも羨ましいぃ」



 じたばたと皐月は足を動かす。彼女はいろんな天城を知っている龍二が羨ましいらしい。そんな様子に龍二は「良いだろー」と胸を張るが、どこで張り合っているのだと天城は呆れた。



「貴方は課題ぐらいちゃんと終わらせてください」

「面倒でさー」


「小学校の頃から変わりませんね、貴方は。いつまでも宿題を写させてもらえると思ったら大間違いですよ」



 べしっと龍二の額を叩けば、彼は「天城ひっでー」と文句を言う。酷いも何も課題をやってこなかったのが悪いと返せば、また皐月がじたばたと足を動かした。


 一連の流れが羨ましかったようで、いいないいなと呟きながら机をバシバシと叩いている。



「天城くんの幼馴染になりたい」

「無茶を言わないでください」

「天城くんと小学校時代を過ごしたかったあぁぁ。ショタ天城くん絶対に可愛い」


「すみません、意味が分かりません」

「今がかっこいいのだから、絶対に可愛いの……」



 顔を覆いながらぶつぶつと呟く皐月に天城はなんと突っ込めばいいのやらと頭を悩ませる。もうこのまま放置でいい気もした。


 龍二の方を見遣ればにやにやとしていたので、また面倒なことを考えていることは見て取れる。



「いいなー、幼馴染」

「でも、幼馴染って負けヒロインって言われね?」

「なんですか、それ」



 天城の問いに龍二は「漫画とかでよく見るじゃん」と答えた。横から出てきた女子に幼馴染の主人公を取られる、ラブコメなどでよく見られるらしい。天城は漫画には疎いけれど、そんなライトノベルを読んだことがあったなと思い出した。



「負けヒロインはいやー! 勝つ、あたしは勝つ!」

「そもそも、幼馴染じゃないでしょうが」

「そうだった! でもショタ天城くんは拝みたかった!」



 テンションの高低差が激しい皐月に天城はついていけなかった。いけなかったけれど、止められそうにもなかったので、仕方なく彼女の「ショタ天城くんは絶対に可愛い」という話を聞くことにした。



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