第5話 彼女は一度、決めたらやり通す
「天城くんが教えてくれた本ね、読んだよー」
とある昼下がり、食堂で皐月はお弁当を広げながら話す。天城はそうですかと、頼んだ和定食のおかずを口に入れた。そっけないなぁと彼女は頬杖をつくが、読もうがそうでなかろうが興味がなかった。
「ミステリーのやつはびっくりした」
あんな展開になるとは思わなかったと、皐月は本の感想を伝える。ファンタジーのほうはまだ読んでるところなんだと楽しそうだ。わざわざ書店に行ってまで買ったようで、「よくそこまでしますね」と天城は思わず口に出していた。
「うん、するよ。あたしは天城くんが大好きだからね」
今日も彼女は言ったなと、天城はお茶を啜る。
ちらほらと見てくる視線に天城は気づいていた。何故、一緒に昼食をとっているのかと問われると、単に皐月が着いてきただけなのだ。
こんなふうに見られるのは自分だけではなく、皐月にも多少原因があると思わなくもない。彼女はとても綺麗な顔立ちをしている、黙っていれば。そう、黙っていればクールビューティという言葉が似合うぐらいには良い。けれど、言動は今までを見れば分かるだろう。
じぃっと頬杖をしながら、皐月は見つめてくる。そんなに見られてもよく飽きませんねという感想しか出てこない。でも、彼女は見てもらいたいのだというので天城は困ったように眉を下げる。
「ごめんね、天城くん」
「どうしました、急に」
「困らせちゃったから」
困らせている自覚はあるのかと天城は皐月を見る。彼女はそんな視線に気づくことなく卵焼きを口に放り込み、うーんと顔を顰めた。
「砂糖入れすぎた」
「自分で作っているのですか」
うんと頷き、皐月はおかずをつつく。父は単身赴任中で他県におり、母はもう高校生なのだから一人でも大丈夫でしょうと、娘に全てを任せてしまったのだという。
「頻繁にお父さんの住んでる場所に行ってさー。お母さん、家の事なんもしないの」
娘を置いて、土日祝日は父の住んでいる場所へと行く。平日は掃除や洗濯はしてくれるがそれ以外はしないのだと皐月は眉を寄せた。
彼女の母親は余程、旦那を愛しているのだろう。愛するがあまりに子供を蔑ろにしているような気もするのだが、きっと本人は気づいていない。皐月ももう期待はしていないようだった。
「土日、誰もいないし、天城くん来るー?」
「お断りします」
ノリが悪いなぁと皐月はおかずを頬張る。これは上手くいったというのを聞くに、全て彼女の手作りのようだ。冷凍食品といった類のものは使われていないように見える。天城が「料理が得意なのか」と問うと、「覚えさせられた」と苦く笑っていた。
母は娘が年頃になると料理を任せるようになった。料理もできないで嫁にいけるわけがないでしょうと、理由をつけては無理矢理にでも叩き込んできた。本当は自分で作るのが面倒くさいだけだと皐月は知っていたと話す。
父は食べれればいいと味にあまり関心がないため、料理を褒めることは無い。褒められないのが嫌なのだ、母は。掃除なんかは目に見えるものなので父は母をよく褒めていたと。
「お父さんのこと大好きなのは知ってるけど、褒められないことはやりたくないとか子供かって思う」
そんな皐月の話にどう返事をすればいいのか分からなかった。平然と家庭事情を普通に喋るのだ、彼女は。
皐月がなんでもないように話すのでそれほど気にはしていないのだろう。なので、天城は適当に相槌を打つことにした。
「……大変そうですね」
「まーでも、役に立つしいいかなって」
皐月は「土日祝日は面倒な母はいないし、それに料理ができるようになって嬉しいもん」と言って笑む。
「天城くんに美味しい料理を食べさせてあげれるから」
なんと、ポジティブなのか、この女性は。もう食べさせる前提で話しているのだから凄いと天城は逆に関心してしまった。
好きだと告白されてから暫く経つが、諦めるどころかどんどんと前に出て迫ってくる。皐月の言動は天城の想像を超えていた、もうとっくに飽きられると思っていたからだ。
「飽きませんね、貴女」
「飽きないよ」
これも即答。飽きるなど微塵も思っていない皐月に対して天城はそう簡単には諦めてくれないのだと悟る、甘く見てはいけなかったのだ。
「天城くん、天城くん」
「なんでしょうか」
「明日からあたしがお弁当作ってくるよ」
「結構です……。と、言っても貴女は作ってきそうですよね」
皐月は「わかる?」口角を上げる。分かるも何も言葉の勢いからそのつもりだろう。そう天城は思うのだが、彼女はにこにこと嬉しそうにしている。
「天城くんは和風が好きなんだね」
「そうですね」
「ならそうしよう」
どうやら本当に作ってくるらしい。和定食を観察する皐月に天城はどうしたものかと考えていた。そんなものは放っておけばいいと言われればそれまでだが食べ物に罪はないのだ。
ならもっと強く拒絶すればいい、嫌われるぐらいに。一度、しつこい女子生徒にしたことがあった、泣かれてしまったのだが。でも、何故だか同じことができなかったのだ。
(泣かれるのは面倒ですもんね)
泣かれるのは面倒だ、噂の種になる。迷惑をかけられたのはこっちだというのに、何故か悪者扱いされる。本当に迷惑でならない、だから嫌なのだ色恋というものは。こうやって強く拒絶できないのも、面倒だからだと天城は一人納得する。
「貴女には困ったものですよ」
「さつき~」
「そんなに名前を呼んでほしいですか?」
「うん」
好きな人に名前を呼ばれたいと思うのは普通だと皐月は断言する。そういうものですかと返えせば、そうなのだという。よく分からないなと思う、自分はそんな経験がないから。
きっとやめてくれとしっかり言えば、彼女は従ってくれるだろう。そう、しっかりと拒絶をすれば。
「……そんなに作りたいのですか」
「作りたい」
そんな真剣な瞳で見なくともと、天城ははぁと小さく溜息をついた。「もう好きにしてください」とそう言えば皐月は目を輝かせた。
皐月は本当に二人分のお弁当を次の日から作ってきた。
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