第3話 好きな人の傍に居たいものなのだ、彼女はそう言う


 私立桜園高等学校は進学校であるけれど校則はそれほど厳しくはない。髪を染めている学生も化粧をしている女子もいるのだが、だからといって注意されないわけではない。



「聞いてよ~、あたしの紅いアイラインをさぁ、校則違反だって注意するのー」



 机に頬をつけてむくれているのは皐月だ。紅いアイラインが目立つ彼女は化粧をしているとよく風紀委員に注意されているが、それ以外は特に問題行動は起こしていない。少なくとも天城が知る限りでは。



「まぁ、化粧は校則違反ですから」

「あたし以外にもやってるよ~、天城くーん!」



 隣の席で皐月はじたばたと暴れる。どうやら、風紀委員長に目を付けられているらしい。ことあるごとにそのアイラインはなんだ、スカートが短いと注意を受けているという。



「これ、わたしのお気に入りメイクなんだよ~」

「まぁ、校則違反はどうにもならないですよ」

「そうなんだけどさー。他にもいるんだってー」



 皐月はそう言いながらずっと天城を見つめていた。絶対に目を離すことなく、彼女は話すのだ。その瞳に天城は飽きもしないなと思いながら口にした。



「貴方、諦めませんね」

「えー、あたしは諦めないよ?」



 毎日している告白をスルーされているにも関わらず、皐月は諦めることはなかった。


 今日は席替えが行われたのだが、くじで決まった席に座るといったもので天城は一番後ろの窓際に当たった。それは別にいいのだが皐月は最前列の席であった、最初は。


『先生、目が悪いのでこの席は無理です』


 天城の隣になっていた女子生徒の主張に男性教諭はじゃあ前の席の生徒と交換するかと口にした時、皐月が真っ先に手を上げたのだ。


『はいはーい! あたし交換するー!』


 それはそれは元気よく発言し、窓際席を狙っている生徒を威圧するように笑みを浮かべていた。見やすい列の先頭だったこともあり、担任はそれを承諾し席は交換されたのだった。


 天城と隣になれたことが余程、嬉しいのか皐月は笑顔が絶えない。これの何処が良いのだろうかと疑問に思うのだが、「好きだからね!」という言葉で押し切られてしまった。


 彼女はまだまだ諦める気がないらしい。天城は嫌なことをされているわけでもないので皐月の好きなようにさせていた。いずれは諦めてくれるだろうと思ったからだったが、諦めが悪いタイプのようでもう二週間はこの状態が続いている。



「あたしは飽きないし、諦めないからね?」

「どうでしょうかね。人の心は移ろいやすいと言いますし」

「そんなことないもーん! 見てろよ、見てろよ〜!」



 何故かやる気に満ちている皐月に天城は苦笑する、そこまで力を入れることだろうかと。そんな様子に彼女は「落としてやるんだからね!」と宣言する。


 なんと自信満々な態度にどこから湧いて出てくるのだろうかと天城は逆に感心してしまう。その自信が表情に表れているのだが、クールビューティーな顔が幼い子供のように可愛らしくなっている。言い方を悪くすればちょっとばかり子供っぽいのだが口には出さない。


 けれど、何かを察したのか皐月は「今、なんか思ったよね?」とじとりと見つめてきた。「さぁ?」と流してみるけれど、彼女は逃がしてくれなかったので天城は「少し子供っぽいなと思っただけです」と素直に答える。


 子供っぽいと言われてぶすっと拗ねたふうに皐月は頬を膨らませた。どうやら不満だったようだが、確かに子供っぽいと言われて喜ぶ人はいないかと天城は言葉選びを間違えたなと少し反省する。



「子供っぽいは言いすぎでしたかね、すみません」

「じゃあ、一緒にお昼ご飯食べてー」

「それ、許可しなくても一緒に食べるでしょう」



 じゃあってなんだという天城の突っ込みに皐月は「うん」とにこやかに笑みをみせる。それはもう綺麗に笑って言い返すものだから天城は次の言葉が出ずに黙ってしまった。

 

 そうやって無邪気に笑うと可愛らしく見えてしまうのだが、喋ると残念な子である。見た目はクールビューティー、喋れば残念な子、笑うと可愛らしい、いろんな一面がある女子だなと天城は思った。


 こうも印象が変わる人というのに天城は会ったことがなかった。他人に興味がなかっただけなのだがそれにしたってここまでいろんな一面がある人はいるのだろうか。そんな相手に言い寄られているわけなのだが、これはどうするべきなのかと天城は頭を悩ませる。



「一緒にお昼食べたいなー?」



 じっと見つめながら皐月はこてんと首を傾げてみせる。どうせ一緒に食べるでしょうにと天城は思ったけれど、きっと了承の言葉がほしいのだなと察した。だから「構いませんよ」と返す、どうにも放っておけなくて。


 それが嬉しかったのか皐月は「わーい」と嬉しそうに頬杖をついて身体を揺らしていた。ノリノリといったふうで、何処が嬉しいのか分からないが大人しくしてくれるのでこのままにしておくことにする。



「天城くんさー、モテるでしょー」

「どうしてそう思うのですか?」

「だってかっこいいもん」

「そうでしょうか?」

「そうだよ?」



 皐月は「自覚ないの?」と不思議そうに見つめてきた。自覚がないというよりは自分はそうでもないと思っている。世間一般的に普通顔だろうとそう天城は思っているのだが、彼女は「いや、かっこいいからね?」ともう一度、言ってきた。


 モテた経験ないのかと問われて天城は考える。告白を受けた気がしなくもないが、記憶が曖昧なので「あったかもしれないけれど覚えていないですね」と答ええれば、「ひどい」と返された。


 酷いと言われても恋愛感情を抱いていない相手から告白されたことをずっと覚えてはいられない。自分が告白したのなら振られた苦い思い出として記憶に残るだろうけれど、そうではないのだ。



「なんか異性に言われたことない?」

「冷たい人間だと言われたことがありますね」

「あー、天城くん冷たい対応だもんね。塩だね、塩」

「仕方ないでしょう」

「そんなところも好きー」

「はいはい」



 皐月からの告白を天城は受け流す。これはもういつものことなので、いちいち構ってはいられない。これからあと何回、言われるか分からないのだから。


 冷たい塩対応だけどその合間に見せる優しさが良いなどと皐月は言っているのだが、いつその優しさを見せただろうか。天城の記憶にはないのだが、彼女の中にはあるらしい。



「ライバル多そうだけどあたしは頑張るぞー!」

「どこにいるんですか、そんなライバル」

「いるかもしれないじゃん?」

「そうですね」

「適当な相槌〜」



 話を聞いているのだから適当な相槌でも許してほしいと天城は思う。そんな態度でも皐月は気にしている様子はない。天城と話ができて嬉しいようで、今日もにこにことしている。


 何が楽しいのやらと思いつつ、天城は頬杖をついて皐月の方を見た。



「楽しいですか?」

「楽しいよ?」

「俺にはよく分かりませんが」

「好きなヒトと話せるって楽しいんだよ?」

「……そうですか」



 好きなヒトの側で好きなヒトと話すのが楽しいのだと皐月は言う。それが分からないような、分かるような天城はなんとも言えない表情をみせた。


 嫌いな人と話しても楽しくはないだろう。好きな人、気が知れている人となら会話をするのは楽しいのかもしれないとは天城も思う。けれど、別に傍でなくてもいいと思ってしまったのだ。電話でもメールでも、SNSでもいいのではと。


 皐月は側がいいと言うものだから考えというのは人それぞれなのだなということで納得しておいた。



「こうして天城くんと話せるだけで楽しいよ」

「貴女、さっきまで機嫌損ねていたじゃないですか」

「天城くんと話せたからもういいのー。風紀委員長とかあたし知らないもんねー」



 嫌なことより、好きなことを考えていたいようだ。天城と話せたことで気分はよくなったらしい。お手軽だなと失礼なことを思ってしまったが、天城は口には出さず、そんな機嫌の良さそうな皐月の様子をただ眺めていた。



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