第2話 喋ると残念な子
三つ編み一つに結った濡羽色の長い髪、紅いアイラインの引かれたくりっとした目元、すらっとしたモデルのような女子生徒、七海皐月。クールビューティーという言葉が似合うと容姿に興味がない天城でも思うほどの彼女だが――
「天城くんの食べてる唐揚げになりたい」
「すみません、意味が分かりません」
「箸でもいい」
「何を言っているのですか」
喋るととても残念なことになる。
彼女は喋るとよく分からないことを口にする。「猫と今日もいい天気だねっておしゃべりした!」や「好きなヒトの好きなものは好きなのだ、絶対」とか、「妖精ってこれぐらい(親指と人差し指を広げて)だよね?」など、話がばんばんと逸れて意味の分からないことになる。
会話が下手くそなのだ、彼女は。場をつなげることができないのか、話が急に飛び出したり、逸れたり戻ったりする。それでも話すことは好きなようでにこにことしながら喋るのだ。
そんな彼女と話をしているのは食堂だった。この学園は私立高校だからというのもあるのか、学食のメニューが豊富だったので天城はよく利用している。そんな食堂で唐揚げ定食を頼んだら何故か背後に皐月が立っていた。
思わずぎょっと身体を逸らした。驚かない方がおかしいのだがそんなことなどお構いなく、皐月は「一緒にご飯食べよー!」と腕を引いてきたのだ。断る選択すら与えずに席に案内されて、今に至る。
「好きなヒトの糧になれるってよくない?」
「好きな方のために役に立ちたいなら分かりますが……」
「栄養になれるって良いと思うの」
「食べませんよ?」
「だよねー」
がっくりと項垂れる皐月にこの女性は何を言っているのだろうかと天城は思う。彼女は人間であるので食べるなどすれば犯罪で捕まりかねない。そもそもカニバリズムなどといった趣味もない。皐月は冗談で言っているのか、本気なのかその様子だと分かりにくいので余計に返答に困る。
しょげているように自身のお弁当を突いている皐月に天城は突っ込むことはせず、唐揚げを頬張った。
「天城くんの役に立ちたいなー」
「なら、大人しくしていてくれませんかね?」
「大人しくない?」
「教室内で喋る声が大きい上に毎度毎度『天城くんが大好きである!』っていうのやめていたただきたいのですが」
「だって好きだしー」
好きだから声を大にして言っていいというものではない。天城はそう突っ込みたかったけれど、彼女はどうして駄目なのか理解できていないようだった。なので、「俺が恥ずかしいのでやめてください」と言うことにした。
そうすると納得したのか、「じゃあ、二人っきりの時に言うよ!」と答えが返ってくる。言わなくていいのだけれどもと思ったが、言っても聞かなそうだったので天城は面倒になりやめた。
「天城くんってさー、恋人とかはいないんだよね?」
「いたら貴女とこうして食事はとっていませんよ」
「だよね! よしよし!」
「何がよしよしなのでしょうか?」
「え、あたしが天城くんの恋人になれるかもしれないチャンスが残されているから」
少しでもチャンスがあるならよしではないか、そう皐月は言う。良いのか悪いのかはさておき、彼女は諦める気がないらしい。
天城は別に好きでも嫌いでもないのだが、皐月は自分を好きになってもらう気のようだった。「頑張るんだから!」とやる気に満ちているのを止めるのは難しそうだったので、天城は「好きにしてください」と返した。
迷惑行為を嫌なことをしなければ別にどうでもいいと天城は思っている。だから、「迷惑なことはしないでくださいね」と伝えたら、「わかった」と皐月は頷いた。
「俺の何処がいいというのやら」
「そういう冷たいところも好きだよ」
「そうですか」
「丁寧な口調とか、見た目とかも好きだよ」
「はぁ……」
「全部好きだね!」
「まだ全部など知っていないでしょうが」
天城の突っ込みに「これから知っていくんだよ!」と皐月は返す。知ってから嫌いになるかもしれないだろうという考えはないらしい。嫌な癖、言動などあるかもしれないというのに。
そんな疑問に皐月は「それは仕方ないよね」と答える。嫌な癖や言動があるかもしれない。十人十色、さまざまな人間がいるのだからそういうものは少なからず出てくるだろうと皐月は理解していた。
「好きが上回っていたらそんなもの気にならないよ?」
「好きじゃなくなるかもしれないでしょう」
「そうだね。塵も積もってって言うし、嫌なことが積もっていけば、好きがそれを上回っちゃうかもだけど。でも、後先考えるより、今を考えた方が良くない?」
嫌いになるかもしれない未来よりも、好きである今を考えている方が楽しいのではないか。今を考えて未来を変えることもできるのではないか、皐月は「考え方だよ」と笑う。
「あたしは天城くんが好きだっていう今を考える。もし、嫌だなぁっていう癖や言動があったならば、受け止めて直せそうなら指摘してみるかな?」
「俺がそれを治すとは限らないでしょう」
「うーん、でも天城くんって人の嫌がることはしないよね」
皐月は「だってあたしが嫌だと思うことしてこないもん」と言った。こうやって喋っている時もちゃんと話を聞いてくれている。疑問に思ったことは質問してくれるし、納得できないことであっても全否定をすることはしない。
「そんな優しい人が誰かを不愉快にする言動をするとは思えないなぁ」
「なんですか、その持論」
「えー、おかしい? でも、あたしと話をしていて嫌がらずに聞いてくれるの天城くんだけだよ?」
みんな意味が分からないと離れていくのだと皐月はしょんぼりとする。そりゃあそうだろうなと天城は思った。話の脈絡がよく分からないことを喋っているのだから意味が分からずに疲れるだろう、天城だってそうだった。
それでも話を聞いているのは彼女が何故だか楽しそうだからだ。なんでこうも楽しそうなのだろうかと不思議で話を聞いている。その天城の行動というのは皐月からしたら〝優しい〟らしい。
「天城くんって優しいよね」
「どうでしょうか」
「ほら、バカなあたしとでも話してくれるし」
「貴女はバカというよりは話が下手なだけだと思いますよ」
天城は皐月をバカだとは思ったことはない。彼女は話が下手なだけなのだ、単に。それを彼女はバカだと思っているらしいけれど、天城は特に気にしてはいなかった。
「なんだろうなー。たくさんお話がしたくてさ、でもうまく言葉にできないんだよねぇ」
「でしょうね」
「それでも話を聞いてくれる天城くんはやっぱり優しいよ」
皐月は断言するようにきっぱりと言うものだから天城は否定するのをやめた。自分が優しいとは思わないけれど、そうはっきりと言い切られてしまっては否定の言葉もでない。
「こんなあたしのことちゃんと見てくれててさ。そんな天城くんが大好きなのである!」
「それ、言いますか」
「だって本当のことだもーん」
えへっと楽しそうに皐月が笑う。それはもう綺麗に笑うものだから天城は言いかけていた言葉を飲み込んでしまった。
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