すっとこどっこい
キヨを家まで送ろうとしたのだが、彼は酔いを覚ましたいから俺を送ると言って聞かなかった。
結局俺の家に向かって歩き出す。
先程まで千鳥足だった彼の足取りはしっかりしたものになっていて、もう酔いは覚めていそうだが……。
「何だよ、さっきからチラチラ。」
「え?!あ、いや……その……」
「ん?」
「その……もう酔いは覚めてるんじゃないかと思って……」
彼は足を止めてポケットを探ったと思ったら煙草の箱を取り出した。
「え?」
「付き合ってくれ。」
キヨが煙草を吸っている。
元ヤンだからと納得しそうになるが、何だか違う。
煙草を蒸す彼は寂しそうだ。
俺は咄嗟に彼の口から煙草を取り上げる。
「新太?」
「似合わない。」
「え?」
「キヨさんに煙草なんて似合わない。」
彼は少しの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「伊織がメイクの担当を変えて欲しいって。」
「え?」
キヨは麻里に西宮がメイクの担当を変えて欲しいと言ってきたと聞かされたらしい。
麻里はもちろん断ったと言っていたそうだが、西宮はキヨのことを避けるように現場の行き帰りは電車を使うようになったり、連絡も返して来なくなったそうだ。
なるほど。それで彼は酒を飲んで荒れ、煙草を蒸したという訳か。
「新太には何か連絡来てないか?」
「実は僕も連絡したんですが、返信がなくて……。」
「そっか……」
「西宮さん、体調は大丈夫そうですか?」
彼は首を横に振る。
「伊織は何も言わないけどな。」
彼は持っていた煙草を箱ごと俺に差し出す。
「遅くまで付き合わせて悪かったな。」
3日後、俺は志乃の現場の手伝いに行く事となった。
キヨの車に3人で乗ることになったのだが、志乃はキヨに抱きつくこともなく、おとなしく助手席に座る。
「新太さん、おはようございます。」
「おはようございます。」
志乃のラブコールがないせいか車内は静かなまま現場に到着した。
現場に入れば2人はいつも通り仕事を進める。
だが2人の顔はどこか暗くて、志乃はキヨのことを鏡越しにチラチラ見て気にかけているようだ。
滞りなく撮影が終わると、キヨは次の仕事に向かうということで志乃と俺は麻里の車に乗せてもらうことになった。
麻里に西宮の様子を聞きたいところだが……
隣に座る志乃をチラリと見ると、窓の外をぼーっと眺めて明らかに元気がない様子だ。
キヨの事が心配なのだろう。
「2人とも、何食べたい?」
「え?」
「今日はこの美人社長が何でもご馳走してあげる。」
麻里はそう言ってミラー越しににこりと笑った。
志乃の要望で俺達はジャンボパフェで有名なカフェにやって来た。
「麻里さん!私このジャンボパフェ食べたいです!1人じゃ食べきれないから一緒に食べませんか?」
「良いわよ。3人前はあるんじゃない?新太君も……」
「新太さんには絶対にあげません!」
志乃は麻里の言葉に被せるようにそう言うと、俺からぷいっと顔を背けてしまった。
結局彼女はジャンボパフェを、俺はチキンとポテトのセットを頼んだ。
彼女はパフェの合間に俺が頼んだポテトを摘んではぷいっと顔を背ける。
元気がないと思っていたが、そうではなくて彼女は怒っているようだ。
でもどうして……。
その時、麻里が志乃の頭に手を伸ばしてそっと撫でる。
「私、もうお腹いっぱいだからあとは新太君と分けて食べなさい。」
志乃は俺をじっと見る。
「新太さんもキヨ君もすっとこどっこいです。」
「え?すっとこ……?」
「特に新太さんはすっとこどっこい中のすっとこですよ!なんで伊織さんの現場に行かないんですか?」
「それは……」
西宮からの連絡が返って来ない以上、行くのはまずい。
だって______。
「どうせ迷惑だろうとか考えてるんですよね?」
「どうせって……」
志乃はツンとした態度でパフェを食べ進める。
「西宮さんから連絡が返って来ないんです。それなのに僕が現場に行ったら迷惑だって思うのは当然じゃないですか!」
カフェの中がしんと静まり返り、視線が俺に集まる。
しまった。つい感情のままに大声を……。それも自分より年下の志乃に向かって……。
「ごめんなさ……」
「その考えがすっとこどっこいだって言ってるんです!」
「……え?」
「伊織さんが新太さんやキヨ君のこと迷惑だなんて思う訳ないじゃないですか!それなのに2人して、伊織さんに話も聞かないで勝手に落ち込んで!連絡が返って来ないなら、会いに行く以外ないでしょ!」
志乃はそう言うと、俺が頼んだ最後のチキンを口に放り込む。
「新太さんは伊織さんのためにできる事がある。私とは違うんですよ……。」
そうか。
志乃は怒っていると同時にキヨを心配している。
でも自分にはただ見ていることしかできないと感じているんだ。
「志乃さん、さっきは大声を出してごめんなさい。」
「私は新太さんがやることやるまで謝りませんからね。」
志乃はそう言って残りのパフェの半分を俺に分けてくれた。
「うん。ありがとう。」
その溶けかけのパフェは最高に美味かった。
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