飲み会

西宮と歩くはずだった道を、俺は1人で歩きバイトに向かう。

色付いていた葉は落ち、冷たい風が頬を撫でるたびぶるりと体が震える。

「もうすぐ12月か。」


バイト先に到着すると、俺はまず外で煙草を吸う。

1人の時はこのルーティンは変わらない。

煙草を吸い終わると俺はバックヤードに向かって準備を終え、出勤した。

「おはようございます。」

「おはよう。」

「店長、今日出勤でしたっけ?」

「いや。西宮さんの代わりに菊池君が入ってくれるんだけど、12時からしか来れないからそれまで店にいるよ。そうだ、悪いんだけどシフト追加できる日無いかな?」

「え?」

「西宮さん、しばらくお休みさせて欲しいって。本業が忙しいみたいだね。面接の時に本業があるって聞いてたから全然良いんだけどさ。」

急いでシフト表を確認すると、12月分の西宮のシフトが全て赤線で消されている。

「その連絡はいつきたんですか?」

「昨日の夜だよ。もう少し早く言ってくれたら助かったんだけどね。」

つまり西宮は昨日の夜からバイトに来る気は無かったのか。

だとしたら俺に朝、連絡してきた体調不良は?

「……嘘……?」


バイト帰りに俺は新しい煙草を買って、それをすぐに開ける。

西宮は俺に嘘を付いたのだろうか。

でもだとしたらどうして?

「やっぱり俺には何も話したくないのか……」

俺は本当に何もできないのか。


その夜、西宮にLINEを送った。

西宮は俺に何も話してくないんだろうし、できることだってあるかわからない。

それでもじっとしているなんてできない。


西宮がバイトに来なくなってから1週間が経過した。

LINEはいまだに返ってこない。

キヨに現場の手伝いに来て欲しいと何度か言われたのだが、西宮から連絡も返ってきていないわけだし、行くのはまずいだろう。

俺は全て断って代わりにバイトのシフトを追加して働きまくった。

来月はパチンコが捗りそうだ。

そんな事を考えていると、電話が鳴る。

「キヨさん……」


「悪いな急に呼び出したりして。」

「いえ。」

キヨに呼び出されたのは近所の安い飲み屋だった。

キヨもこんな飲み屋にも来るのか。

いや、俺に合わせてくれてるのか。

「こんなところで良かったんですか?」

「え?」

「いや、キヨさんはもっとこう洒落た店しか行かないでしょう?」

「そんなわけないだろ。」

キヨはそう言って笑うが、どこか無理をしているように見える。

その無理をしている笑顔は西宮そっくりだ。

「明日は仕事か?」

「いえ。」

「俺も明日は久々に休みなんだ。とことん付き合ってくれ。」


「だからぁあ!俺は……俺はぁあ!」

飲み始めて2時間程が過ぎた頃、キヨはグラスをテーブルに叩きつける。

もうさっきから何を言ってるかよくわからない。

「キヨさん、飲み過ぎです。」

キヨに水を飲ませてから店を出ると、彼は俺と肩を組む。

「もう一軒行くぞ!新太!」

「いやいやキヨさんもうできあがっちゃってるでしょ?家まで送りますから帰りましょう。」

「まだまだこれからだ!行くぞ!」


千鳥足のキヨに連れられてきたのは洒落たバーだった。

文香あやか……水くれ……。」

キヨは店に入るなり、水を頼む。

「いらっしゃい。あら?そちらの方は?」

「弟……。」

「そう。」

文香と呼ばれた20代半ばくらいの綺麗な女性は、聞いた割に興味なさそうな返答をしてから、キヨの前に水を置く。キヨはそれを一気に飲み干した。

「初めまして。前野新太です。弟ではありませんが、キヨさんにはお世話になっています。」

「一ノ瀬文香です。このバーのマスターをしています。」

彼女はそう言って俺の前に洒落たカクテルを置く。

「え?僕まだ何も……」

「この店一番のおすすめです。今日のお題は全部清敬きよたかにつけときますから、安心してください。」

彼女の視線につられてキヨを見ると、カウンターに突っ伏してすやすやと寝息を立てていた。

「だから帰ろうって言ったのに。」


キヨが起きる気配は無く、俺はこの洒落たバーで1人で飲む事になってしまった。

そんな俺を見かねて彼女が合間によく話しかけてくれた。

彼女の落ち着いた声のトーンや話し方が心地よいせいか、あまり緊張はしない。

他の客も騒ぐような人はおらず、落ち着いた場所だ。


「新太さん。彼、大丈夫?」

「え?」

「今、色々騒がれてるでしょう?」

「そう……ですね。でもお二人、仲良いんじゃないんですか?本人から色々聞いてるのでは?」

「会うのは3年ぶりなの。」

「3年ぶり?!」

嘘でしょ?全くそんな感じしなかったぞ。

3年ぶりだったらもっとこうなんか、久しぶりー!みたいなのないのか?

テンションがお互い昨日の今日なんだよ。

「ええ。3年前に私がこのバーを始めた時に、どこで聞いたのか大きい花束を持ってお祝いに来てくれたの。それ以来ここへは来なかったし、会うことも連絡を取る事も無かったから。」

彼女はそう言って飾られていたドライフラワーを店の奥へと持っていった。

「あの、お二人はどう言ったご関係で……?」

「それはご想像にお任せします。」

彼女はそう言ってにこりと微笑んだ。


1時間ほどすると、キヨがむくりと体を起こしてぐっと伸びをしてから固まった。

「文香……?」

「体は平気?」

キヨはゆっくりと店内を見渡す。

「ごめん……俺……」

「ご注文は?」

「いや……」

「店に入っておいて、何も注文しないで出て行くなんて失礼じゃない?」

キヨは少し間を置いてからゆっくりと口を開く。

「……チーズケーキある?」


「お待たせしました。」

彼女はキヨと俺の前にチーズケーキを置くと、電子タバコに手を伸ばす。

「うっま!」

見ると、キヨがチーズケーキを頬張って目を輝かせている。

「光栄です。」

「あ、いや……悪い……。」

キヨはほんのり顔を赤く染めると、彼女から視線を逸らす。

「ベリーソースもどうぞ。」

彼女がそう言って出したソースを見て彼は再び目を輝かせた。


激うまチーズケーキを食べ終え、俺達は店を出ることにした。

「今日は急に来て悪かった……。」

「何言ってるの。ここなバーなのよ。お酒を飲みたくなったらいつだって誰だって来て良い場所。だから次は飲みに来て。」

彼女はそう言ってにっこりと笑った。

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