ただのバイト仲間
ネットの騒ぎに気がついてから俺は毎日その動向に目を見張っている。
2週間程経ったが、騒ぎがおさまる様子は一切無い。燃え続けている。
「鎮火を待つ……。」
西宮の笑顔が戻るまで後どれくらい掛かってしまうのだろう。
俺は時計を確認して、バイトに向かった。
西宮を迎えに行くと、彼女がこちらに駆け寄って来た。
「おはようございます。」
「……おはよう。」
「あ……」
バイトには普段すっぴんで来る西宮だが、今日はメイクをしている。
「新太君?」
「あ、いえ……」
いつもの様に俺達は並んで歩き出す。
メイク……目の腫れや隈を隠すためだろうか。
考えすぎか?いや、この前も目が腫れていた。考えすぎでは無い筈だ。
もう我慢ならない。
「西宮さん。」
「ん?」
「バイト終わりに少し時間ありますか?」
西宮と一緒のバイトはいつも早く感じるのだが、今日は長かった。
西宮がいつも通り振る舞う姿を見ているのが辛かったからだろう。
ようやくバイトが終わって、俺達は帰路に着く。
バイトが始まる前西宮を誘ったは良いものの、とにかく声をかけたくて先走ってしまったせいで行く場所など考えていなかった。
西宮は黙って俺の隣を歩く。
「西宮さん、お腹空いてますか?いや、えっと……喉乾いてますか?」
俺が慌てて聞くと、西宮はクスッと軽く微笑む。
「少し喉乾いたかな。」
帰り道にある個人経営っぽいカフェに俺達は入った。
「お煙草は吸われますか?」
初めて入ったが、煙草が吸えるのか。良い店だ。
「吸わないです。」
「新太君、吸わなくて良いの?」
「え?」
「遠慮しなくて大丈夫だよ。」
「いや、でも西宮さんに健康被害が!」
「我慢するとストレス溜まっちゃうでしょ?私は本当に大丈夫だよ。」
彼女は目を細めた可愛い笑顔を俺に向けてくれた。
顔が熱くなるのを感じながら俺は店員さんに視線を移す。
「じゃあ……、やっぱり喫煙席でお願いします。」
喫煙席を選ぶなんて最低だと思う。
けれどあんなに可愛い笑顔を向けられたら……。
「何飲みますか?」
「ココアのホットにしようかな。」
「わかりました。」
俺はココアとコーヒーを頼んで、ふっと一息つく。
彼女はというと、虚な目でメニューを見ていた。
「何か食べますか?」
「新太君、お腹空いてるでしょ?何が良いかなって見てたの。」
こんな大変な状況の時に俺の事を考えてくれている。
誘ったのは俺なのに気を使わせてしまっている。
「ごめんなさい……俺から声をかけたのに気を使わせてしまって……。」
彼女はゆっくりと首を横に振る。
「声かけてくれて嬉しい。」
「お待たせ致しました。」
飲み物と後から追加したミニチキン。西宮がココアをふうふうと冷ます仕草は勿論最高級に可愛い。
「そんなに見つめられたら恥ずかしい……。」
「え?あ!!ごめんなさい!!あっつ!」
慌てた結果熱々コーヒーで口元がやられる。
「大丈夫?!」
「大丈夫です!」
最初に出してもらった水をがぶ飲みし、何とか火傷は免れた。
西宮は安心したようにゆっくりとココアを口にする。
「西宮さんは大丈夫じゃ無いですよね。」
「え?」
「何かその……、僕に出来る事はありませんか?」
彼女の虚な目が一瞬煌めきを見せた次の瞬間、俺の口にミニチキンが入っていた。
「!?」
フォークを持った彼女がにこりと笑う。
「大丈夫に決まってるじゃん!」
そうか、俺には話してもらえないのか。それもそうか。俺はただのバイト仲間に過ぎない。俺に出来ることなんて無いのだ。
「……そうですか……。」
その時のミニチキンは妙に塩辛く感じた。
「新太、聞いてるか?」
「え?!」
カフェから2日後。志乃の現場の帰りだ。キヨが眉間に皺を寄せたヤンキーフェイスで俺の顔を覗き込む。
「明後日の伊織の現場、もし来れたら来て欲しいんだけど。」
「ああ……もちろ……」
西宮は俺の前で無理して笑っていた。明後日会えばまた無理に笑うだろう。
俺に出来ることが無いどころか、無理をさせるなんて言語道断だ。
「新太?」
「その日はちょっと予定があって……すみません。」
「そっか、今日もありがとう。また頼むな。」
その日は無心でパチンコを打った。
少し当たりが出たが、気分が晴れる事は無い。
煙草を何本吸っても落ち着かない。
「西宮さん……」
翌日、バイトの為支度をしていると、LINEの通知音が鳴った。
見ると西宮からだ。
(新太君、おはようございます。少し体調を崩してしまったので今日はバイトをお休みします。迷惑をかけてしまってごめんなさい。気をつけて行ってね。)
「体調不良……。」
(おはようございます。わかりました。ゆっくり体を休めて下さい。)
この時何故俺は電話の一本もかけなかったのだろう。
いや、何故会いに行かなかったのだろう。
彼女はこの日を境にバイトに来なくなった。
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