西宮のテレビ出演から数日が経ち、久しぶりにバイトで顔を合わせた。

「おはよう。」

西宮はボストン型の黒縁眼鏡を掛けていた。

「眼鏡……。」

「あ、うん。変かな?」

「いやいや、まさか!」

変な訳ないでしょう。貴方は何をしたって似合って可愛い天使なんだから。

それにしても何故眼鏡?

普段はコンタクトだったのだろうか?

いや、眼鏡のあちら側の景色が歪んでいない。

度無し。つまり伊達眼鏡だ。

そうか。西宮はテレビに出たんだ。元々モデルだが、更に有名人になった。

変装の一環という訳だ。

「バイトなんてして大丈夫なんですか?」

訳の分からんチンピラたちが喧嘩を始めるような場所だぞ?

そんなところでバイトなんて駄目に決まってるじゃないか!

西宮は何も言わずににこりと笑う。

あれ?見間違いか?

「あの……。」

「ん?」

「いえ……。」

眼鏡の奥の西宮の目が少し腫れているように見えた。


「……君。」

バイト中の西宮に特に変わった様子は無さそうだ。

仕事だっていつも通りきっちりとこなしているし、相変わらず可愛いし。

「けどなんか違う気がするんだよなあ……。」

「何が違うの?発注数間違ってなかったはずだけど。」

「え?!」

見ると目の前にはいつの間にか店長の鈴木の姿があった。

「そんな吃驚しないでよ。何度も呼んだんだから。」

「も、申し訳ないです!」

鈴木はニヤリと不敵に笑う。

「前野君はいつも真面目にやってくれてるから少しくらい良いけど、見惚れるのも程々にね。」

「……すみません。」

鈴木は俺の肩をぽんと叩くと、品出しを命じてバックヤードに消えていった。


バイト帰りも西宮はいつも通り振る舞うが、何かが違う。

なんというか、元気が無い。

そうだ、元気が無いのだ。

笑っていても辛そうというか、とにかくいつもの屈託の無い笑顔とは違う。

「それでね、キヨが拗ねっちゃって大変だったの!キヨってすぐ……」

「西宮さん。」

「ん?」

「いや……その、大丈夫ですか?」

「え?」

「あ、いや、なんというか元気が無い気がして……。」

西宮はにこりと笑う。

「そんな事ないよ。」

やっぱりその笑顔は辛そうだった。



翌日。今日はギャル娘・志乃の現場に同行した。

キヨは次の現場があるとのことで俺が家まで送っている。

結局西宮にはあれ以上何も聞けなかった。

何か悩んでいるのだとしても、俺が聞いて良いのかも分からないしな。

「はぁ……。」

「新太さん、大丈夫ですか?」

「え?ああ!全然大丈夫です!元気いっぱいのあんぱんって感じです!」

「あんぱん?」

しまった。志乃に気を遣わせてしまった。

「伊織さん大丈夫かな……。」

なんだ?志乃は西宮の悩みを知っているのか?

「大丈夫かなって、西宮さんやっぱり何かあったんですか?」

俺の言葉に志乃は目を丸くする。

「新太さん、もしかしてご存じないんですか?」



「なんだよこれ……。」


ビジネス兄妹

裏ではやりまくりに決まってるw

俺らを騙して楽しいか?

調子に乗るなクソ◯ッチ

妹?もだけど自称兄貴もキショいってw


家に帰ってネットを見てみると、西宮やキヨに対して心無いコメントが並んでいた。

もちろん温かいコメントだってあるさ。

だとしてもこれは……。

「あ……」

西宮の目が少し腫れていた。それは見間違いなんかじゃない。

彼女はこれを見てしまったんだ。


腹の底から何かが湧き上がってくる。

ネットの一部で騒がれてただなんだ言っていたが、現状のきっかけはテレビでの相澤の発言だろう。

あのクソガキが。

「余計なことしやがって。」

そうだ。麻里がもう何か対策を講じているかもしれない。

「貴方なら知ってますよね。」

俺は居ても立っても居られなくてあの人に電話をかけた。


「もしもし。」

「キヨさん。今お時間よろしいですか?」

そう。シスコン兄・キヨだ。キヨがこの状況で黙っているわけがない。

「どした?」

「ネットで騒がれている件ですけど。」

「……ああ。」

「勿論、何か対策を講じているんですよね?」

俺が問いかけると、キヨは黙り込んでしまった。

「キヨさん?」

「……鎮火を待つ。」

「え?」

今、なんつった?

「騒ぎが収まるまで待つ。それだけだよ。」

「何言ってるんですか?」

「だって、それ以外方法はないだろ?」

「いやいやいや!それってこの状況をただ放置するってことですよね?!西宮さんが、妹さんが辛そうなのをただ見ているってことですか?!」

「そうだよ!!!」

電話の向こうのキヨが声を荒げる。

「これ以上騒ぎが大きくなれば、伊織のモデル活動にだって影響する。」

「でもそんな……」

「麻里さんと伊織が話し合って決めたことだ。俺だって……俺だって!」

この人だって辛いに決まってるじゃないか。

俺はどうしてこの人に八つ当たりしてるんだ。

「ごめんなさい。」

「俺もでかい声出して悪かった。」


西宮の辛そうな笑顔が浮かぶ。

「西宮さん……。」


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