元ヤンの目
「録画完了!」
明日は待ちに待った西宮出演番組の放送日。
しかも特別生放送スペシャルらしい。
流石に現場に同行することは出来なかったので、明日が初見である。
番組の録画を済ませ、一息つく。
「あんたが番組録画なんて珍しいわね。何の番組?」
母さんが不思議そうな顔で俺を見てくる。
言ったら絶対ニヤニヤするし、父さんともなんだかんだ仲が良いから報告して二人でふふふって感じになるに決まってる。
「別に何でも良いだろ。」
俺はリビングを出ようとするがもう遅い。
「伊織ちゃん、明日出るんだもんね〜。」
母さんは案の定ニヤニヤ俺を見る。
「わかってるなら聞かなくて良いだろ・・・・・・。」
何で俺の周りはこう、ニヤニヤする人ばっかりなんだ。
「もうすぐご飯できるから、お父さん呼んできて。」
母さんはにっこりと笑った。
寝支度を済ませると、インスタを開く。
「やっぱりそうだ。」
西宮のインスタを見ると、明日の告知がされていた。
いいねやコメントがたくさん付いている。
少しコメントを覗いてみよう。
コメント欄は番組出演を祝福するものが多く寄せられていた。
西宮はキヨのおかげだと言っていたが、皆西宮の出演を心待ちにしているのだ。
「まあ、俺が一番楽しみにしてるけどね。」
翌日はもちろんバイトを入れずに家でゆっくりとその時を待った。
バイトに現場の手伝い。
家でこうもゆっくり過ごすのは久しぶりだ。
「暇だ・・・・・・。」
前は暇さえあればパチンコに行っていたが、今日はそんな気分じゃない。
だって夜から大事な予定、そう立派な予定があるのだ。
その為にも今は備える必要がある。
先に風呂に入っておこうか?見ている途中で二人が帰ってくるだろうから部屋のテレビで見ようか?
そんな考えがぐるぐると頭の中を巡り、それが終わればまた暇になる。
フリーターなんて世間からの評価もクソもない駄目な存在なのだろう。
ただ、好きな時に休むことができると言う点においては最高だ。
仕事のために生きている訳じゃあるまいし、生き方として間違っているわけでは無いはずだ。
ただし、胸を張ってこの生き方ができるかと言われると、周りの目を気にする俺にはかなり厳しいものがある。
俺は特別でも何でもない凡人なのだ。
周りの生き方と違うと不安になってしまう。
自分が間違っているのでは無いかとすぐに思ってしまう。
「かといって正社員できる自信ないしなあ。」
俺はどこまでも中途半端な駄目野郎だ。
「新太君は素敵だよ。」
西宮はこんな俺にそう言ってくれた。
彼女は俺の何を見てそう言ってくれているのだろう。
「・・・・・・会いたいな。」
もし正社員になれたら俺はもっと自分に自信を持てるのだろうか。
西宮を自分からデートに誘ったりもできるのだろうか。
午後8時。
遂に西宮とキヨが出演する番組が始まった。
ビールにポテチに煙草。準備は整っている。
『それでは本日のゲストの登場でーす!』
MCの掛け声を合図に西宮とキヨが登場した。
スタジオと俺の心は大いに盛り上がる。
キヨは勿論にっこにこな訳だが、西宮は緊張しているようで少し表情が硬い。
初のテレビ出演でしかも生放送。緊張するなという方が難しいだろう。
西宮のモデル活動やメイクアップアーティストであるキヨの紹介などから始まり、遊園地デートの話になった。
『お二人の兄妹デートね、拝見しましたがいやー、本当にラブラブって言葉以外に何と表してら良いのか!私はもう良いおっさんですけど、ニヤニヤしちゃいましたね〜。相澤さんもご覧になったそうで!どうでした?』
MCは西宮の隣に座る今話題の若手タレント・相澤に話を振った。
『いや〜、最高の一言に尽きますよ。僕も伊織ちゃんとデートしたいな。』
そういうと相澤が西宮の手を握ったではないか!!
「何してくれてんだこいつ!」
俺は思わずビールの缶をテーブルに叩きつけてしまった。
この野郎西宮さんの手を!しかも伊織ちゃんだと?!まだ19になったばかりのくせに!!
19だって大人の位置付けさ。それでも言わせてもらう。
「このクソガキ・・・・・・!」
クソガ・・・・・・相澤はにこりと西宮に笑いかける。
西宮はびっくりしたのか相澤からサッと手を離し、キヨの服の袖をぎゅっと掴む。
キヨは一瞬相澤をぎろりと睨んだように見えたが、すぐににこやかな表情を見せる。
『伊織は兄ちゃん一筋だもんな〜。』
『ちょっと!変なこと言わないでよ!』
生放送、キヨも堪えたのだろう。
会場は笑いに包まれるが、相澤はそれがまた気に食わなかったようでそこからあからさまに態度を変えた。
トーク中にわざとらしくため息をついたり、貧乏ゆすりしてみたり。
誰だよ、こんな奴起用したのは!
MCは次第に相澤に話を振るのをやめた。
注目のタレントだ。台本ではもっと話を振る予定だっただろうに、MCも関係者も大変だな。
あっという間に番組は後半に差し掛かる。
西宮の表情はだいぶ和らいだ。
タレント達の手腕もあるだろうがやはりキヨの存在が大きいだろう。
それにしてもキヨは全く緊張していないようだ。
『今日の伊織さんのメイクもキヨさんが担当されたそうですね。』
『はい、伊織のメイクはいつも僕が担当させてもらっています!妹の可愛さを引き出せるなんて天職です!!』
緊張どころか存分に楽しんでるな。
『本当に兄妹なんですか?』
『え?』
話を振られてもいないのに口を開きやがったのは相澤だ。
『ちょっと、相澤君?』
『デート企画ねぇ。』
『何がおっしゃりたいんですか?』
先程まで穏やかな表情だったキヨだが、流石にそろそろ我慢の限界。
鋭い元ヤンの目だ。
相澤はニヤリと笑う。
『一部でですが、ネットで話題になってますよ。兄妹に見えない、まるで本当の恋人みたいだって。』
『いやー、仲の良いご兄妹、羨ましいなあ〜。』
MCは焦ったようにフォローを入れる。
『僕達は兄妹です。』
相澤とキヨは睨み合う。
『さ、さあ!お時間がやってまいりました!スペシャル生放送をご覧いただき、ありがとうございました!』
こうして西宮のテレビ出演は幕を下ろした。
◯お知らせ◯
現在、毎週金曜日に更新しておりますが、4月から月曜更新を予定しております。
38話:3月29日(金)
39話:4月8日 (月)
上記日程で更新予定です。
よろしくお願いいたします。
宝花
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