明日はカレーにするわね

逃げているのは俺。

そう、逃げているのは俺だけなんだ。

「・・・・・・君。」

皆、何か問題を抱えていて、それに立ち向かいながら前に進んで生きている。

俺は止まったままなんだ。


「新太君!」


「はい?!」

「大丈夫?何かあった?」

西宮が心配そうに俺の顔を覗き込む。

「い、いえ!何も!!!」

「本当に?」

「本当です!」

西宮は目を細めて笑う。

その目の下にはうっすらと隈が見える。

「最近、お忙しいんですか?」

「ありがたいことに少しだけ忙しくさせて貰ってる!」

兄妹デートの動画が公開されてからと言うもの、反響がすごいらしくモデル業が更に忙しくなったらしい。

それに伴い、マネージャーの麻里やメイク担当のシスコン兄・キヨも大忙しだ。

現場も増え、俺はコンビニバイトとの兼ね合いで手伝いに行けないことも増えた。


「それでね、実はCMが決まったの!もう撮影は終わってて、今日の20時にうちの事務所と企業様のYouTubeで先行配信されるから、もし時間があったら見てみて!」

「何のCMですか?」

「カレー!」

「へ!?」

つ、遂に!遂に西宮にカレーのCMが!

遊園地でカレーを食べる西宮を見て起用されるべきだと思っていたが、遂に実現したのか!!

企業の人の目に狂いは無い。

カレーは爆売れ間違い無しだ!!


「新太君?」

「え?!」

「顔が赤いけど、大丈夫?」

「え?!いや、その・・・・・・!!」

つい興奮してしまった。

「絶対に買います、カレー。」

「ありがとう!」

西宮は満面の笑みを見せてくれた。


その夜、帰宅した俺はリビングのデジタル時計の前に正座する。

「後30秒!」

「何?どうしたの?」

母が驚いたように俺に問うが、今それどころでは無いのだ。

「10、9、8・・・・・・」

「新太、聞いてるの?」

「3、2、1、0!!」

スマホでYouTubeを再生し、齧り付くように見る。

西宮がカレーを美味しそうに食べる場面では涎が出てしまいそうだった。

やっぱり、この企業は素晴らしい。

一生ここのカレーは廃れないだろう。

明日からしばらく店頭に並んでいるかすら危ういと思われる。

「あれ、この子って最近人気の子よね?」

いつの間にやら画面を覗き込んでいた母が俺に問う。

「うん。」

「確か、伊織ちゃんよね?新太ってこう言う子が好きなんだ〜。」

母はにやけ顔で俺を見る。

顔が熱くなるのを感じて、慌てて顔を背ける。

「明日はカレーにするわね。」


翌日、CMと言うビッグニュースの後でまたもやビッグニュースが入って来た。

「テレビですか?!」

「うん。」

「凄いじゃないですか!」

何でも、西宮のテレビ出演の話が来たらしい。

凄いことだと思うのだが、彼女は浮かない顔をしている。

「西宮さん?」

「実は、迷ってるの・・・・・・?」

「え?」

「今回お話を頂いたのは、キヨのおかげなんだ。」

「キヨさんの?」

西宮はこくんと頷いて、話を続けた。

何でも某バラエティー番組にキヨと二人で出演して欲しいとのことらしい。

兄妹デートが話題になったからだろうな。

「キヨさんは何て仰ってるんですか?」

「私が出たいならって言ってる。」

まあ、キヨならそう言うよな。

キヨは西宮のためなら何でもする。確信がある。

「どうして迷ってるんですか?」

「皆が見たいのはキヨで、私じゃ無いもん。」

「え?」

「兄妹デートのコメントもキヨの事知りたいって感じのコメントがすっごく多くて。キヨのおかげでお話を頂けたってだけだから。」

西宮はハッとした顔をする。

「ごめん、こんなこと言っちゃって・・・・・・困らせちゃうね。」


「昨日、時計の前で20時になるのを待ってました。今日の夜ご飯はカレーです。」

「え?」

「僕は、西宮さんのCMすごく楽しみにしていました。もし、テレビ出演が決まったらリアタイでも見たいし、録画もします。シスコン全開なキヨさんもそうだけど、何より西宮さんの色んな表情が見たいから・・・・・・。」

顔が、全身が熱を帯びる。

西宮の顔を見ることができない。

彼女は何も言わない。

流石にキモかっただろうか。


「ふふふっ。」

しばらくすると、西宮の笑い声が聞こえて俺は思わず顔を上げる。

「新太君はいつも私に自信をくれるね。」

「え?」

「テレビ出演、前向きに考えてみる!ありがとう!」

西宮はそう言って少し顔を赤く染めると、嬉しそうに笑った。



三日後、現場の手伝いの為に西宮とキヨに合流した。

「よお!兄弟!!」

俺を兄弟と呼ぶときのキヨは異常なほどるんるんなのだ。

今日だってほら、今にも頭が取れそうなくらい音楽にノリノリだ。

「新太君、おはよう。」

彼女は助手席でにこりと微笑む。今日も天使なのだ。

「もしかして、テレビ決まってんですか?」

「何でわかるの?!」

「隣のお兄さんがあまりにもるんるんなので。」

俺達は笑い合った。


このテレビ出演がまさかあんな事態を招くなんて・・・・・・。

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