新しい道

「その後、麻里さんの事務所でお世話になることになって、キヨに会ったの。」

「そこでキヨさんと兄妹になった。」

西宮はこくんと頷いた。

「お母さんや彼とは向き合えなくて逃げちゃったんだ。」

いつも笑顔な西宮にそんな過去があっただなんて。


「逃げてなんか無いよ。」

そうだ。彼女は十分すぎるくらいに戦ったのだ。


「・・・新太君・・・?」

「え・・・あ!?ごごごご、ごめんなさい・・・!」

頭であれこれ考えていたら手が勝手に西宮の頭を撫でていた。

俺は慌てて手を退ける。

「ごめんなさい・・・本当にごめんなさい・・・。」

西宮は優しく微笑むと俺の頭に手を伸ばしてそっと撫でる。

「新太君が新しい道を選んでくれたから、私は新太君に会えた。ありがとう。」



翌日は撮影の手伝いだった。

撮影が終わると、西宮は麻里に駆け寄ってぎゅっと抱き付く。

「伊織?どうしたの?」

「麻里さん、大好き。」

「ちょ、何よ急に!」

麻里は少し照れた様子で西宮を抱き締めて頭を撫でる。

「よし!次は兄ちゃんの番だな!」

キヨはそう言って満面の笑みで両手を広げる。

「違うもん!キヨの番無いもん!」

そう言って西宮は俺の後ろにサッと隠れる。照れているようだ。

「なんでだよお・・・。」

キヨはしょんぼりと両手を下ろす。麻里はそんなキヨの肩をポンポンと叩く。

「きっと明日が誕生日だから今日はお預けなのよ。そうよね、伊織。」

麻里がそう言ってもキヨは悲しそうに俯いたままだ。相当ショックだったらしい。

西宮はゆっくりと俺の後ろから出てきて、キヨの前に立つ。

「この後一回明日の荷物取りに行って、お兄ちゃんの家にお泊まりする。」

「え?」

キヨが顔を上げると、西宮は顔を赤く染めて照れたように続ける。

「私が一番にお祝いするんだもん。」

西宮の言葉にキヨの表情はパッと明るくなった。

そうだよな。大好きな人の誕生日は一番にお祝いしたいものだよな。


西宮とキヨを見送ってから俺は麻里さんの車に乗せてもらい帰路に着く。

「伊織、何かあったのかしら?」

「え?」

「急にその・・・大好きだなんて・・・。」

麻里は照れたように顔を赤く染める。

「伝えたくなったんだと思います。」

「え?」

麻里は西宮を新しい道に救い上げた人物だ。

以前、俺のことを西宮にとってキヨと同じくらい大きな存在だと言ってくれたが、それは俺じゃなくてどう考えてもこの人だ。

この人がいるから今の西宮がいると言っても過言では無いのだから。

そう考えると、キヨにとっても俺にとってもこの人は大きな存在だ。

「ありがとうございます。」

「え?ちょっとどう言うこと??」

麻里はキョトンとした表情で俺に問うが、俺は何も答えなかった。



いつぶりだろうか。

俺はその日の夜、転職サイトを開いた。

「見るのは自由だからな・・・。」

この莫大な求人を見ているだけで正直気分は落ちる。

学生時代の就活は正直就職することが目標になっていた。

これといってやりたいことも無かったから、とりあえず新卒のカードを使って両親を安心させる。

就職後に目標が無かったから、すぐに辞めてしまった。


転職サイトを見ているとそんな事を思い出して気分が落ちる。

「逃げているのは俺だけだ・・・。」

西宮は俺を励ますつもりで過去の話をしてくれた。

それだと言うのに俺は彼女の強さと自分の弱さの対比に落ち込んでいる。

心底自分が嫌になる。

「俺、最低・・・。」

俺は部屋の電気を消して布団を頭まで被った。


三日後。撮影の手伝いの為、るんるんすぎるシスコン兄と西宮と合流した。

「おはようございます。」

「よお!兄弟!」

キヨはなんだか得意げな顔で俺を見ながら首元に手をやる。

「何か気が付かないか?兄弟。」

なんてわかりやすいんだこの人は。

「素敵なネックレスですね。」

キヨは満面の笑みで俺の肩をバシバシと叩く。

「そうだろ!伊織がプレゼントしてくれたんだ!」

「ちょっとキヨ!新太君の事叩かないで!」

「伊織は兄ちゃんの味方だろ!」

「新太君の味方に決まってるでしょ!」

キヨはまたもしょぼんとした表情を見せる。

「誕生日にお兄ちゃん大好き♡っていっぱい言ってくれたのに・・・。」

西宮は顔を赤く染める。

「それとこれとは話が違うもん!それに新太君の前で言わないでよ、意地悪!」

西宮はキヨからぷいっと顔を背けてしまった。

キヨは更にしょんぼりと落ち込んでしまう。


「どっちの方が好きが上なんですか?」

「それは俺に決まってるだろ!」

「違うもん!私の方がキヨの事好きだもん!」

キヨが驚いたように目を丸くすると、西宮は更に顔を赤く染める。

俺はそんな2人を見て思わず笑ってしまった。

「笑わなくても良いじゃん・・・。」

「ごめんなさい。本当に仲が良くて、素敵だなと思って。」

「伊織。」

キヨは西宮の頭をそっと撫でる。

「愛してるよ。」

それを聞いた西宮は嬉しそうにはにかんだ。

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