西宮の過去
「お前が生まれてこなければ、全部上手くいったのに!」
それが私の母の口癖だった。
母は17歳で私を生んだ。
相手は33歳の会社員で妻子がある身だった。
母が私を妊ったことを知るなり2人が会う事は無くなり、メールのやり取りだけとなったらしい。
それでも母は私を生んだ。
男性の気持ちを繋ぎ止めたかったのだと思う。
相手の男性・・・父は私達に会いに来る事はなかったが、毎月欠かさず養育費を振り込んだ。
「ママ見て!ママの絵描いたよ!」
母は絵を見ると、顔を歪ませる。
「ヘッタクソな絵。こんなのパパに見せられないでしょ、役立たずが。」
「・・・ごめんなさい。」
私は役立たずの駄目な子。
小さい頃からそう刷り込まれてきた。
小学校に上がってもその刷り込みは消える事はなくて、私は自分に自信が無く周りの目ばかりを気にする子供だった。
小・中通して友達は一人も出来なかった。
テストでは必ず100点を取らなければならず、授業は誰よりも真剣に受けて休み時間も勉強した。
放課後は友達と遊んでくると嘘をついて図書館で勉強した。
友達がいないと母に知られたら根暗で駄目な子供だと言われてしまいそうな気がして、そんな嘘をついていたのだ。
母の機嫌を損ねないように、自慢の娘だと思ってもらえるように私は必死だった。
高校は有名な進学校に入った。
合格した時は母がすごく喜んでくれて、ほっとした事を覚えている。
高校に入ると、予想もしていなかった出来事が起こった。
「ねえ、いつも何読んでるの?」
声の主は隣の席の
私は何が起こったのか理解ができなくて、固まってしまった。
「ごめん、読書の邪魔だったかな?」
「・・・え?!いや、そんな事!!」
彼は優しく笑う。
「良かった。いつも何読んんでるのか気になってた。」
この日から私の日常は一変した。
彼と毎日話をするようになって、次第には彼の友達やクラスの女の子達とも話をできるようになった。
「伊織ちゃん!次化学室だから一緒に行こう!」
こんな風に移動教室を一緒にする友達もできた。
入学から1ヶ月ほど経ったある日、家に帰りたくなかった私は一人教室に残って読書をしていた。
「やっぱり居た。」
そう言って教室に入ってきたのは柊君だった。
「柊君、どうして?」
「まだ西宮さんがいるかなと思って。」
そう言うと彼は席に座って私をじっと見つめる。
「・・・何・・・?」
「可愛いなと思って。」
「・・・へ?!」
彼はにこりと微笑む。
「僕と付き合ってもらえませんか?」
正直、父の事があって男性に良いイメージはなかった。
けれど彼なら大丈夫だと思ったし、何よりありのままの私を受け入れてくれた気がして嬉しかった。
「・・・よろしくお願いします・・・。」
翌日から彼と待ち合わせをして一緒に学校に行くようになった。
「あれ、2人一緒にきたの?」
「そうだよ。ね、伊織。」
「へ?!あ、うん・・・。」
「伊織って・・・2人、もしかして!!」
顔を赤く染めた私達を見てクラスは大いに盛り上がった。
私達は一緒にお弁当を食べたり、勉強をした。
休みの日は遊園地や映画に行った。彼と過ごす時間はとても楽しかった。
学校で彼は人気者だったから、一緒にいると私もその視線を浴びた。
時には妬みからか悪口を言われることもあった。
周りの目が気になる私にとっては辛かったが、それより私を初めて受け入れてくれた彼と一緒にいられる事が幸せだった。
「柊君。」
「誠。」
「え?」
「そろそろ下の名前で呼んでよ。」
「えっと・・・その・・・。」
すると彼は私の手を優しく握る。
「伊織。」
「・・・誠君・・・大好き・・・。」
彼はありがとうと言ってにこりと笑った。
行き帰りは必ず手を繋ぐようになって、2週間ほど経った頃には恋人つなぎになっていた。
手を繋ぐたびに顔が赤くなってしまう私を見て彼は可愛いと言ってくれた。
私はそんな彼が本当に大好きだった。
けれど、そんな夢のような時間は長くは続かなかった。
「伊織、帰ろう。」
「今日ね、図書館に返さなきゃいけない本があるの。もしあれだったら先に帰ってて!」
「待ってるよ。明後日のデートの話もしたいし。」
「ありがとう。」
明後日は私の16歳の誕生日で、一緒にテーマパークに行くことになっていた。
私は鼻歌を歌いながら図書館に向かい、本を返すとすぐに彼が待つ教室に向かった。
教室の扉に手をかけたが、彼と友達が談笑しているのが聞こえてきて手を止めた。
「で?伊織ちゃんとはどこまでいったの?」
「まだ全然だよ。あいつウブすぎて手繋いだくらいで顔真っ赤なんだぜ?」
「まじ!?可愛いなあ、伊織ちゃん!でもさっさとヤって俺に回してくれよな!」
「明後日のデートでキスしてそこからは一気に行けるはずだ。待ってろよ。」
「さっすがモテ男は違うねえ。伊織ちゃん可愛いし、スタイル良いし、絶対最高だよな〜。」
彼らはそう言って笑った。
私はひたすら走った。次第に涙で前が見えなくなって、学校の近くの神社の裏でうずくまる。
彼は私を受け入れてくれた訳では無かった。
全部私のただの勘違い。
私は声を殺して泣いた。
翌日、勿論学校になんて行きたく無かったが休むわけにはいかない。
母がそんな事絶対に許さないからだ。
彼と会ってしまうかもしれないので、私はいつもよりも早い時間に駅のホームに向かった。
彼からたくさん連絡が来ているけど、返せる訳も無い。
「そう言えば好きって言われた事無かったな・・・。」
何を期待していたんだろう。
そうだ私は生まれてこなければ良かった役立たずの駄目な子なんだ。
そんな私を受け入れてくれる人なんてこの世界に存在しないんだ。
この世界に私の居場所なんて最初から無かったんだ。
私は荷物を置いて、線路に向かって歩みを進めた。
周りの人が声をかけてくるけれど、私の歩みは止まらなかった。
「もう、終わりにしよう。」
そうすればもう何も辛くない。
線路に飛び込もうとしたその時だった。誰かに腕を掴まれて電車が私の前を通過する。
ゆっくりと振り向くと、私の腕を掴んでいたのは見知らぬ女性・・・麻里さんだった。
「大丈夫。大丈夫よ。」
いつぶりだっただろう。麻里さんの言葉に私は声を上げながら泣いた。
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